第9話「領主の強欲」
ドーソンが帰った後の村は、お通夜のような雰囲気に包まれた。
僕が領主の城に連れて行かれる。その事実が、重くのしかかっていた。
「カナタ、本当に行くつもりなのか?」
「お前がいなくなったら、この村は……」
村人たちが、不安そうな顔で僕を見る。
「ごめん、みんな。僕のせいで……」
「カナタのせいじゃない!」
僕の言葉を遮ったのは、リアナだった。彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。
「悪いのは、わがままな領主だよ!カナタは、私たちを守るために……」
言葉を詰まらせるリアナの肩を、僕はそっと抱いた。
大丈夫だと伝えたかったけど、うまい言葉が見つからない。
その夜、ギードさんの家に村の主だった者たちが集まり、今後の対策を話し合った。
もちろん、僕もその場にいた。
「やはり、カナタを行かせるわけにはいかん」
「だが、領主様に逆らえば、何をされるか……」
「いっそ、カナタを村のどこかに隠すか?」
「いや、それでは根本的な解決にはならん。いずれ見つかるだろう」
議論は平行線を辿る。
みんなが僕を心配し、守ろうとしてくれている。その気持ちが、痛いほど伝わってきた。だからこそ、僕は決意を固めた。
「僕、行きます。でも、ただ行くだけじゃありません」
僕の言葉に、全員の視線が集まる。
「これは、僕たちの村と、あの悪徳領主との戦いです。そして、僕は料理人として、僕のやり方で戦います」
僕の目には、迷いはなかった。
前世で、理不尽な要求をしてくる客や、嫌がらせをしてくる同業者とも渡り合ってきた。暴力じゃなく、知恵と技術で。料理人としてのプライドをかけて。
それから三日間、僕は村人たちと共にある準備を進めた。
それは、武器でもなければ、罠でもない。僕が作るのは、あくまで「料理」とその「仕込み」だった。
そして、約束の三日後。
村の入り口に、土煙を上げてやってきたのは、迎えの馬車だけではなかった。
バルザック男爵その人が、十数名の騎士を引き連れて、自ら姿を現したのだ。
馬の上から僕たちを見下す男爵は、絵に描いたような悪役だった。贅肉のついた体に、派手な装飾の服。目は欲に濁り、下品な笑みを浮かべている。
「貴様がカナタか。ドーソンから話は聞いている。貴様のその腕、今日から私のものだ。せいぜい私のために、美味い料理を作ることだな!」
男爵は、僕を所有物のように言った。
その傲慢な態度に、僕の心の奥で何かがぷつりと切れる音がした。
ギードさんが、僕の前に進み出る。
「バルザック様。カナタは物ではございません。彼は、我々ミストラル村の大切な家族です。彼を連れて行くというのであれば、我々も黙って見ているわけにはいきません」
「ほう?この私に逆らうと申すか、ギード。よかろう。ならば、力づくで連れて行くだけだ。者ども、やれ!逆らう者は斬り捨てて構わん!」
男爵の号令と共に、騎士たちが一斉に剣を抜いた。
鉄と鉄が擦れる、冷たい音。
村人たちの顔に、緊張が走る。
「みんな、下がって!」
僕は大声で叫んだ。
僕のために、誰かが傷つくのだけは見たくなかった。
だが、村人たちは引かなかった。
男たちは、手に手にクワやカマを持ち、女子供を守るように壁を作る。
「カナタを守るのは、俺たちの役目だ!」
「この村は、俺たちが守る!」
彼らの目には、恐怖よりも強い、仲間を守るという意志の光が宿っていた。
その姿に、胸が熱くなる。
『ああ、僕は、なんて温かい人たちに囲まれているんだろう』
だからこそ、負けられない。
僕のやり方で、この人たちを守り抜く。
「バルザック男爵。あなたに、僕の料理を奪うことはできない。僕の料理は、僕が作りたい人のために作るものです」
僕が毅然と言い放つと、男爵は顔を真っ赤にして激昂した。
「小賢しい小僧めが!さっさと捕らえろ!」
騎士たちが、僕めがけて殺到する。
その瞬間、銀色の閃光が走った。
「カナタには、指一本触れさせない!」
リアナだった。
彼女は、普段の快活な少女の姿からは想像もつかないほどの速さで動き、騎士の一人の剣を、その鋭い爪で弾き返していた。
瞳は金色に輝き、牙が覗く。狼の獣人としての本能が、覚醒していた。
だが、相手は多すぎる。
リアナが一人を抑えている隙に、別の騎士が僕に迫る。
絶体絶命かと思われた、その時。
僕は、合図の声を上げた。
「――今だ!」
僕の戦いが、始まった。
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