SinnamonCityHaze/2001

蒼花河馬寸

出逢いは輝きの様に。

「ねぇ君、一人?こんな雨の日に勿体ないよ。俺と少し雨宿りしない?」


 髪を金に染めた何処にでも居そうな男が、カッカッと革靴を鳴らしながら歩く人物へと声をかける。

 濡れた長い黒髪を揺らし、華奢な肩を隠そうともしない大きめの白いカーディガン。


「ねぇ、聞こえてるよね?ちょっとで良いから俺と遊ぼうよ。」

「……悪いな。連れが居るんだ。」

「え?」


 紅を引いた唇を僅かに歪むと、男の期待は一瞬の内に崩れ去る。そして首元を凝視すると僅かな膨らみが確かに在った。


「……男?君、男なの?」

「だったら何だ。」

「いや、別に……いーや、そうだよね。色んな趣味な人とか居るよねー。」


 男は気まずそうに笑うと「声かけたりしてごめんね。」と言い残すと、傘を手渡して其の場を去る。残された青年、木子きしは、手元の傘を見詰め、吐き捨てる様に呟く。


「……半端な奴。」


 其の言葉は男に対する物だろうか、或いは自分の事か。暫くすると、パラパラとした雨音を弾く軽快な足音が近付いて来た。


「お待たせ、きーこ!!ってあれ?傘持って来てたっけ?」

「知らない誰かに渡された。」

「ふーん。随分優しい人も居るんだね。」


 木子を『きーこ』の渾名で呼びながら、やって来たのは幼馴染の加賀美かがみであった。二つ結びの茶髪を揺らし、場違いな程に明るい色のレインコートを纏っていた。


「ほんっと、此のアーケード街も変わったよね。ってか聞いた?六丁目の方は駅の方まで繋げるらしいよ。」

「初耳。其れがどうしたんだ?」

「きーこの職場でしょ?探偵事務所。少しは気にしたら?」

「バイトみたいなもんだよ。依頼が来るまでは非番だし。」

「まぁ、あの探偵先生が真面目に探偵業やる訳無いもんね。」


 二人は軽口を交わしながら、芝鳴紋臨海公園へと差し掛かる。潮風が混じり始めた道には、雨に濡れた街路灯がアスファルトの上に光の鱗を並べていた。


――誰か!!聞こえますか!!


 突如、木子の脳髄を直接揺さぶる様な高く透き通った声が響く。


「……ッ!?今、何か聞こえた?」

「え、何が?雨の音以外、何も聞こえないけど……」


 加賀美は不思議そうに小首を傾げる。だが、木子の鼓動は不自然に跳ね上がっていた。以来、木子は明らかに以前とは異なる周波数を拾い始めている。


「悪い加賀美、先に行っててくれ。忘れ物を思い出した。」

「えっ、ちょっと!?きーこ!?」


 背後で叫ぶ親友の呼び止める声を背に、木子は声の主を探して駆け出した。公園の奥、街灯の光も届かぬ錆び付いた遊具の陰。


「こっち!!こっちだよ!!」


 其処に其れは居た。一見すればフェネックの様だが、背には烏の様な黒い羽が生え、二本の足で器用に直立している。


「ぬいぐるみ……な訳が無いよな。」

「む!!失礼しちゃうな。一人前のレディに向かって、其の言い草は無いんじゃない?」


 小動物は憤慨した様に短い腕を振り、宙に浮き上がった。木子は絶句する。だが、同時に、やはり世界は壊れていたのだという奇妙な納得が胸に満ちていた。


「ボクの名前はムニン。君、ボクの声が聞こえるんだね?だったら話が早い!!」


 ムニンと名乗った異形は、真剣な眼差しで木子を見据えた。其の眼差しには、外見の愛らしさに似合わぬ、滅びの予感が宿っている。


「今、此の街には神秘物っていう危険な欠片が幾つもばら撒かれている。誰かが意図的に、戦場に変え様としているんだ!!」

「神秘物?其れに……戦場?」


 聞き慣れない言葉に戸惑う木子に、ムニンは淡々と告げる。 


「そう。生けとし生ける者の強い欲望や負の感情……マイナスエネルギーを吸い上げて、異変を引き起こす引き金……ボクの声が届く君なら、其れに対抗出来る力が在る筈だ。」


 ムニンは、木子の内に眠る拡張された本質を指摘する。雨の雫が街灯の光を乱反射し、灰色の空気を虹色に歪ませていたが、木子は気付けない。


「ボクだけで出来る事は限られている。正義じゃなくていい。君が君で在り続ける為に、力を貸して。お願い!!」


 木子は視線を落とし、自らの白いカーディガンの袖を強く握りしめた。確かに震える指は、未知への恐怖を拒んでいる。だが、ムニンの言う『君が君で在り続ける為』という一節だけが、木子の乾いた心根に、棘の様に深く突き刺さる。

 戦う資格が有り、真面目さ故に避ける事を木子は選べらなかった。何より、此の異形が差し出した手は、初めて自身の本質を肯定する鏡の様に見えたからだ。


「分かった。乗ってやるよ、其の話。ムニンで良いんだっけ?」


 ムニンは歓喜の声を上げ、木子の肩へと飛び乗った。木子は再びルージュの感触を確かめる様に唇を噛むと、芝鳴紋市の中心部へと視線を向けるのだった。


「君の名前は、なんて呼べばいいのかな?」

「木子。」

「じゃあ、木子様だね!!此れから宜しくね!!」


 其の直後、轟音と共に周囲を照らす雷光が一体の異形の姿を浮かび上がらせる。異能力者と自称妖精の初陣が始まろうとしていた。

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SinnamonCityHaze/2001 蒼花河馬寸 @tatibanayuuki

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