カンフーパンデミック 燃えよ!七人の戦士たち

井口カコイ

第1話 カンフーパンデミック

「カンフーは足りているか?」

 清流のようであり、爆裂の如き男の声。

「博士が鍛錬した被験者です。カンフーは充分足りています」

 博士と呼ばれた男――リー・タイロン

 通称、静炎のタイロン。

 大国にその人ありと呼ばれたカンフーの達人であり、世界が認める天才科学者。

 カンフーから生まれ、カンフーで鍛えられた穏やかなれど厳格なる人格者。

「計算上はな……だが、カンフーというものは一生を懸けたとして足りるものではないのだよ」

 タイロン博士の声は疾く、鋭い。それを寸止めのように受けた研究員の額に汗が浮かぶ。

「安心してくれよ、博士。あんたの教えも、あんたの願いも何にも間違っちゃいねぇんだからよ」

 拘束されてなお溌剌な被験者。

「私の大望、コンパウンドK……」

 『コンパウンドK』

 カンフーと学問を同時に極めたタイロン博士が考案した新薬。

 接種することにより体内のカンフーを活性化させ、治癒力、免疫力等を向上させる。

「ここに至るまで多くの犠牲を出してしまった」

 固く握りしめられた拳、震える肩。

「だからこそやり遂げねばならぬ。私の愛したカンフーで必ず人を救わなければ」

 言葉に気が乗り、巡り、弾ける。

 その気に周りの研究員の胸が熱くなり、その目に火が灯る。

 カンフーは世界を救える。

 そう信じずにはいられない。

「あっあー必ず救ってもらわなければ困るんだよ」

 その声に実験室内の空気が淀む。

 声でわかる。言葉でわかる。立ち振舞いでわかる。

 ロクデナシの登場だ。

「ディック・ボウ支部長、今回こそ結果は必ず出ますよ」

「だからぁ! 出てもらわないとぉ! 困るの! ね!?」

 金と脂にまみれたロクデナシ――ディック・ボウ

 世界をまたにかける『パラダイム財団』の幹部。

 暴食と強欲で肥え太った傲慢な男。

 されど、脂の乗った舌はよく回り、同時に多額の資金も回す。

 されどされども、その経営は極めて強引、稼ぐだけ稼いだら使い捨てるがモットー。

 この男に潰された企業も少なくない。

「まぁさぁ、ここでダメだったらスポンサーは引き上げさせてもらうからさ。本当にがんばってよ」

「ここで出資を取りやめ? 私は聞いておりませんよ」

「あ、そう。言ってなかったかなぁー」

「今回こそ結果は出ます。しかし、しかししかし仮に出なかったとしてもあと一歩! もうこの研究は必中の領域に入っているんですよ!」

「はいはい、あんたはそういうかもしれないけどねぇ。こっちとして満足のいく結果を出してくれないと大損なの! お!お!ぞ!ん! おおぞんっ!」

「ビジネスの話だとはわかっています。それでもこの研究は踏み越えるべきではない線を越えてしまった。その責任として」

「やったのはあんた。こっちはお金を出しただけだからぁ」

「なんと、非道な……」

 崇高な研究を題目に、人道にもとる行為をした。

 越えるべきではない線を越えた。

 しかし、それ以上の弾劾はできない。その選択をしたのもまた博士なのだから。

「まぁさ、失敗しても後始末くらいはやるから安心してよ、ね!」

 この下劣なる豚との対話は不要と博士はデータを再度確認し、被験者と向き合う。

「博士、あのクソッタレ脂デブは俺のイマジナリーカンフーでボコボコにしておいたから実験に集中してくれ」

「ふふ、イマジナリーカンフーか頼りになるな」

 被験者と博士は小さくも満足な笑みを浮かべた。

 そして、博士は研究員それぞれと目を合わせ、頷き、息を大きく吸い込み、気を吐いた。

「コンパウンドK投与!」

 青く光るいかにもな液体が被験者の内部に入り、浸透していく。

「全数値上昇中……」

 博士は報告に耳を傾けつつ、データと被験者を同時に注視する。

「数値の上昇が速すぎます! このままでは危険域にっ!?」

「まだだ! まだ彼なら耐えれる!」

 ブルブルと震えながら、白目を剥き、口の端から泡を出し始める被験者。

 信頼、確信、不安、恐怖……エトセトラ。

 この光景にさすがの博士の額にも玉のような汗が浮かび、止むことなき心理的打撃の猛打が叩き込まれる。

 プレッシャー……博士ほどのカンフーがなければ耐えられなかっただろう。

 カウントダウン。

 これまでの研究からあと数秒耐えきれば、実験は成功だ。

「3、2、1!」

 シュゥーと被験者の身体から蒸気が立ち上る。

「はか、せ……」

 博士は被験者に駆け寄り、目を覗き込み、丹田に触れる。

「成功だ……成功だ!」

 博士の声に研究員たちからも歓声。

 ユリーカ! ユリーカ!

「へへ、やったな博士」

「あぁ君のおかげでもあるんだ」

 額を寄せ合いを感動とカンフーに胸を震わせる。

「えー! あー! ゥオッッッホン!」

 とてつもなくわざとらしく、興ざめする咳払い。

「あー! 実験はどうやら、どうやらうまくいったようだが」

「ようだが?」

「出資者である財団支部長、ディック・ボウはこの実験を成功と認めない」

 脂ぎったロクデナシに何を言っているんだという目線が集中する。

「仮にぃー今回が成功であったとしてもコストパフォーマンス等、多々疑問が残る。よって」

「よって?」

「財団としてこの研究への出資は取りやめ、研究の中止をここに決定するぅ!」

「ふざけるなっ!」

 怒髪天衝!

 武人としての博士が瞬歩で脂の塊のロクデナシに詰め寄る。

 その鬼気迫る勢いにロクデナシにだらしなく腰を抜かす。

「常識的に考えてこんなのにこれ以上金を出せるかバカチンがぁ!」

「もしや最初から……」

 博士の怒気が身体全体を迸り、雷光が如き一突きを放たんとした時だった。

 パァン……

 乾いた無機質な音――銃声。

 無情……何ということか。

「後始末くらいはしてやると言っただるぉ」

 後ろのドアから武装した兵士たちが大挙し、博士や研究員らを取り囲んだ。

 博士の腕からは血。感情なき鉛玉に筋肉が潰され、だらり垂れ下がる。

 博士一人ならば、この人数の武装した兵士など反撃のない木人にしか過ぎない。

 だが、周りには守るべき研究員たちが大勢いる。

 絶体絶命。

「博士、離れたまえ。『立場』を改めて確認したまえ」

 博士……不動!

 これこそ揺るぎなき信念。今、退いては全てが失われる。

「はぁぁぁぁぁー……くそ」

 ディック・ボウはうんざりして博士に背を向けて去っていく。

「これくらいで十分かぁ」

 ドアに背中をつけてポツリ。

 感情が伴わぬ無慈悲な言葉、状況に博士は全てを察した。

「やめろ……!やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 掃射!

 阿鼻叫喚!

 兵士たちの心なき銃が思い思いに火を吹き続ける。

 残ったもの……研究員だったものたちの肉塊、血の海。

「カンフーだけでそうなるとか嘘だろぉ……」

 博士は虫の息ながら、一歩も退かなかった。

 そして……もう一人。

「絶……」

「ぜつ?」

「絶絶絶絶絶絶絶絶絶絶!」


 カンフーパンデミック!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月12日 19:00
2026年1月16日 19:00
2026年1月19日 19:00

カンフーパンデミック 燃えよ!七人の戦士たち 井口カコイ @ig_yositosi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ