君が神様になる日まで

海月爛

DAY1

『皆さん、こんにちは。柏月乃です。遺書というのを書くのは人生で初めてなので、何を書いたらいいのか全く分かりませんが、ひとまずいろいろと書いてみようと思います』

 手を止める。か細い声を聞き逃さないように、定期的な心電図の音を無視するために息を整える。筆跡を真似して書くことを特技だと認識してから初めて、ここまで緊張してペンを握っていた。

『お礼の挨拶から、なのかな。改めてこうして書くと恥ずかしいけれど、今まで私に関わってくれた皆さん、そしてもちろんお父さんお母さん、お兄にお姉、つづちゃん。本当にありがとう。こんなに早くみんなと離れてしまうとは思わなかったけれど、振り返ってみると、私は後悔のない人生を送れたかなと思います』

 言葉が途切れた。そちらの方向へととっさに視線を向けてしまいたくなるが、それはしない約束だったと脳内でリフレインさせて向こうとした視線を半端な位置で止める。手元に目を落とし、自分が今書いた文字を見直して。練習したようにできていることを確認して続きを待った。

『私が死んでしまうまでの間、たくさんお話ししようと思っていて。だから今から書くことはその時に話さなかったこと、もしくはずっとずっと覚えていてほしいと私が思っていることにするつもりです。私からの最後のメッセージ、なんて言ってしまうととても悲しくて辛いもののような気がしてしまうけれど、どうか明るく楽しく聞いてくれると嬉しいです』

 はあ、と深呼吸が静かな部屋に響いた。今までの内容で既に便箋の一枚目の七割を埋めているが、まだまだ内容は始まったばかりだ。無私の心を持つことが一番大事だということは誰に言われるまでもなくわかっているけれど、それは絶対に無理だろうと思いながらペンを持つ手を軽く揉む。せめて、ではなく最低条件として、僕の心の揺れを手元に映してはいけない。僕がどれだけ痛く思っても、それは僕の中で押し殺していなければいけない。

『最初はやっぱり、家族についての話からかな』

 言葉を考える時間は少なく、話は途切れながらも終わらずに続く。

『お父さんとはあんまり会わなかったよね。私達のためにずっと頑張ってくれていたのは知ってるけど、今我儘を言わせてもらうと、もう少し小さいころに一緒に居てほしかったなって。今言ってもしょうがないけどね。だけどずっと尊敬してました。だからこれからは、自分のためにゆっくりしてほしいよ』

『お母さんは、ごめん、たくさんケンカしちゃったね。だいたい私が子供だったからで、それは本当に申し訳ないです。お父さんとおんなじで、いつも自分を後回しにしちゃうところ、とても好きだけどとても嫌いだよ。自分の価値を低く思っちゃうところもそう。主張強めで、もっともっと自分が楽になるように、自分を優先するようにしてください』

『お兄もお姉も、たくさんの好きと嫌いをくれました。私がこんなになっちゃったのは間違いなく二人のせいで、二人のおかげです。言いたいことは全部言うつもりだから、ありがとうとだけここには書いとけばいいかな。あ、やっぱ一つ追加で、お兄はすぐ話聞かなくなっちゃう癖を直した方が良いと思ってて、お姉は衝動的に物を捨てちゃうのを直した方が良いと思うよ。以上、余計なことを言っちゃう癖が治らなかった妹からの最後の助言』

『つづちゃんにはもう会えないから、ここで思ってることを全部書いておこうかな。まさか、私の方がつづちゃんよりも先に旅立つことになるとは思ってもなかったよ。その小さな体にたくさんの愛が詰まっていて、お父さんが拾ってきたあの日からずっと、私はつづちゃんに救われてたんだ。もうおばあちゃんになっちゃったけど、いつまでも待ってるからゆっくり来てほしいな』

 そこまで言ったところで今日の時間が尽きた。書きかけの便箋は看護師に託し、持参したペンは鞄に戻す。僕がここに来た痕跡がすべて無くなったことを部屋を去る前に確認し、最後に一礼して病室を後にした。

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