04.英雄と、壁

 アルギアの操士ドライバーは、月に一度、能力査定を受けなければならない。


 大したものではない。いくつかの機器を取り付けたアルギアで、指定された動きをすればいい。

 内容は様々だ。魔法で浮遊するターゲットを的確に攻撃したり、一直線に飛んだり、かと思えば地上からの合図に従って精密な飛行をしてみせたり。


 その機動によって得られた数値を首都研究院に持ち帰って、何やら計算をすると、制御精度とか対群攻撃速度とか、そういったいくつものパラメータが割り出されるらしい。

 そうして、最終国家フェリィに属する全てのアルギア操士がランク付けされる。


 この結果を首都で印刷したものがスコアシートだ。

 大体月に一度、購買所への嗜好品を含む物資搬入と同じタイミングで基地に運び込まれて、一人一枚配布される。

 リサは、そいつを見ながら俺たち三人であれこれ言い合うことを『振り返り会』と呼んだわけだ。



「ぐあーっ、負けた!! 3ヶ月ぶりか!?」

「4ヶ月ぶりですよ。ふふ……ここを去る前の心残りが一つ解消できて良かったです」


 全体6位の所にリサとサムエルの名前、そしてグラムゲイズ睨速剣の名が記されていた。

 そのすぐ下、7位にエリオットとシルフェイル。二人のアルギアの祈り名プライネイムジュビラーテ未来の呼び声が並んでいる。


「まさかここまで攻撃力に特化して勝負してくるとは……攻撃性能だけ見たら4位じゃねえか。ファレンの次!」

「苦手な精度系の点数よりも攻撃系の点数を上げた方が良いのは分かってましたから……転属したらまた地道な精度訓練に戻ります。最後の思い出づくり、ですね」


 言って、リサは横目で俺を見る。

「まあ、最後まで『この部隊一番』になれなかったのは、正直心残りですが……」



 俺の名前と、レミア、そしてアルギアの祈り名、ニクスネメシス因果審判

 これらは、上から3番目に記されていた。

 アルギア部隊全体の中で3位。東方部隊の中では1位。

 このスコアこそ、体力バカでも魔力バカでもない俺が『戦闘バカ』と呼ばれる由来である。

 単純に、俺にはアルギアで戦うセンスがあった。



「……3位か」

 それでも俺は舞い上がれず、そのすぐ上にある2つの名を見る。



 全体1位。北方部隊所属ファストドライバー決戦操士、ゼファー・マクシミリアン。スロウドライバー進戦操士、不定。

 祈り名、アンサラー答えを出すもの

 彼はいくつもの異名を持つ。『最初のラーヴェ』『マックス・ゼフ』『耀く風』――『英雄』。


 事実として彼は偉大だ。偉大過ぎるほどに偉大だ。

 その偉業は誰もが知り、今生きている者の大半の生存に関与していると言っても良い。

 アルギア操士のほとんど全員が、彼に救われたことを契機に操士を志し、不可逆の変容施術を受け入れた。

 俺だってそうだ。実際にその姿を見たのは、あの遠い日……命を助けられたその瞬間だけだが。

 あの炎の碧色と、力強く美しい戦いの姿は、何度だって夢に見る。


 だから、いい。

 彼の背を追い続けることは、俺の生きる目的であり、そこ迫ることは、誇りだ。

 俺より上にその名がなくては困る。……もちろん、いつかは並び立つという前提で。



 全体2位。

 北方部隊所属ファストドライバー、ボリア。スロウドライバー、シルフェイル。

 祈り名、ディヴァインレイ絶光

 やや攻撃性能に寄るものの、クセなく平均的に高いスコアを維持。

 もう長い間、俺とマックス・ゼフの間に名前を刻み続けている。


 それだけだ。

 この強固な壁について、俺が知っていることは。



「今回も3位ですねえ」


 見れば分かる事実を口にするリサ。

 その語調には、どこか俺をチクリと刺すような気配が滲んでいた。まあ、無理もない。貪欲で負けん気の強いやつである。

 俺に総合成績で負けるだけならまだしも、意識して特化させたという攻撃性能のスコアですら及ばなかったことには、歯痒さを感じているのだろう。

 そしてそんな俺が、自分ではなく2位の相手を見ていることも。


「残念です。もし転属先が北方部隊だったら、挑戦状の一つでもお預かりしたのに」

「そうだったとしても渡さねえよそんなの」

「伝言などは?」

「……いや、だからお前の転属先は中央だろ」

「今ちょっと迷った間だったなあ!」


 エリオットが大きな手で俺の肩を叩く。

「で? 勝率は?」

「……3割。いや、ほぼ同スコアが4項目あるから、そこまで負けてはいない」

「とりあえず最高速度だけは勝ってて、あとは……あっちは精度系上げて来たんだなあ」

「ゼファーさんはどうですか?」


 ゼファー・マクシミリアンは、総合スコアで全体1位、というだけではない。

 すべての項目のスコアで1位である。他の操士は、彼の数値に近付くことはできても、及ぶことは未だない。

 俺たち全ての操士と同じように成長し続け、絶対の先達として君臨し続けている。


「相変わらず全部上がってるけど……おっ、最高速度の差はかなり縮まったんじゃないか?」

「そこだけならあと一息なんだけどな」


 ……いつか、彼のようになりたいと思ったあの日から、その背中は依然届かない。

 それは嬉しくも、悔しくもあり、どちらも今日の俺を突き動かす燃料である。



 その後、俺たちはもうしばらく、数字を見ながらああこうと話を続ける。自分たちのランク周りを見たら、今度は下位。戦歴の浅い操士たちのスコア変遷だ。

 とはいえこれについては、教育熱心なエリオットが一喜一憂するのを眺めているようなものだった。


「……リサは後輩の育成とか興味あるのか?」

「いえ? ちっとも。私は私が強くなれればいいです。……知ってるでしょ?」


 その返事には、何をいまさら、というニュアンスが含まれていた。俺も質問の意図を答える。


「最後の振り返り会、なんて言うから、楽しみがたくさんあるんだと思ってた」

「最後にエリオットを超えられるか、ファレンに一つでも及ぶ所があるかは楽しみにしてましたよ」

「でもそれ自体は、転属後でも確認できるじゃないか」

「嫌ですよ。目の前にいない相手をライバルにして競い合うなんて」

「俺はずっとそれやってるんだが……」


 そうでしたね、とリサは笑う。


「……私たち、操士になってすぐ一緒の時期に配属されたじゃないですか」

「まあな」

「あの頃は何をどうすれば良いかも分からないで、とにかく考えながら、月に一度のスコアシートだけを頼りになんでも試行錯誤してましたよね」

「リサが『教官はアルギア操縦のことを分かってない』って言い切ったの、未だに覚えてるよ」

「3人で計測機器をハックしようとしてダウロス統括官に怒られましたね」

「やったやった。何でバレたんだったかあれ」

「今だから言いますけど、エリオットがティルチェに自白して、そこからティルチェが密告したんです」

「ははぁ。優等生コンビがよ」

「ほんと。成績は私たちの中では一番下なのに、今ではすっかり隊長顔して」

「それもギリギリ今月はそうってだけだろ」

「来月もそうなります」


 笑い合う。

 昔からそれほど変化していたつもりはなかったが、振り返ると色々あったものだ。


「はーあ……やっぱりしたかったですねえ。アルギア同士の戦闘」

 かと思えば、ぎょっとすることをリサが口走る。

「お前、まだ諦めてなかったのか……」

「勝負は好きですけど、数値越しではもどかしいです。直接の斬った張ったで白黒つけば、負けるにしても潔く負けられるんですが」

「対アルギア戦闘なんて活かせる局面ないだろ……」

「え~。ヴィスカムを滅ぼしきった後とか?」

「いつになるんだか」



「今すぐ」


 ずい、とサムエルを追っていったレミアが横から視界に割り込んできた。


「あら。レミアちゃん」

「サムエルは?」

「見つけた。来なかったらティルチェが泣くって言っておいたから、来ると思う」

「微妙に来ない可能性残ってるなそれ……」


「それで、今はリサを探してた。はいイヌの鼻」

 レミアがぎゅっと閉じていた両手を開くと、光の球体――よく見るとひくついている――が内側から出てきて、リサの手元に戻る。

「ありがとうございます。……あら、可愛がってくれたんですね」

「鼻を? 鼻だけなのに? どうやって?」

「サムエル見つけたときに撫でてあげた。すごい、ふんふんいってた。で、リサ」


 レミアがリサの手を取る。

「汗流してない。早く行かないと、男子の時間になっちゃう」

「……あら? もうそんな時間でしたか。ちょっと話し込んじゃいましたね」


 基地内の操士用大浴場は男女兼用で一つだけだ。時間によって男子と女子のどちらかだけが入るようになっている。

「行ってこいよ。俺らと話してる間はともかく、夕食の時も汗っぽいのは嫌だろ」

「ええ。ではお言葉に甘えて」

「……ねえちょっとファレン、そういうのさ、やめて」

「何でレミアが怒るんだよ……」


 俺を睨むレミアと、それをなだめつつ浴場へ向かうレミアを見送る。

 そして俺はもう一度、スコアシートに視線を落とす。



 全体2位、ボリア。

 能力の差はわずか。それでも彼は絶対的な優秀さにより、俺と俺の人生の目標たるマックス・ゼフを遮り続けている。

(……同じ北方部隊に所属して、ゼフと肩を並べているから強いのか? それとも単に、厳しい戦いの中にいるから?)


 北方は激戦区だ。ヴィスカムが生み出される集樹ネストが最も多く棲息していると聞く。

 俺たちも、一番いそがしい時は十日に一度は集樹焼きの大規模作戦を行ったものだ。それでもマックス・ゼフが戦い続ける北方に比べれば大したものではないのだと、ダウロス統括官に叱咤されたことを覚えている。


(最近はスコアシートに載ってた名前がなくなることも少なくなってきたが……一時期の北方部隊の減り具合は、ゼフがいてもなおヤバかったからな)

 そんな環境にいれば、強くなるのも当然かと思う。



『数値越しではもどかしいです』

 だがその一方で。

『直接の斬った張ったで白黒つけば、負けるにしても潔く負けられるんですが』

 リサの言ったようなことを考えないでもない。

 眉間に皺を寄せて点数差を計算するよりも、直接勝負で雌雄を決する。そうすれば、この僅かな差を逆転できるのではないかと考えてしまう。


(対アルギア戦闘……)

 目を閉じて想像する。例えばリサ。自らの腕の針を、彼女のアルギアへ向けること。

 たぶん、互いに交錯を繰り返す機動戦になる。リサの動きは……攻撃は鋭いが防御は甘い。

 何度かの浅い衝突の後、焦れたリサのアルギアに、俺の針は容易く傷をつけるだろう。そこから、碧色に燃える煌星プラズマ級の炎、触れるもの全ての命を奪う光が上がり――



「……ないな」

 有り得ない、と続けて呟く。

 アルギアは味方だ。味方同士でそんなことをする理由はない。

 俺はそんなことをしたいわけじゃない。俺はただ、もっと遠くへ――



「ファレン!」

 ぐ、とエリオットが肩に腕を回してくる。

「何がないんだ?」

「何でもない。ってか汗くさい」

「おお、それそれ。サムエルも捕まえて、とっとと汗流そうぜ。そろそろ男子時間だろ?」

「……それは構わんけど、レミアとリサが行ったばっかりだぞ。鉢合わせないか?」

「もちろん切り替えの時間までは待つ! それを越してあいつらがおしゃべりに夢中になってなきゃ大丈夫だろ。多分ティルチェも一緒だし」

「余計におしゃべり長引きそうだけどなそれ」



 とはいえ、エリオットはそんな曖昧な嫌な予感で止まる男ではない。

 俺は事故を水際で防ぐ方法を考えつつ、サムエルを探しに歩き始めるエリオットに続いた。

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