サウザンドフェアリー ~永遠の風の冒険~
輪和(りんわ)
第1話 月に気づいた夜
この机の傷は、一体いつ頃につけられたものなのだろうか。
指でなぞると、何かの絵のようにも見える。
もう卒業してしまった誰かが、授業中に無意識につけた傷かもしれない。
顔も名前も知らない誰かの痕跡。
そんなものを想像していると、不思議と心が落ち着いた。
俺の名前は一条風斗。
どこにでもいる、普通の男子高校生だ。
数学の時間。
先生が黒板に何かを書いているが、内容はほとんど頭に入ってこない。
静かな時間は嫌いじゃない。
考え事をするには、授業中が一番だ。
「ちょっと、何ぼーっとしてたのよ」
隣の席から声が飛んできた。
短い髪の女子――三好月代。幼馴染だ。
「えーっと……先生の将来の頭髪について考えてた」
そう答えると、三好は吹き出した。
「ちょっと、馬鹿なの!」
周囲の視線が一瞬集まる。
俺はため息をついた。目立つのは苦手だ。
三好はスポーツ推薦で入学したが、怪我で陸上部を休んでいるらしい。
本人は気にしていないようだが、相変わらず声は大きい。
騒がしい休み時間より、授業中の方が好きだ。
静かな方が、自分の中の声が聞こえる。
放課後。
「月代〜、帰ろ〜」
隣のクラスから尼子夕凪が現れる。
長い髪に、透き通るような白い肌。三好とは正反対のタイプだ。
二人の声を背に、俺は少し足早に教室を出た。
急いで帰る理由は一つ。
オンラインゲーム――サウザンドフェアリー。
現実では目立たない俺が、唯一リーダーになれる場所だ。
ログイン音と共に、幻想的な世界が広がる。
ギルド名は「永遠の風」。
俺のプレイヤー名はウインド。剣士だ。
少しして、一人のギルドメンバーがログインしてきた。
「ウインドさん、こんにちは」
「ムーンさん、こんにちは」
紫色の服に大きな帽子。
黒髪の魔法使い――ムーンさん。
初心者で、控えめで、どこか遠慮がち。
だが、その声を聞くと、自然と背筋が伸びた。
「他のメンバーが来る前に、少し進みましょうか」
二人で森へ向かう。
ムーンさんは拙いながらも必死だった。
こちらの指示を一つ一つ、真剣に守ろうとする。
これまで何人も初心者を見てきた。
だが、彼女の声だけは、なぜか耳に残る。
突然、フェアリーが騒ぎ出す。
現れたのは、ジャイアントバファロー。
「オレの後ろに。防御を」
「……はい!」
震えながらも、ムーンさんは杖を構えた。
逃げることも出来た。
だが、彼女が必死に立っているのを見て、そうは思えなかった。
「ファイアアロー!」
火の矢が放たれる。
「いい!もう一度!」
俺は剣を振るい、彼女の魔法が活きる位置へ誘導する。
連携が噛み合った瞬間、
巨大なモンスターが崩れ落ちた。
「ウインドさん、凄いです!」
駆け寄ってくるムーンさん。
その声を聞いた瞬間、
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
現実では、誰かにこんなふうに頼られたことは、ほとんどない。
……何だろう、この感覚。
名前を付けるには、まだ早い気がした。
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