第3話 意外にも、元カノの野生の勘は時として正鵠を射ている。

 翌日。

 昼休み、僕はまた梨花に呼び出された。

 今度は屋上ではなく、渡り廊下の隅だ。


「ねえ、湊くん。やっぱりあの子、変だよ」


 梨花はいつになく真剣な顔をしていた。

 いつもの「構ってちゃん」な雰囲気ではない。


「変って、静のことか?」


「そうだよ! あのさ、私、インスタの裏垢持ってるの知ってるよね? 湊くんと付き合ってた頃に作った、愚痴とかポエム書く専用のやつ」


「ああ……『闇堕ち天使ちゃん』だっけ?」


 黒歴史のような名前のアカウントだ。

 フォロワーは僕を含めて数人しかいない、完全に身内向けの鍵アカウントだったはずだ。


「それがさ、昨日の夜、急に見れなくなったの」


 梨花はスマホの画面を突きつけてきた。


「霧島さんに、ブロックされた」


「は?」


 画面には、確かに『ユーザーが見つかりません』の表示。

 しかし、意味が分からない。


「静がお前の裏垢なんて知ってるわけないだろ。本名も出してないし、顔写真も載せてないのに」


「だから怖いのよ! どうやって特定したの? 私のスマホ覗き見でもしない限り、絶対に見つからないはずなんだよ!」


 梨花は身震いをして、腕をさすった。


「あの子、絶対に私のこと調べてる。……ねえ湊くん、マジで別れた方がいいって。あの子の目、なんか爬虫類みたいで気持ち悪いもん」


「言い過ぎだろ。静はそんなことしないよ。……たまたま間違えてブロックしたとか、システムのバグだろ」


 僕は静を庇った。

 あのおっとりした静が、ネットストーカーのような真似をするとは到底思えなかったからだ。


「もういいよ。湊くんのバカ。……あとで後悔しても知らないからね」


 梨花は拗ねて行ってしまった。

 僕はため息をついて教室に戻った。


 ◇


 放課後。

 部活のない僕は、静と一緒に下校していた。


「湊くん、今日はまっすぐ帰りますか?」


 静が隣で歩調を合わせながら尋ねてくる。


「うん、テストも近いしね」


「よかったです。……最近、物騒ですから。変な虫がつかないようにしないと」


 静はふふっと笑った。

 その笑顔を見て、僕はふと梨花の言葉を思い出した。

 『裏垢を特定された』。

 まさかとは思うが、聞いてみることにした。


「そういえば静。インスタとかやってるの?」


「いいえ? 私、SNSは見る専門ですから。……どうかしました?」


 彼女は首を傾げる。

 嘘をついているようには見えない澄んだ瞳だ。

 やっぱり、梨花の勘違いだろう。


「ううん、なんでもない。……あ、そうだ。ちょっとスマホ貸してくれない? 調べ物したいんだけど、俺の充電切れちゃって」


 僕はカマをかけてみた。

 もしやましいことがあるなら、スマホを見せるのを拒むはずだ。


「どうぞ」


 しかし、静は躊躇いなく自分のスマホを差し出した。

 ロックまで解除されている。


 僕は拍子抜けしながら、画面を受け取った。

 ホーム画面には、天気予報や乗り換え案内などの実用的なアプリしか並んでいない。

 SNSアプリも見当たらない。

 ブラウザの履歴も『肉じゃが レシピ』『彼氏 喜ぶ 言葉』など、健気なものばかりだ。


「……ごめん、やっぱり大丈夫だった」


「そうですか? いつでも使ってくださいね。私、湊くんに隠し事なんて一つもありませんから」


 静は微笑みながらスマホを受け取り、カバンにしまった。


 僕は罪悪感を覚えた。

 疑ってごめん。やっぱり静は潔白だ。梨花が過剰に反応しているだけなんだ。


 ――だから、僕は気づかなかった。


 彼女のスマホには「セカンド・スペース(隠しフォルダ)」機能が設定されていたことを。

 そして、その裏の領域には、梨花のSNSアカウントの全ログ、クラスメイトの人間関係相関図、そして――僕のスマホの画面をリアルタイムでミラーリング(遠隔監視)するアプリがインストールされていたことを。


 別れ際、静は小さく手を振った。


「また明日。……今日はもう、誰とも連絡取らないでくださいね?」


 その言葉が、単なるおやすみの挨拶ではなく、事実上の「命令」だということに、僕はまだ気づいていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る