第10話「村の団結」

 僕の合図と共に、村のあちこちに隠れていた若者たちが一斉に動いた。

 彼らが手にしているのは、武器ではない。大きな樽や、麻袋だ。


 まず、村の入り口に殺到する騎士たちの足元めがけて、樽の中身がぶち撒けられた。

 中身は、動物から抽出した油。それも、僕が『調理魔法』で粘度を調整した、特別に滑りやすい油だ。


「うわっ!?」

「な、なんだこれは!?」


 凍てついた地面に撒かれた油は、最悪のトラップとなった。

 先頭を走っていた騎士たちは、次々と足を取られて派手に転倒し、後ろの騎士たちを巻き込んで将棋倒しになっていく。


「な、何をしておるか!立て!早く立て!」


 馬上でバルザック男爵が喚くが、一度滑り始めると、重い鎧を着た騎士たちはまともに立つことすらできない。


 その混乱の隙に、第二陣が動いた。

 彼らが手にしていた麻袋の中身は、真っ赤な粉末。

 この世界で見つけた、激辛のトウガラシに似た植物『炎の実』を乾燥させ、粉末にしたものだ。


 若者たちは、風上から騎士団めがけて、その赤い粉を勢いよくばらまいた。


「ぐはっ!」

「目が!鼻が!」


 赤い粉は騎士たちの目や鼻、喉を直撃した。強烈な刺激に、屈強な騎士たちもたまらず地面に突っ伏し、咳き込み、涙を流す。

 完全に無力化されていた。


 僕が用意したのは、料理の知識を応用した、非殺傷の撃退法だった。

 油で敵の機動力を奪い、香辛料で感覚を麻痺させる。料理の仕込みと同じだ。


「き、貴様ら!よくも……!」


 バルザック男爵は、予想外の反撃に顔をひきつらせていた。

 残った数人の騎士が、なんとか油と催涙粉のゾーンを突破し、僕たちに迫ってくる。


 だが、そこには第三のトラップが待っていた。

 地面に仕掛けておいた、甘蜜イモから作った特製の水飴だ。

 ただの水飴じゃない。『調理魔法』で極限まで水分を飛ばし、粘着力を高めた「兵士捕獲用超強力水飴」。


「ぬおっ!足が!」


 踏み込んだ騎士の足は、水飴にがっちりと捕らえられ、動けなくなる。もがけばもがくほど、全身がべたべたになっていく。


 あっという間に、十数名いた騎士団は、ほぼ壊滅状態に陥った。

 誰一人、血を流すことなく。


「な……な……」


 バルザック男爵は、その信じられない光景に言葉を失っている。

 村人たちも、最初はあっけにとられていたが、やがて状況を理解し、歓声を上げた。


「やったぞ!」

「カナタの言ってた通りだ!」


 ギードさんも、リアナも、驚きと喜びが入り混じった表情で僕を見ていた。


 僕は、震える足で一歩前に出た。

 そして、馬上のバルザック男爵を、まっすぐに見据えた。


「言ったはずです。僕の料理は奪えない、と。そして、僕の家族も、この村も、あなたなんかに好きにはさせない」


「こ、この……虫けらが……!」


 怒りに我を忘れたバルザック男爵は、自ら剣を抜き、馬から飛び降りると、僕に斬りかかってきた。

 その動きは、素人そのものだった。


『まずい!』


 僕が身構えた瞬間、僕と男爵の間に、風のように割って入る影があった。

 リアナだった。


「――させない!」


 リアナは、男爵が振り下ろした剣を、腕で受け止めた。

 いや、腕じゃない。獣人としての力を解放した彼女の腕は、硬い毛皮と筋肉で覆われ、まるで鉄の盾のようだった。

 キィン、と甲高い音を立てて、剣が弾かれる。


「ひっ……!」


 男爵は、目の前の少女の人間離れした力に、腰を抜かした。


 村の男たちが、その男爵にクワやカマを突きつける。

 勝負は、決した。

 僕たちミストラル村の、完全な勝利だった。


 村中が、勝利の雄叫びに沸く。

 僕たちは、力を合わせて、自分たちの暮らしと仲間を守り抜いたんだ。

 その事実が、何よりも僕たちの心を強く結びつけていた。

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