第34話 偽物の痕跡
第34話 偽物の痕跡
スラム街に、嫌な静けさが広がっていた。
いつもなら走り回っている子供たちの姿が、今日はやけに少ない。
「……お兄ちゃん」
呼ばれて振り返ると、顔を青くした少年が立っていた。
ウルガが見覚えのある、薬草採取で仲良くなった子だ。
「どうした?」
少年は唇を噛みしめ、震える声で言った。
「ノエルが……帰ってこない」
胸の奥が、嫌な音を立てて軋んだ。
ノエルは一番年下の女の子で、ウルガを「お兄ちゃん」と呼んでくれた子だった。
「最後に見たのは?」
「昨日の夕方。
お菓子をくれるって言われて……森の方に……」
ウルガの脳裏に、最悪の想像がよぎる。
最近、街で囁かれている噂。
――子供が消える
――道化師のような男がいる
――笑って、甘やかして、連れていく
「……シュマカ」
誰かが小さく呟いた。
その名は、恐怖と一緒にスラムへも広がっていた。
ウルガは拳を強く握る。
だが、違和感があった。
あの男は、確かに狂っている。
だが――子供を傷つける ような真似はしない。
「お兄ちゃん……ノエル、帰ってくるよね?」
期待と不安が入り混じった目。
ウルガは一瞬、言葉に詰まる。
「……ああ。必ず」
自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。
その足で、ウルガはギルドへ向かった。
息を切らしながら扉を押し開ける。
「ウルガ?」
リーナが気づき、声をかける。
だがウルガは止まらない。
「子供が攫われた。スラムだ」
その一言で、空気が変わった。
「……同じ報告が、今朝から三件」
リーナの表情が硬くなる。
場所は違えど、共通点がある。
子供
甘言
連れ去り
「手口が似すぎてるわ」
誰かが言う。
「……シュマカか?」
その名前が、当然のように出た。
ウルガは一歩前に出る。
「違う気がするんだ」
思わず、口から出た言葉。
「少なくとも……俺の知ってるシュマカじゃない」
静まり返るギルド。
根拠はない。ただの感覚だ。
それでも、ウルガは譲れなかった。
「これは模倣だ。
誰かが、あいつの名を使ってる」
ギルド員たちが顔を見合わせる。
ギルドマスターは腕を組み、低く唸った。
「……闇が動いている可能性があるな」
だが、確証はない。
今はまだ、“シュマカ疑惑”の段階だ。
「捜索隊を出す。
だが――独断行動は許可できん」
その言葉を聞いた瞬間、ウルガは背を向けていた。
「……すみません 俺、行かなきゃ」
止める声を背に、ギルドを飛び出す。
走りながら、ウルガは思う。
ノエルの怯えた顔。
泣きそうな声。
小さな手。
胸の奥で、何かが静かに燃え始めていた。
その肩の上で、黒猫が目を細める。
「……許せぬの」
低く、しかし確かな怒りを含んだ声。
ウルガは答えない。
ただ前だけを見て、走り続けた。
これは遊びではない。
これは噂でもない。
――誰かが、明確な悪意で子供を奪っている。
その事実だけが、ウルガの中で重く響いていた。
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