【浸食編:日常に潜む管理の目】

第6話 「図書館にいる」と嘘をついた三分後に、彼女はカフェのドアを開ける

 月曜日の放課後。

 僕は梨花に腕を引かれ、駅前のファミリーレストランに連れ込まれていた。


「昨日はひどいよ湊くん! 私を一人ぼっちにして!」


 ドリンクバーのメロンソーダを飲みながら、梨花が頬を膨らませる。

 映画館での一件をまだ根に持っているようだ。


「悪かったよ。でも、静が予約してたから……」


「はいはい、霧島さんファーストですねーだ。……ま、いいけどさ。その代わり今日は私の愚痴に付き合ってよね」


 梨花はフライドポテトを齧りながら、クラスの女子の噂話や、最近買ったコスメの話を一方的に喋り始めた。

 僕は適当に相槌を打ちながら、テーブルの下でスマホを取り出した。


 静からLINEが来ている。


『湊くん、今どこですか? もう下校しましたか?』


 心臓が跳ねる。

 正直に「梨花とファミレスにいる」なんて言えるわけがない。

 言えば静は悲しむだろうし、また消毒スプレーを撒き散らされかねない。


 僕は少し迷ってから、嘘を打ち込んだ。


『ごめん、ちょっと駅前の図書館で調べ物してる。一時間くらいで帰るよ』


 送信ボタンを押す。

 既読は瞬時についた。


『分かりました。勉強熱心ですね。無理しないでくださいね』


 可愛いスタンプと共に返信が来る。

 僕はホッと息をついた。

 よかった、信じてくれた。これで一時間は時間が稼げる。


「……ねえ、湊くん。誰とLINEしてるの?」


 梨花がジト目でこちらを見ている。


「あ、いや、母さんから。夕飯いるかって」


「ふーん。まあいいや。でさ、この前見つけたカフェが超可愛くて――」


 梨花の話が再開した。

 しかし、それから五分も経たないうちだった。


 カランコロン♪

 入り口のドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませー、何名様ですか?」

「一人です。……ああ、連れを見つけました」


 聞き覚えのある、鈴を転がすような声。

 僕は凍りついたまま、ゆっくりと入り口を振り返った。


 そこには、制服姿の静が立っていた。

 彼女は店内を見回し、僕たちのテーブルを見つけると、花が咲くような笑顔で歩み寄ってきた。


「奇遇ですね、湊くん。こんなところで会うなんて」


「し、静……!?」


 僕はスマホを握りしめた。

 嘘だろ。さっき「図書館にいる」って送ったばかりなのに。


「どうして……ここに……」


「図書館に行こうと思ったんですけど、なんだか湊くんがこっちにいるような気がして。勘が当たっちゃいました」


 静は悪びれもせず、当然のように僕の隣の席に座った。

 そして対面にいる梨花に、冷ややかな視線を送る。


「天堂さんもご一緒だったんですね。……勉強熱心な湊くんの邪魔をしてはいけませんよ?」


「はあ? 邪魔なんかしてないし。ていうか、あんたこそストーカー?」


 梨花が噛みつくが、静はスルーして店員を呼び、紅茶を注文した。

 その落ち着き払った態度に、僕は恐怖で声が出なかった。


 図書館は、ここから駅を挟んで反対側だ。徒歩でも十五分はかかる。

 僕が嘘のLINEを送ってから、まだ五分しか経っていない。

 移動時間を考えれば、彼女は僕がメッセージを送る前から、この店の近くにいたことになる。


 いや、もっと言えば。

 彼女は最初から「僕が図書館にいないこと」を知っていて、あえて泳がせていたんじゃないか?


「湊くん、顔色が悪いですよ? ポテトなんて油っぽいもの食べてるから……」


 静が僕の額に手を当てる。

 その手は氷のように冷たかった。


 ◇


 一時間後、地獄のようなティータイムが終わり、僕たちは店を出た。

 静は「用事がある」と言って先に帰った。

(実際は、僕と梨花を引き離して満足したのだろう)


 残された僕と梨花は、駅への道を歩いていた。


「……ねえ、湊くん」


 梨花が、低い声で言った。いつもの軽口ではない。


「気づいてる?」


「え?」


「あの子、来るの早すぎたよ」


 梨花は深刻な顔で、自分のスマホの地図アプリを見せた。


「湊くんがLINEしてたの、五分前だよね? その時、あの子が家や学校にいたら、絶対にあんな早く着かない」


「たまたま近くにいたんだろ……」


「違う」


 梨花は僕の腕を掴み、袖をまくり上げた。

 ブレザーの袖口。腕時計。カバン。

 彼女は何かを探すように、僕の持ち物をジロジロと確認し始めた。


「な、なんだよ梨花」


「GPSだよ」


 梨花は真顔で言った。


「あの子、絶対湊くんにGPS仕込んでる。じゃなきゃ説明がつかない。……湊くん、最近もらった物とかないの? お守りとか、キーホルダーとか」


 僕は首を横に振った。

 そんな怪しいものは貰っていない。

 静がくれたのは、参考書と、手作りのお菓子と……あとは、先日の電動歯ブラシくらいだ。


「……分かんないけど、気をつけてよ」


 梨花は僕の手を離した。

 その目には、本気の心配と、微かな怯えが宿っていた。


「あの子、普通じゃない。……私の勘、結構当たるんだからね」


 夕暮れの風が吹き抜け、僕は身震いした。

 静の笑顔の裏にある真っ黒な何かが、確実に僕の首を絞め始めている気がした。

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