DAY4
僕がそのことを聞いたのは翌日、病院の屋上でだった。こうして通っていた間に顔見知りになってしまった看護師に聞かされ、僕の仕事が本当に終わったことを理解した。
それを聞いてしまってからずっと、どんな会話をしたのか覚えていないけれど、気づいたら僕は病院の中庭にいた。冷たいベンチに腰を下ろし、ぼーっと目前に広がる庭を見る。思っていたよりもショックを受けている自分に気づいて自嘲するが、それを払いのけるだけの元気も出てこない。結果としてただ僕は自分で自分の活力を奪っているだけになってしまって、その状況自体に更なる嫌気がさした。
僕が知っていようがいまいが人は毎日死んでいて、重ねて言うのなら僕はあの人を惜しむほどの関係を築けていたとは言えなくて。たかだか数時間、僕は彼女の言葉を聞いていただけだったはずだ。誰にも知られることなく最後の言葉を綴るために、彼女は知り合いの伝手によって僕へとたどり着いた。僕は彼女に深入りしないし、彼女も僕に何も言わない。
それが僕たちが結んだ契約だった。僕は彼女の遺言を綴る自動書記でしかなく、彼女の震える手の代わりに手紙へと文字を書くことが役割だった。彼女は僕には思い入れがない。顔を合わせたこともないし、言葉を交わしたのも最後の数言だけだ。悲しくなることを許されるだけの間柄には決してなっていないのだけど、僕が今思っているのはそういった類の感情だった。
なんて傲慢、なんて自己陶酔だろう。僕は心から悲しんでいるのではなく、こうして悲しめる自分を好きになるためにそう思っているのだろうから。僕が彼女を悼もうとするのは僕に許された範囲を越えてしまっている。だから僕は、いたって普通に、というのは変な言い方だけれど。特に気にすることなく、ごく普通のこととして生きていればいいのだ。
……とは言えそんなように気分を切り替えれるのならばこうして落ち込んでもいないけど。自分が死というものをただ悲しむものとしか捉えられていないことを突き付けられているような気がして、僕はやはり心の底から憂鬱だった。
しかしそんな憂鬱な気分のままで一生生きていられるほど人生というのは暇ではない。こうして時間を潰すことにも飽きが着てしまい、僕は何か動き出さなくては退屈に殺されるとまで思ってしまった。とはいえ大学は春休み、何をすることも許される期間が二か月も与えられてしまっている。その大半が代筆で埋まるかと思っていた矢先の出来事で、正直かなり手持ち無沙汰だ。
空白だらけの予定帳へと目を落とし、何度凝視しても文字が浮かび上がってくることはないと諦めかけたとき、昨日の記憶が僕の中で蘇った。
『君も私を知っている』
それがなんだっていうんだ。知るほどの期間触れ合っていないだろう。僕がもう会わないと断言できなかったことと言い、昨日の会話は不自然が過ぎる。もしかしてだが、僕はいっちょ前に彼女に死んでほしくないと思っていたんじゃないか? だからそれを受け入れさせるようなことを言えなかった。僕は恋でもしてしまったんだろうか。この喪失感のような何かは失恋の痛みと言えるんだろうか。
ほぼ脱力しきるぐらいに力を抜いて、だけど思考だけは回転して。自分が一番わからない自分の心理を理解しようと思って考えて、その最中にかけられた声によって中断される。
三日間会った看護師の姿がある。入院患者が亡くなったとき、どのようなことをするのが通例か知らないが、さっき屋上で会ったときとは違う表情を浮かべていた。その手には手紙を持っていて、そして僕をまっすぐ見ている。僕に要件があるのは明らかで、僕は立ってその人と真っ直ぐ向き合った。
交わした会話は数行程度、事務的に過ぎるだけの会話。僕が発した音はただの相槌程度で、ほとんど一人で会話を仕上げてしまった。
いなくなったベンチに座って渡された手紙の封を切る。シーリングスタンプがされていたこと以外は普通の横長の封筒で、渡し主の名前もない。だけど渡してきた相手から想像はつくため、その中身を見て――――。
僕は思わず、小さく笑みを漏らした。
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