番外編「リアナの甘い悩み」

 平和な日々が戻ってきてから、私、リアナには一つ、悩み事ができていた。

 それは、カナタのこと。


 領主様が村に乗り込んできた時、カナタを守りたいって、必死だった。

 彼が傷つくくらいなら、私がどうなったっていい。心の底から、そう思った。

 みんなで力を合わせてカナタを守り抜いて、彼が無事だった時、涙が出るくらい嬉しかった。


 その時から、私の中で、カナタは「大切な家族」っていうだけじゃ、なんだか収まりきらない存在になってた。

 カナタが笑うと、私の心もぽかぽかする。

 カナタが他の女の子と話してると、胸の奥がちょっとだけ、ちくってする。


(こ、これって、もしかして……)


 村の年頃の女の子たちが話してた、「恋」ってやつなんじゃ……。

 そう気づいた途端、なんだか急にカナタの顔をまともに見られなくなっちゃった。


「どうしたの、リアナ?顔、赤いよ」


 今日も今日とて、厨房でカナタの料理の手伝いをしていると、彼が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 ち、近い!

 カナタの綺麗な顔がすぐそこにあって、心臓がどきゅんって跳ね上がる。


「な、なんでもない!ちょっと、火のそばにいたから、暑いだけ!」


 ぶんぶんって首を振ってごまかすけど、尻尾は正直だ。嬉しさと恥ずかしさで、ぱたぱたと床を叩いちゃってる。ああ、もう、この尻尾、落ち着いて!


(ダメだ、私、変だ……)


 このままじゃいけない。そうだ!私も、カナタに何かしてあげたい!

 いつも美味しいごはんを作ってもらってばっかりだから、今度は私が、カナタのために何か作ってあげよう!


 そう決心した私は、カナタに内緒で、一人で料理に挑戦することにした。

 作るものは、カナタが前に作ってくれた、甘くてふわふわの「パンケーキ」だ。

 レシピは、カナタが手伝う時に教えてくれたから、覚えてるはず。


 小麦粉と、ロックバードの卵と、お砂糖と、ミルク。

 材料をこっそり集めて、夜、みんなが寝静まった後に、厨房に忍び込んだ。


「えーっと、まずは卵を割って……」


 ごつん。

 力を入れすぎて、卵がぐしゃって潰れちゃった。殻もいっぱい入ってる。

 うう、先が思いやられる。


 なんとか卵を混ぜて、小麦粉を入れて……あれ?なんだか、だまだまになっちゃう。

 カナタがやってる時は、もっと滑らかだったのに。


「こうかな?うーん、違うかも……」


 試行錯誤しながら、なんとか生地は完成した。

 あとは、これを焼くだけだ。鉄板に油をひいて、生地を流し込む。

 じゅーっていう良い音がして、甘い匂いがしてきた。


(やった!うまくいってるかも!)


 わくわくしながら、ひっくり返そうとした、その時。


「あれ?リアナ?こんな夜中に、何してるんだ?」


 背後から、一番聞かれたくない人の声がした。

 びっくりして振り返ると、そこには水を取りに来たらしい、カナタが立っていた。


「きゃっ!」


 私は驚きのあまり、手に持っていたフライパンを放り投げてしまった。

 くるくると宙を舞うパンケーキ。そして、それは……ぽすん、とカナタの頭の上に着地した。


「…………」


 しーん、と静まり返る厨房。

 カナタの頭の上で、湯気を上げる、ちょっと焦げたパンケーキ。


「あ、あ、あ……」


 私は、顔から火が出そうなくらい真っ赤になった。

 もうダメだ。穴があったら入りたい。


「ご、ごめんなさい!」


 泣きそうになりながら謝ると、カナタは頭からパンケーキを取って、くすくすと笑い出した。


「ははは、大丈夫だよ。びっくりしただけだから。もしかして、僕に内緒で練習してたの?」


 カナタは、全部お見通しだった。

 私がこくんと頷くと、彼は焦げたパンケーキを一口かじって、「うん、美味しいよ」って言ってくれた。


「でも、もうちょっとだけ、火加減を弱くすると、もっと美味しくなるかな。一緒に作ろうか」


 カナタは、怒るでもなく、呆れるでもなく、優しく私の隣に立って、手を取って教えてくれた。

 彼の大きな手が、私の手に重なる。

 それだけで、心臓がまた、うるさいくらいに鳴り始めた。


 二人で焼き上げたパンケーキは、今まで食べたどんなものより、甘くて、美味しくて、そしてちょっぴり、切ない味がした。


 私の甘い悩みは、まだまだ続きそうだ。

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