第35話 許せぬ想い
第35話:許せぬ想い
スラム街は、ひどく静まり返っていた。
人はいる。焚き火も、壊れかけの家も、昨日と同じだ。
――ただ、足りないものがある。
「……カイルと、ミアと、ノエルだ」
年嵩の男が、焚き火越しに低く告げた。
その名前を聞いた瞬間、ウルガの胸が強く締めつけられる。
「ミアまで……」
一番小さくて、一番人懐っこかった子だ。
薬草採取のとき、いつも最後まで付いてきて、
帰り際に「お兄ちゃん、また来てね」と笑っていた。
「消えたのは昨夜だ」
「物音も争った形跡もねぇ。朝になったら、いなくなってた」
セレナが周囲を見渡し、地面にしゃがみ込む。
足跡は乱れていない。血もない。
――あまりにも“綺麗”だ。
「連れ去った側が、慣れてるわね」
「しかも、子供だけを選んでる」
その言葉に、スラムの大人たちがざわつく。
「やっぱり……あの道化師じゃねぇのか」
「最近、噂になってるだろ。子供を連れて消えるって――」
「シュマカ、か……」
ウルガの口から自然と名前が漏れた。
脳裏に浮かぶのは、笑みを張り付けた男の顔。
だが。
「違うわね」
セレナが、はっきりと否定した。
「彼なら、隠さない。むしろ見せびらかす」
「こんな“痕跡を消すやり方”はしないわ」
ウルガも同意だった。
あの男は歪んでいるが、回りくどくはない。
そのとき――
路地の奥から、かすれた声が聞こえた。
「……ウルガ兄ちゃん……」
振り向くと、そこにいたのはカイルだった。
顔は青白く、腕には縄の痕が残っている。
「カイル!」
ウルガが駆け寄ると、少年はその場にへたり込んだ。
「逃げてきた……」
「黒い印の服を着た大人たちが……ミアとノエルを……」
言葉が震え、そこで止まる。
ウルガは黙って、少年の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。よく戻ってきた」
その声は、優しく、しかし決意を帯びていた。
「必ず、連れ戻す」
セレナも静かにうなずく。
「これは個人犯じゃない」
「組織的よ。闇の匂いがする」
その背後で、バステト様が小さく鼻を鳴らした。
「ふむ……人の欲にまみれた臭いじゃ」
「これは道化師ではない。もっと卑しい輩どもよ」
ウルガは拳を握る。
攫われたのは、子供たちばかりだ。
知っている顔で、声で、笑い方で。
もう“噂”では済まされない。
「行こう」
その一言で、決まった。
シュマカの影に隠れた、本当の敵を追うために。
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