第11話 縄文人として生きる

尾山ヶ丘高校おやまがおかこうこうの生徒二十九人がタイムスリップし、 縄文人の集落に住み始めてから三年の歳月が流れた。

長老カツラの集落は八十人規模へと成長していた。

怪我や病気で亡くなる者もいたが、 高校生たちが入村したことで活気が生まれた。

その噂を聞きつけて他の村から移り住む者も増えた。


小林先生をはじめ、事故で重傷を負った生徒たちは土へかえっていった。

残った生徒たちは大人になり、この世界の一員として生きるようになった。

縄文人との間に信頼が生まれ、やがて夫婦となる者も現れた。

それは派手な儀式ではない。同じ火を囲み、同じ器で食事をし、「共に生きる」と認め合うこと。

その中で、最も自然にその道を選んだのが―― 高橋美咲たかはしみさきだった。


美咲は、怪我人の世話をよくしていた。純子の介抱かいほうも、最後まで彼女が行っていた。

ある日、薬草やくそうを探して森に入ったとき、案内役として付いたのがトオルだった。

言葉は基本的なものしか通じなかった。

だが、トオルは危険な場所では必ず美咲の前に立ち、美咲が転べば、黙って手を差し出した。

ある雨の日、美咲は涙をこぼした。

「……先生がいないの」

意味は伝わらなかったかもしれない。だがトオルは、そっと隣に座り、何も言わず雨を遮った。


それが始まりだった。

季節が巡り、二人は同じ火のそばに座るようになり、同じ作業をし、同じ獣皮じゅうひの下で眠るようになった。

長老カツラは静かにうなずき、二人のちぎりを認めた。

焚き火の前で、美咲は空を見上げた。

「……ここで、生きる」

その言葉は、現代への別れだった。


縄文の村には、やがて“未来人の血”を引く子が生まれた。

現代の記憶は薄れていく。だが、生きた証は確かにこの地に残る。

そのすべてを、那津は見守っていた。


夜明け前。 集落はまだ眠っていた。

焚き火の灰が白く冷え、 空にはかすかな星が残っている。

高橋美咲は、竪穴住居たてあなじゅうきょの奥でひざを抱えていた。腹の奥が、波のように強く、規則正しく痛む。

「……来る」

その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

そばにいた縄文の女性・サヨがすぐに動いた。


低い声で外に合図を送り、別の女性たちが水と獣皮を運んでくる。

トオルは入口の外に立ち、何も言わずこぶしを握りしめていた。

狩りで何度も命を賭けてきた男が、今は震えていた。

美咲は痛みに耐えながら、天井を見上げた。

見慣れた土と煙の跡。 ――東京の病院じゃない。 ――先生もいない。 ――でも、私は一人じゃない。

「大丈夫……」

誰に言うでもなく、自分に言い聞かせた。

波が来るたび、息を整える。サヨの手は温かく、迷いがなかった。

やがて、長い時間の果てに――

小さな、しかし確かな産声うぶごえが、竪穴住居たてあなじゅうきょひびいた。

美咲の視界が涙でにじむ。


「……生きてる……女の子」

サヨが、そっとその小さな身体を差し出した。

赤く、しわだらけで、 今にも消えてしまいそうな命。

美咲は震える腕で、子を抱いた。


「……ああ……」

声にならなかった。 胸がいっぱいで、息ができなかった。

その瞬間、瀬織せおりの気配が静かに満ちた。

那津は入口の影で、それを感じ取っていた。

「新しい流れが、始まった」

瀬織せおりの声が、那津の胸に落ちる。

美咲は、子の額にそっと口づけた。

「……生まれてきてくれて、ありがとう」

その言葉は現代の言葉だった。だが、意味は時代を越えて伝わった。

外では、トオルが空を見上げていた。

産声が聞こえた瞬間、彼は膝をつき、額を地につけた。

それが、この時代の感謝だった。


夜が明け、朝日が差し込む。

子どもは ミノリ と名付けられた。

美咲は子を胸に抱いたまま、那津を見た。

「……ねえ、那津」

「うん」

「この子が大きくなったら…… 私たちがどこから来たか、話してもいいかな」

那津は少し考え、静かに答えた。

「話してもいい。でも、覚えていられるのは……少しだけ」


美咲は微笑ほほえんだ。

「それでいい」

腕の中の子が、小さく指を動かす。美咲はその手をそっと握った。

――この子は、この時代の子だ。 ――でも、未来へつながる。

焚き火の煙が、ゆっくりと天へ昇っていく。

那津は、その光景を心に刻んだ。決して、忘れないように。

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