第37話:触れてはならぬ者
怒るととっても怖いんです( ;∀;)
第37話:触れてはならぬ者
大聖堂に満ちた空気が、ふと歪んだ。
理由は明白だった。
バステト様が一歩、前へ出たからだ。
神威。
言葉にすればそれだけのものが、空間そのものを押し潰すように広がる。
賊の手が震えた。
ノエルの首元に添えられていたナイフが、わずかに下がる。
その隙を、ウルガは逃さない。
床を蹴り、一直線に距離を詰めた。
――だが。
賊の背後で、何かが開いた。
白く、不気味で、現実感のない“大口”。
まるで世界そのものが裂けたかのような異様さ。
そこから、ゆっくりと姿を現した男がいた。
彫刻のように整った顔。
歪んだ笑み。
底知れない感情を宿した瞳。
シュマカ・フォン・ディーベルト。
「僕の友達に」
穏やかな声だった。
「ナイフを向けるなんてさ」
次の瞬間、賊の手からナイフが消えた。
シュマカが、素手でそれを掴んでいた。
金属は悲鳴を上げる暇もなく、
焼け落ちた灰のように崩れ、床に散った。
「あ……」
賊は理解する前に、恐怖に支配されていた。
腰が抜け、尻もちをついたまま後ずさる。
ウルガも、セレナも、動けない。
理屈ではなく、本能が告げていた。
――関わってはいけない。
シュマカは優雅に、賊へ近付く。
「あ、アンタの……連れだとは……」
震える声で賊が言った。
それを聞いた瞬間、
シュマカの顔が、心底嬉しそうに歪んだ。
「君の仲間もね」
楽しげに、弾む声で。
「みんな、同じことを言ってたよ」
一歩、また一歩。
「実に……実に良かった」
シュマカは両手を広げる。
「君だけ仲間外れにならなくてさ!」
歓喜。
次の瞬間、賊の頭はシュマカの掌に収まっていた。
抵抗は、悲鳴は、
すぐに意味を失った。
捏ねるような仕草。
人の形は、急速に失われていく。
やがて、音が止んだ。
原型のない“それ”を、シュマカは軽やかに蹴り上げた。
夜空に舞い、
花火のように――弾ける。
静寂。
「あぁ……」
シュマカは空を見上げ、恍惚と呟く。
「なんて綺麗なんだろう」
満足げに微笑む。
「彼も、幸せだったはずさ」
そして、不意に振り返った。
視線が、ウルガを捉える。
「君たち」
優しい声。
「僕の友達を助けに来てくれたんだろ?」
返事を待たず、続ける。
「そんな良い子の君たちには――」
その瞬間、シュマカの輪郭がぶれた。
気付けば。
ウルガの手に。
セレナの手に。
小さなキャンディが、握らされていた。
「あと数年もすればさ」
シュマカは、どこか楽しそうに言う。
「君も大人になるよね」
微笑みが、深まる。
「今から、待ち遠しいよ」
そう言い残し、
シュマカは再び“大口”の中へと身を沈めた。
閉じる世界。
残された大聖堂には、
ただ静けさだけが、重く横たわっていた。
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