第3話 妹の黒子は分かりやすい【1】

 やっと蝉の鳴き声が聞こえるようになった。『あの二人』の家から脱出することに成功したから。まさかトイレの窓からこっそりと気付かれないように抜け出さなきゃいけなくなるとは……。


 いや、『幼馴染の家から脱出』という時点で訳が分からないけどね。でも、本当にそうなんだから仕方がない。ちょうど二人が言い争いから『髪の毛引っ張り合いバトル』に発展してくれたから、その隙にこっそりと抜け出すことができた。


「あ、暑い……」


 じりじりと照り付けてくる夏の太陽が、僕を焦そうとしてくる。それにアスファルトも太陽の熱を照り返してくるから余計に暑い。焦げたような匂いが鼻腔に抜けていく。本格的な夏に突入しているのを今さらながらに感じた。


「あの二人、もしかして夏休みの間中、ずっとこれから毎日こんなことを続けようとしてるのかな」


 昔のことを思い出す。僕と緑と桃の三人は、幼稚園からの長い付き合いだ。お互いの家も徒歩で五分くらいしか離れていないから、当たり前のように一緒に遊んでいた。それこそ、毎日。


 それで思い出したんだ。そういえば、今みたいなことが以前もあったなあ、と。小さな頃、玩具の取り合いで、あの二人はよく喧嘩をしていた。まあ子供同士の喧嘩だから大事になることはなかったけど。


 でも、あの二人は一度自分の『お気に入り』を見つけると、目の色を変えてしばしば奪い合っていた。


「ん? それってもしかして。僕、玩具だとか思われてるのか?」


 で、そこで一度、僕は思考をストップ。もっと言えば強制終了。だってさ、悲しいじゃん。ずっと一緒だった幼馴染の二人から玩具同然のように扱われるのって。


「――まあ、いいや。とりあえず今日は家でゆっくりすごそうっと」


 そしてすぐに見えてきた。僕が住む一軒家が。


 *   *   *


「お兄ーー!!」


「うおっ!!」


 僕が玄関を開けるのと同時に、妹の赤月黒子あかつきくろこが勢いよく抱きついてきた。否。タックルを食らわせてきた。すっかり忘れてた……。くっつき要員がもう一人いたことに。また暑苦しい状況に戻っちゃったよ。


 赤月黒子。中学三年生の十五才。理由は知らないけど、コイツは僕のことを『おにい』と呼ぶ。『ちゃん』を付けろよデコ助野郎。もう慣れたからいいけど。


 性格は一言で言えば天真爛漫。『とにかく明るい黒子』って感じ。これってなんか、あの芸人さんみたい。黒子はちゃんと履いてるけど。いや、あの人も履いてはいるんだけどね。


「ねえお兄? 朝早くからどこ行ってたの?」


「自分の意思で行ってたわけじゃないよ。ちょっと連行されちゃってね」


「ああー、そっか。緑ちゃんにか。どんな酷いことをされちゃったの? ロウソク垂らされたり? 鞭で叩かれたり? 手錠で柱に括り付けられたり?」


 何故そうなる……。でもそういうことをしてきそうだからなあ、アイツ。いつか僕もそんな酷い目に遭わされるのかな。


「だって緑ちゃんってそっち系のタイプじゃん? 絶対に。私の勘はよく当たるんだよ? 知ってるでしょ?」


 知ってる。だから何も言えない。というか、そういう知識やらを一体どこで覚えてくるんだろうかコイツは。あ、そうか。あの男の子か。


「なあ黒子? 今日はいいのか? 彼氏のところに遊びに行かなくても」


 そう。コイツ、彼氏持ちなんだ。僕が知る限りだと、今回の彼氏が五人目だったはず。コッチは恋人いない暦を年々更新してるっていうのに。いいですなあ、モテるヤツは。まあ、兄バカじゃないけど、僕から見ても可愛いから当たり前か。


 が。首を傾げる黒子である。


「ん? その人とはもう別れたけど?」


「はあっ!? わ、別れたって……。いや、お前さ。その人と付き合い始めてまだ一週間くらいしか経ってないじゃん?」


「付き合った年数とか日数だとか、そんなの関係ないし。私のポッキーを一本食べやがったのあの人。それで愛情がポキッと折れちゃった。ポッキーだけに。あははっ!」


 あははって。笑えないんですけど。え? 恋人ってそんな簡単に別れちゃうものなの? ポッキーみたいなものなの? 恋愛経験皆無の僕には理解し難いんだけど。


 まあ、黒子だもんな。元々、感情だけで生きているようなものだし。だから『こういうこと』になっちゃうわけで。


「ではではお兄。リビング行こう! いつものように抱きつかせて!」


 と言って、黒子は僕に抱きついたまま、無理やりリビングへと連行されていってしまった。またかあ。なんかデジャブ感が半端じゃないんですが。


「まあ、リビングだったら冷房あるし。別にいいよ。さっきなんかさ、玄関で桃に抱きつかれてたから暑くて仕方なかったんだよ」


 その瞬間、黒子の表情に変化が見られた。一瞬だけだったけど、黒子の目付きが鋭くなり、『何か』を睨みつけているようだった。どうしたのか気になったけど、すぐにいつも通りの黒子の笑顔が戻っていた。


 見間違いだった、のかな。


「じゃあお兄! 今からリビングへレッツゴー!」


「はいはい、わかりましたよ黒子様」


「えへー。お兄大好き!」


 そう言って、黒子はより強く僕の腕にしがみついてきた。


 あ。性格は天真爛漫とか言ったけど、大事なことを忘れてた。


 赤月黒子は、いわゆる『ブラコン』というやつであることを。



『第3話 妹の黒子は分かりやすい【1】』

 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る