第2話 血より重いもの

ウトナビス家の朝は、早い。


太陽が顔を出す前から、


屋敷の裏では金属音が鳴っている。


兄の剣だ。


庭と呼ぶには狭すぎる空き地で、


兄――レイン・ウトナビスは、


黙々と素振りを続けていた。


汗で濡れた背中は、


まだ若いのに、どこか疲れて見える。


(……今日も、か)


ウルガは、


物陰からその様子を眺めていた。


声をかけるべきか、


それとも邪魔をしないべきか――


少し迷って、結局そのまま立ち去る。


兄は優しい。


だが同時に、


「家を背負う人間」だった。



姉の手は、いつも荒れている



朝食の準備をしていたのは、


姉のセリス・ウトナビスだ。


年は兄より一つ下。


だが家事も、畑仕事も、


すでに一人前以上にこなしている。


「ウルガ、皿運んで」


「うん」


差し出された皿を受け取ったとき、


ウルガは――


ふと、姉の手を見た。


小さな傷。


固くなった指先。


(……女の子の手じゃない)


前世の価値観が、


勝手に胸を締めつける。


だがセリスは、


そんな視線に気づいたのか、


少しだけ笑った。


「なに?


 汚いって言いたいの?」


「ち、違う」


「冗談よ」


からりとした声。


だが、その笑顔の裏に――


「弱音を吐かない覚悟」があるのを、


ウルガは知っていた。


「お前は、守られる側だ」


食事の後。


兄は剣を壁に立てかけ、


ウルガの前に腰を下ろした。


「ウルガ」


「なに?」


「お前は、無理しなくていい」


唐突な言葉だった。


「剣も、畑も、


 俺とセリスがやる」


「……」


「お前は、


 ちゃんと生きろ」


一瞬、


何を言われているのかわからなかった。


(ちゃんと、生きろ?)


それは――


期待でも、命令でもない。


“犠牲にならなくていい”


という、兄なりの祈りだった。


ウルガは、


小さく拳を握る。


(……それが、一番つらい)


守られるだけの存在でいること。


それは、


前世でも嫌というほど味わった。


「兄ちゃん」


「なんだ」


「俺も、役に立つ」


空気が、


わずかに張りつめる。


「……まだ早い」


「早くない」


即答だった。


兄は、ウルガの目を見る。


そこにあるのは、


子どもにあるはずのない――


静かな決意。


「……怪我するぞ」


「それでも」


沈黙。


やがて兄は、


深く息を吐いた。


「……じゃあ、


 “無茶だけはするな”」


完全な許可じゃない。


だが、


否定でもなかった。



夜、独りで考える


その夜。


寝床で、ウルガは天井を見つめていた。


兄は、自分の人生を削っている。


姉も、同じだ。


(俺だけ、


 何もしないわけにはいかない)


意識の奥で、


**我儘な玩具箱トゥテソロ**の存在を感じる。


だが、呼ばない。


今はまだ、それに頼る段階じゃない。


(力は……


 守る覚悟ができてからだ)


ウルガは、


静かに目を閉じた。


家族は、血だけじゃない。


同じ苦しさを、


同じ時間を、


共有した“仲間”だ。


――だからこそ。


いつか必ず、


 この家を楽にする。


それは誓いでも、野望でもない。


ただの、弟としての本音だった。

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