対談

 最高機密とまではいかずとも、情報クリアランスレベル4に指定された追加報告書を約訂のとおりSCP財団日本支部理事と共有した結果、即座に財団日本支部理事室に呼び出された木舟管理官は、一応身にまとった既製品のスーツ姿で飄々ひょうひょうと澄ましているが、机を挟んだ真向かいに座している財団日本支部理事の方は渋い面のままだ。


「随分と、わがままな報告書じゃないか、木舟管理官」


「そうですか? 財団に引き渡すには不確定要素が多すぎて、逆に危険じゃないかと判断しただけですよ?」


「ほう、財団の用意する施設設備がサイトKに劣ると言いたいのかね?」


「まさか! 人員も設備も資金も潤沢な大金持ちのSCP財団に、僕たちみたいな弱小団体が叶うわけないじゃないですか」


 相変わらず読めない表情で飄々と澄ましている木舟管理官からは、緊張感のきの字も感じられない。

 一方で、財団日本支部理事は渋い表情のまま、深く嘆息した。


「全く心に響かない謙遜だな、木舟」


「だって、財団の理念にがんじがらめにされてる日本支部だと、限界があるでしょう? タナカくんは、ただの温厚な二十歳の日本人青年ですよ。ご家族だってご健在で、未来のある青年を拉致監禁するわけにいかないでしょ」


「SCP-K003-KAC-A と呼称すべきところだな。無自覚に自身の現実改変を行えるだけの高現実性を保持した状態で、仮にリア充爆発しろなどと念じた日には、世界中のリア充が本当に爆発しかねないKeterクラスのオブジェクトだぞ」


「あはは。そこは否定しませんが、あなたでもリア充なんて表現使うんですねえ」


「笑い事じゃないぞ、木舟」

「わかってますって。失礼しました」


 そうは言いつつも、どこか食えない表情を顔面に貼り付けたままの木舟管理官からは、一歩も譲歩する気配はない。

 長い付き合いだからこそ、それを察した財団日本支部理事は益々眉間に皺を寄せて更に深いため息を吐いた。


「それで、実際のところ、K003-Aは使えそうなのか?」


「報告書のとおりですよ。現時点では未知数としか言いようがありません。ですが、可能性は十二分に備えている」


「本当に、周りくどいな、お前は。ここは如何なる盗聴も侵入も不可能な日本支部の心臓部だ、忌憚きたんなく話してくれて結構」


「じゃ、遠慮なく。僕は正直、タナカくんを鍛えてSCP属性のエージェントに据えたいと考えてますよ。生きたSRAそのもののような人材は貴重どころの話じゃない。現実性が不安定なワームホールを定量輸送可能な多次元トンネルに変えることも、あるいは実現可能だと見ています。

 より安全かつ最短ルートを探す手掛かりにもなりますね、どうやらタナカくんは現実子の密度の差を嗅ぎ分ける才能も持ち合わせてるようなので」


「それが、例の迷子か」


「本人は迷子だと思っているようですが、平常心を保った状態だと、迷子からの正規ルート復帰も非常に早いんですよ。それってつまり、無意識に最短ルートを選択してるってことでしょ? 日々、ワームホール探索してる僕らにしてみたら、これ以上ない存在なんですよ。財団に収容しておくなんて勿体無い!

 ってわけで、ぜひサイトKにください。そうしてください!」


 例えば、人や物が消えた、突然見知らぬ場所に行った、あるいは不気味な存在を目撃したなどという類の不可思議な体験をした報告が上がる場所が、古来から存在している。

 現在、SCP財団日本支部と呼ばれている団体が、かつて蒐集院しゅうしゅういんという名で活動していた頃より、そういった事象を現す場所を神隠しや禁足地などと呼んで対処に乗り出してきたが、そういう場所の現実性を測定すると、案の定、不安定な数値を示すことが多い。


 この世界が多次元構造で出来ている以上、次元と次元の距離感がコンパクト化されて非常に薄く曖昧に振る舞いながら交錯している境界線を、SCP-K003-KAC-A タナカサトシの規格外現実改変能力で補足しながら効率的に突いていけば、より安全性の高い安定したトンネルを構築できる。

 そして、いざという時、それが例えば人類滅亡や世界崩壊といったKクラスシナリオの発生時にも、避難シェルターあるいはシェルターまでの通用口として活用できる——と、木舟管理官は両眼を輝かせて力説する。


「途中から勢いだけのゴリ押しが酷い話だが……、つまり、K003-Aを将来的には、ノアの方舟相当の人類救済を考慮したThaumielタウミエルクラスのオブジェクトにするつもりだと?」


「いやだなあ、それを評議するのはあなた方の仕事でしょ? 僕は最高機密にアクセスする権限すら持たない、一介のサイト管理官なんですよ。僕に聞かないでください」


「お前が、それを望んだからだろう。木舟」


「だって、財団の理念に完全同意してたら身動き取れないじゃないですか」


 より多くの人類をありとあらゆる滅亡の危機から救うためなら、小さな国の一つや二つや三つくらい地図上から消し飛んでも仕方ない——というのは、ある意味、とても理性的で現実的な考え方のように思える。

 そして実際、その消し飛びかけた国の一つが日本だった。


 メタな事件だが、かつてSCP財団は世界各地のSCPをまとめて極東に押し付けて、何かあったら国ごと全部吹っ飛ばしゃいーじゃんという方針のもと、わんさかSCPを日本近海の海底に収容しまくっていたのだが、それが明るみになり、蒐集院と近代日本国政府の逆鱗に触れた。

 SCP財団と蒐集院が、真っ向から対立した一大事件だが、最終的に蒐集院は解体されて、米本部指導のもと後を引き継ぐ形で誕生したのが財団日本支部だ。


 日本支部には実際のところ、蒐集院時代の人材がそれなりの数、再雇用されている。SCP財団の主目的は、蒐集院が千年以上に渡って蓄積してきた技術と情報を取り込むことだったからだ。


「僕は、日本と日本国民を救うことと、世界を救うことは矛盾しないと考えてるだけですよ。そこは、あなたも同じ考えを共有しているはずでしょ、ぬえさん」


 蒐集院のかつての最高責任者、その一人が世襲制で鵺を名乗ってきたことは、蒐集院に在籍していた者なら誰でも承知していることだ(毎回、姿形が変容するのはご愛嬌で、それは多分ファッションの一環だ)。


 泥沼の攻防を続けることで、日本にも他国にも甚大な被害が予想された時、真っ先にその皺寄せを受けるのは、どの国でも最も立場の弱い人々だった。

 SCP財団も蒐集院も、人々を未知の脅威から守ることを理念としている点は共通だ。

 財団は当時でも世界最新鋭の技術と莫大な財力を持っていたし、蒐集院は他に類を見ない規模の情報量と受け継がれてきた呪術的な技術があった。

 それが互いを牽制して潰し合うことに利用される状況を憂慮し、打開する苦肉の策が財団日本支部の創設であり、その最前線で防波堤を担うことになったのが鵺だった。

 最も権力を持っているが、最も身動きが取れない立場でもある。


 だからこそ、財団の技術を活用しながらも理念に完全に縛られない、何かあれば、いつでも切り離すことができる外部で動ける人材が必要だった。その一つが、カント計数研究会こと特別収容サイトKである。


「鵺さんが財団日本支部の理事の席に座ることになったおかげで、僕らはある意味、自由勝手できてるんですから、その重みは十二分に理解してますよ」


「全く、相変わらず減らず口だな、お前は」


「ひどいなあ。僕らもちゃんと命懸けですよ? だって、あの人たちガイドライン無視した収容違反者には容赦無く、終了処理とか言って殺意むき出しにしてくるんですから。一歩間違えたら、即、要注意団体認定されかねませんからね」


「くれぐれも気をつけるように」


「わかってますってば。それじゃ、O5オーファイブ評議会へのタナカくんの説明よろしくお願いしますね。可能性は未知数ですから。

 多分、エージェント日ノ本とは、また違ったベクトルの非現実性無効化体質ですよ、彼。僕らが管轄するべきでしょ?」


 物腰は穏やかだが一歩も譲歩する気がない、最後まで食えない表情で念押ししてから理事室を後にした木舟管理官の背中を黙って見送り、気配が十分に遠のいたことを確認してから、改めてゆっくりと深く一息吐き出した後、財団日本支部理事こと鵺は、愉快そうに大笑いしたのだった。



 SCP-K003-KAC メタタイトル:大いなる未来への迷子 / 終

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