第7話 やはり、俺のスマホのバッテリー消費は異常としか言いようがない。


 違和感の正体は、日常の些細な数字に現れる。


 ある日の放課後。

 俺はふと、スマホのバッテリー残量を見て首を傾げた。


「……あれ? もう30%切ってる」


 朝、家を出る時は100%だったはずだ。

 今日は授業中にスマホを触ることもなく、昼休みに少しニュースを見た程度。

 普段なら、まだ70%は残っているはずの使用量だ。


 経年劣化だろうか。

 いや、この機種に変えたのは三ヶ月前だ。バッテリーがへたるには早すぎる。


「湊くん、充電器貸しましょうか?」


 隣の席から、静が声をかけてきた。

 彼女は可愛らしいポーチから、モバイルバッテリーとケーブルを取り出した。


「ありがとう、助かるよ。最近、減りが早くてさ」


「バックグラウンドで重いアプリが動いてるんじゃないですか? 位置情報とか、通信量の多いアプリは電池を食いますから」


 静は事も無げに言った。

 その言葉に、俺は少しドキリとした。

 位置情報。通信。


 ――梨花の言葉が蘇る。

 『あの子、絶対湊くんにGPS仕込んでる』


 まさか。

 俺は充電ケーブルを挿しながら、恐る恐るスマホの「設定」画面を開いた。

 『バッテリー使用状況』を確認する。


 リストの並びを見る。

 1位:ブラウザ

 2位:SNS

 3位:システム


 ……なんだ、普通じゃないか。

 怪しい監視アプリなんて入っていない。

 やはり梨花の考えすぎだ。俺はホッと息をついた。


「どうしました?」


 静が覗き込んでくる。


「いや、なんでもない。変なアプリとか入ってないかなって確認しただけ」


「ふふ、そんなの入ってるわけないじゃないですか。湊くんのスマホは、私がちゃんとウイルス対策ソフトを入れてあげたんですから」


 静は微笑み、俺のスマホ画面を愛おしそうに撫でた。


「安全ですよ。湊くんのデータは、ぜーんぶ守られていますから」


 その時は、彼女の優しさに感謝しただけだった。


 だが、俺は知らなかったのだ。

 彼女が入れてくれた『ウイルス対策ソフト』こそが、全ての元凶であることを。


 そのソフトには「ペアレンタル・コントロール」という名の、管理者権限が付与されていた。

 俺のスマホの位置情報、通話履歴、カメラ映像。

 それら全てが「セキュリティチェック」という名目で、24時間リアルタイムに彼女のクラウドサーバーへ送信され続けていることを。


 バッテリーが減るのも当然だ。

 俺のスマホは、スリープモードの間も休むことなく、俺の生活を彼女に「配信」し続けていたのだから。


 キーンコーンカーンコーン……。

 予鈴が鳴る。


「さ、次の授業ですね。……あ、湊くん」


 静が席に戻り際、小声で囁いた。


「さっき検索してた『元カノ 復縁 心理』っていう記事……あまり参考にならないと思いますよ? あのサイト、信憑性低いので」


 俺は戦慄した。

 その記事を読んだのは、昨日の夜中。布団の中でこっそりと検索したものだ。

 誰にも見られていないはずの時間帯。


 なぜ、彼女がそれを知っている?

 問い詰めようとした俺の言葉は、教室に入ってきた教師の声によって遮られた。


 背中を冷たい汗が伝う。

 ポケットの中のスマホが、カイロのように不気味な熱を帯びている気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る