補遺 K003-KAC-A.1 インタビュー記録

 このインタビュー記録は、事案発生の翌日、2025年12月■日10時00分より、およそ八分間にわたり、サイトK内で行われた SCP-K003-KAC-A に対する聞き取り調査の抜粋である。


 インタビュアー、サイトK所属 梶田かじた上席研究員。

 記録開始。


「それでは、昨日からお疲れのところ恐縮ですが、いくつかタナカさんにお尋ねします」

「あ、はい、よろしくお願いします」


「昨夜は、よく眠れましたか?」

「あ、はい。おかげさまで、自分でも驚くくらいよく眠れました」


「それは良かったです。体調はいかがですか?」

「あ、はい。それも、ぐっすり眠れたからか、今朝は頭痛も眩暈もしません。体も軽いです」


「それを聞けて安心しました。頭痛や眩暈の症状は、よくあるのですか?」

「よく……という程でもありません。疲れた時とか、風邪を引きかけた時とか、根を詰めすぎた時とか……そんな感じです」


「なるほど。普段、体調を崩された時は、どうされてますか?」

「うーん……市販の風邪薬を飲んで、大人しくしてます」


「病院へは?」

「よっぽどのことがないと、まず行きません」


「そうでしたか。大事に至らなくて本当に良かったです。病院でも中程度の過労の診断が下されていますね。ここのところ、お忙しかったのですか?」


 梶田上席研究員が、カルテの写しと思われる資料の束をめくりながら、穏やかに質問を続ける。


「ええ、まあ……課題の締めが重なったり、急な数合わせの飲み会に強制参加させられたりで、ちょっと……」


「12月ですものねえ」

「はは……、はい」


「お酒は、よく飲まれるのですか?」

「いいえ。あまり得意じゃなくて……レモンサワー 一杯だけ飲んで、あとはテンションで乗り切る感じです」


「なるほど。気疲れしますね」

「はは……まあ、大体いつも、こんな感じです」


 SCP-K003-KAC-A の返答は当たり障りがないため、梶田上席研究員が質問の方向性を変える。


「普段、お一人の時とかは、どう過ごされていますか?」

「普段……ですか?」


「ええ、お家で過ごされることが多いとか、逆にアウトドアされたりとか」

「うーん……外出は疲れるから、最近は割と家に引きこもってスマホいじってることが多いです」


「ゆったり過ごせるのは良いことですね」

「はは……。というより、外出すると、結構な割合で物忘れしたり、迷子になるんですよ……お恥ずかしい話ですが」


「物忘れに迷子、ですか? もう少し詳しくお伺いしても?」


「いや、あの、大したことじゃないんです」

「構いませんよ。差し支えなければ、ぜひお聞かせください」


 梶田上席研究員が、穏やかな物腰ながら居住まいを正して、改めて傾聴の姿勢をとる。


「実は……体調不良を感じている時に外出すると、よく物忘れをしたり、迷子になるんです。よく知ってる場所でも、初めていく場所でも関係なくて、突然周囲がぼんやりして、その場所がどこか、分からなくなることがあって……」


「続けて」


「その、大抵はすぐに見たことある通りとか建物とか、目印になるものが見つかるので、それで解決するんです。物忘れも、全然関係ない時に、唐突に思い出したり……時差ボケ? みたいな感じで、その」


 しばらくの沈黙。

 SCP-K003-KAC-A が続きを話すのを幾分躊躇ためらっている様子を見せたため、梶田上席研究員が続きを引き継ぎ、慎重に今事案の核心部分に触れる。


「それが、今回は違った……と?」


「はい……。正直、プライベート空間では初めてのことだったので、自分でも何が何だか……」


「なるほど。さぞ驚いたでしょう。覚えている範囲で構いませんので、当時の状況をもう少し詳しくお聞かせください」


 SCP-K003-KAC-A が、一度深く深呼吸をする。


「昨日は、朝起きた時からこめかみあたりの頭痛が酷くて、食欲もあまり湧かなかったので、栄養バーと水だけ口にしました。スマホ見て、着替えて、荷物を持って、外出しようとして廊下に出た瞬間から、玄関の位置が分からなくなって、そこから救急隊の人たちに助け出されるまで、ずっと家の中をぐるぐる歩き回っていました」


「119番通報は13時半頃と記録されていますが、家の中とはいえ、ずっと歩き回って疲れませんでしたか?」


「それが……時計を見て驚いて……。正直、そんなに時間が経っているとは全く思わなかったんです。体感、せいぜい10分くらいだと……」


「なるほど。どうぞ、続けて」


「それで、だんだん不安になって、気分も悪くなってきて吐きそうで、スマホに……えっと、チャットAIに愚痴をこぼしたんです」


「愚痴ですか?」


「えーっと、つまり、愚痴……は、愚痴なんですけど、家から出られないこととか、体が思うように動かないこととか、頭痛や眩暈なんかのことを……そしたら、AIの回答が、認知症とか、脳梗塞の可能性があるから、119番に連絡してみたらって」


「なるほど、それで119番に通報されたんですね」

「ええと、はい。多分……ほぼ無意識ですが」


 SCP-K003-KAC-A の表情が不安そうに強張ったため、梶田上席研究員が話題を逸らし、しばし雑談を挟む。

 インタビュー記録に関連のない話題のため、編集済み。


「病院内での行動についてお伺いします」

「あ、はい……その、すみません。わざとじゃないんです……」


「大丈夫ですよ。診察の結果、ご心配されていた脳や身体機能に異常は見られませんでしたから、安心してください。あの時、タナカさんには何がどのように見えていましたか?」


「えーっと、その、自分でもよく分からないんですが、病室を出てから、体が勝手に……その、なんて言ったらいいのかな、えっと、妙に引っ張られるような感覚がしていました」


「引っ張られる?」


「はい。自分の意思というより、そっちの方向に勝手に動く感じで、同行していた救急隊員さんに止められるまで、ずっと、空間の奥の方に引っ張られるような感じがしてました」


「なるほど。引っ張られるような感覚の他に、例えば視覚や聴覚なんかは、どうでしたか?」

「どう、とは……?」


「例えば、幻覚とか幻聴とかの類はありましたか?」


「ああ……いえ、そういった類のものは全く。ただ、体が引っ張られるというか、吸い寄せられるというか、そんな感じがするだけです」


「なるほど、ありがとうございます。お疲れでしょう? インタビューはこれくらいにしましょうか、少し休憩してからアパートまでお送りしましょう。ご家族には一晩、こちらで大事をとって経過観察をしたことはお伝え済みです」


「あ、はい。ありがとうございます。お手数おかけしました」


 梶田上席研究員は手元の資料に走り書きを追記しながら、終始、物腰穏やかに振る舞いインタビューを終了した。


 記録終了。

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