第25話 石版と錬金術士

第25話:石版と錬金術士


鑑定士が戻ったという知らせを受け、ウルガとセレナは再びギルドを訪れた。


石版は布に包まれ、カウンターの上に置かれている。


例の違和感を抱えたままの代物だ。


「これですね」


鑑定士は年配の男で、慎重に石版へ手をかざす。


だが、数秒もしないうちに眉をひそめた。


「……妙だな」


「妙?」


「文字は古代語に近い。


 だが、意味を読み取ろうとすると――逃げる」


セレナが腕を組む。


「逃げる?」


「まるで、


 “読まれるのを拒んでいる”ようだ」


その時だった。


「ほほう」


間延びした声。


全員が振り向くと、そこにはいつの間にかエンキドがいた。


いつものボロい服、いつもの胡散臭い笑顔。


「錬金術的に言えばだな」


勝手に石版の前へ進み出る。


「これは情報じゃない。


 “概念”だ」


「おい、勝手に触るな!」


鑑定士が声を荒げるが、エンキドは気にも留めない。


「いいかい少年」


ウルガを見る。


「錬金術ってのはな、


 物を変える学問じゃない」


石版の上に、指先をかざす。


「“在り方”を定義し直す学問だ」


次の瞬間。


エンキドの指先から、淡い光が零れた。


派手な魔法陣はない。


詠唱もない。


だが、石版の表面を覆っていた“拒絶”がまるで溶けるように剥がれていく。


鑑定士が息を呑んだ。


「……これは……」


石版の文字が、はっきりと浮かび上がる。


だが完全ではない。


半分ほどで、光はふっと消えた。


「ふう」


エンキドは肩を回す。


「今日はここまでだな。


 腹減った」


「……今、何をしたの」


セレナが低く問いかける。


エンキドは振り返り、いつもの笑みを浮かべた。


「錬金術士の“前戯”みたいなもんさ」


即座に拳が飛ぶ。


「真面目に答えなさい!」


「いだっ!」


頭を押さえながら、エンキドは笑った。


「簡単だ。


 あの石版は“完成してない”」


「完成していない?」


「正確には――


 “誰かを待ってる”」


視線が、ウルガに向く。


一瞬、空気が張り詰めた。


だがエンキドはすぐに手を振った。


「ま、今は関係ない関係ない」


「今の少年には、


 まだ少し重すぎる」




鑑定士は震える声で呟いた。


「……あなたは、一体……」


エンキドは胸を張り、満足げに言い切る。


「だから言ったろ?


 世界一の錬金術士だ」


その瞬間だった。




「――こらぁぁぁぁぁぁ!!」


ギルドの入り口が勢いよく開く。


全員が反射的に振り向いた。


そこに立っていたのは、宿の女将だった。


息を切らし、腕まくりをしたまま、一直線にエンキドを睨みつけている。


「やっぱりここにいたかい!!」


「げっ」


エンキドが明らかに嫌そうな顔をした。


「アンタ!


 皿洗いの途中で消えたと思ったら!」


「いや、あれはだな、


 緊急の錬金術的――」


「言い訳無用!!」


女将は一歩踏み込み、指を突きつける。


「世界一の錬金術士様が、


 皿一枚洗えないってのかい!」


「それとこれとは話が――」


「一緒だよ!!」


ギルド内に響く一喝。


周囲の冒険者たちは、完全に野次馬モードだ。


セレナは肩を震わせながら囁く。


「……あの人、


 凄いのか凄くないのか分からないわ」


ウルガは無言で頷いた。


「さぁ、戻るよ!」


女将はエンキドの耳を引っ張る。


「いだだだだ!!


 暴力反対! 世界一への扱いじゃない!」


「世界一なら、


 皿洗いも世界一にやりな!」


ずるずると引きずられていくエンキド。


だが、その途中。


彼は一瞬だけ振り返り、ウルガを見た。


ふざけた笑みは消え、


ほんの刹那、真剣な眼差しになる。


「少年」


「……はい?」


「“呼ばれる日”は、


 案外近いかもしれんぞ」


次の瞬間には、いつもの調子に戻る。


「いだだ!


 引っ張るなって言ってるだろ!」


女将に引きずられ、姿は見えなくなった。


ギルドに残された沈黙。


セレナがぽつりと呟く。


「……やっぱり、


 とんでもないの拾ったわね」





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