第7話「広がる噂と最初の来訪者」

 ミストラル村で開かれた初めての新年会は、大成功に終わった。

 村人たちは、生まれて初めて食べるおせち料理の味に感動し、夜が更けるまで歌い、踊り、笑い合った。


「カナタ、ありがとう!こんなに楽しい日は、生まれて初めてだ!」


 頬を赤く染めたリアナが、満面の笑みで僕に言った。その手には、アイスフィンチの田作りが握られている。よほど気に入ったらしい。


 村人たちも口々に僕への感謝を伝えてくれる。

 その温かい言葉の一つ一つが、僕の心の栄養になっていくようだった。


 新年が明けて数日後。

 村の男たちが、おせち料理の残りを保存用に加工していると、村の外から一人の男がやってきた。

 毛皮のコートを着込んだ、見るからに商人といった風体の男だった。彼は冬の間、近隣の村や町を回って商いをする行商人らしかった。


「おや、これは珍しい。この村から、こんなに良い匂いがしてくるとは」


 男は鼻をくんくんさせながら、僕たちが作業している広場に近づいてきた。

 彼の名はマルコ。この辺りでは顔の利く行商人だという。


「これは、燻製肉かい?いや、しかし、今まで見たどんな燻製とも違うな。この食欲をそそる香りは……」


 マルコは、僕が改良した燻製肉に目をつけたようだ。

 ギードさんが、得意げに胸を張る。


「カナタが作った、この村の新しい名物だ。味も香りも、一級品だぞ」


 僕は試しに、と燻製肉を薄く切ってマルコに差し出した。

 彼はそれを口に放り込むと、驚きに目を見開いた。


「う、うまい!なんだこれは!ただ塩辛いだけの保存肉とは訳が違う!凝縮された肉の旨味に、この豊かな香り……!素晴らしい!」


 マルコはいたく感動した様子で、今度は僕らが作った「スノーウィード餅」にも興味を示した。

 焼いて食べさせると、これまた大絶賛。


「信じられん!あの雑草が、こんなにもちもちで味わい深い食料になるとは!これなら、どんなパンよりも腹持ちがいい!」


 彼は商人の顔になり、真剣な表情で僕たちに交渉を持ちかけてきた。


「この燻製肉と干し餅を、私に売ってはくれまいか。街に持っていけば、高く売れること間違いなしだ。もちろん、相応の対価は支払う」


 ミストラル村は、これまで自給自足の生活が基本だった。現金収入を得る手段なんて、ほとんどなかった。マルコの提案は、村にとって画期的なものだった。


 ギードさんや村の長老たちと相談した結果、僕たちはマルコと取引をすることに決めた。


 燻製肉とスノーウィード餅を、持てるだけ持っていく彼を見送りながら、村人たちはどこか信じられないといった表情をしていた。


 そして数週間後。

 マルコは再び村にやってきた。その荷馬車には、たくさんの物資が積まれていた。


「大評判だったぞ!ミストラル村の保存食は、街で奪い合いになった!これは、売上の一部だ。約束通り、塩や布、鉄製品と交換してきた」


 荷馬車から降ろされた、山のような物資を見て、村中が歓声に包まれた。

 これまで手に入れるのが難しかった品々だ。これがあれば、村の暮らしはもっと豊かになる。


 僕の料理が、村に富をもたらした。

 その事実は、僕に大きな自信を与えてくれた。


「カナタ様!いや、カナタさん!ぜひ、他の料理も売ってほしい!」


 マルコはすっかり僕のことを様付けで呼ぶようになっていた。

 彼は、おせち料理の残り――日持ちするように加工した黒豆の甘煮や、田作りにも目をつけた。


 噂は噂を呼ぶ。


 マルコが運ぶミストラル村の特産品は、瞬く間に近隣の町や村へと広まっていった。


「雪に閉ざされた辺境の村に、天才的な料理人が現れた」

「その男が作る料理は、誰も食べたことのない絶品らしい」


 そんな噂が、まことしやかに囁かれるようになった。


 村を訪れる行商人は、マルコ一人ではなくなった。何人もの商人が、僕たちの作る食料を求めて、雪深い道を越えてやってくるようになった。


 村は、かつてない活気に満ち溢れていた。

 誰もが笑顔で働き、未来への希望を語り合っている。


 僕も、そんな村の様子を見るのが、たまらなく嬉しかった。

 前世では、たった一人で守っていた小さな店。でも今は、村のみんなという、大きな家族ができたような気がしていた。


 しかし、光が強くなれば、影もまた濃くなる。

 この時、僕たちはまだ知らなかった。


 ミストラル村に広がり始めた明るい噂が、すぐそこの領主の館にまで届き、強欲な男の耳を刺激しているということを。


 平和で穏やかな日々に、黒い影が静かに忍び寄ってきていた。

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