来ないメッセージ

うたた寝

第1話


『年賀状じまい』なんて言葉も出てきているように、年賀状を送る文化というものは徐々に徐々に無くなってきているのかもしれない。

 実際、彼はここ数年年賀状を貰った記憶も無いし、送った記憶も無い。ギリギリ年賀状世代、と世代でくくっていいのかは微妙なところだが、両親なんかは未だに元旦に年賀状を受け取っていたりもするが、前述のように『今年で送るの最後にします』というような『年賀状じまい』をされていたりもするようだ。

 少し寂しい部分もあるかもしれないが、年賀状の値上げなどもあり、仕方のない部分もあるのかもしれない。一枚20円程度の値上げだとしても、10枚送れば200円だし、100枚送れば2000円になる。仕事の関係者など大勢に送る場合、この値上げはかなり顕著に響くだろう。

 しかし、仮に『年賀状』という文化が無くなったところで、『明けましておめでとう』を言う文化が無くなったわけではない。親戚回りまでさせられると、ちょっと面倒、と思う人も居るかもしれないが、近所のコンビニに行って、『明けましておめでとう』って言われるだけでちょっと嬉しくなったりしないだろうか? 少なくとも言われて、『何だこの野郎』とケンカにはなるまい。

 言われて嫌な気がする言葉でもないし、言って損をする言葉でもないのだから言えばいいのだ。まして、昨今年賀状離れの一因にもなっているであろうメッセージアプリがあるのだから、ペッて書いて、ペッて送ればいいのだ。

 年賀状を送る、ということになれば、確かに年賀状を買ってきて、直筆なら書いて、パソコンで書くなら印刷して、その後ポストに投函するという手間があるが、アプリであれば一瞬だ。『あけま』くらい打ち込めば予測変換で全文出てくるであろう。他の人に既に送っているのであれば、それをコピペしても十分だろう。何なら昨今、AIが勝手に書いてくれたりもする。

 そんな文章で嬉しいか? というのはまた別の議論としてあるとはいえ、大前提、送ってくれたこと自体が嬉しかったりもする。相手から自発的に『この人に送ろう』って思ってくれたことが、その対象に上げてくれたことが嬉しかったりするのだ。

 するのだが、

「………………」

 来ない。彼はスマホをチラホラ確認するが通知など一通も来ない。もともと彼は交友関係もさほど広くないため、こういうイベント時にスマホの通知が鳴りやまなくて困るタイプではない。何なら会社用のグループチャットがクリスマスだ忘年会だで盛り上がっていてうるさかったから、通知を切ったくらいだ。

 だから彼も別にそこを期待していたわけではない。ただちょっと期待していたのが、気になっている同僚の女性からメッセージが来ないかな、ということであった。

 期待と言っても本当にちょっとだ。誰だって気になる人ができたらちょっとくらい妄想して期待しないだろうか? 何なら彼としては大分謙虚な妄想だ。『初詣デートしてほしい』なんて贅沢は言っていないのだ。定型文でいい。『明けましておめでとう』って一通メッセージ送ってきてくれないかな、をちょっとだけ期待していたのだ。

 ちょっとだけなんだからもちろん落ち込んでなんかいない。ぐにょ~んと机と同化しそうになるくらい力なく机にもたれかかっているが、全然落ち込んでなんかいない。やっぱ脈無いんだ、なんて思ってもいない。泣いてもいない。泣くもんか。

 いや、まぁ、来ない、と彼は文句を言っているが、来なくても当たり前じゃね? という部分はある。何故か? 相手はそもそも彼の連絡先を知らないからである。

 ……はっ? ってお聞きの皆さんは思ったかもしれないがまぁ落ち着け。『じゃあ来るわけねーじゃん』ってツッコミもしまっておけ。そんなことは全部分かっている。だから本当にちょっとだけ期待したのだ。ちょっとでも期待するな、なんて辛辣なツッコミもしまってくれ。泣く。

 いや分かっている。分かってるって。相当無茶なことを言っている自覚はあるって。それでもどこかで、だ。『○○さんから連絡先聞いて連絡しちゃいました!』みたいな展開を勝手に妄想していたりしたのだ。……いやだから分かっているって。そんな手間暇かけてまで彼にメッセージ送る理由がないってことくらい分かっているって。

 ただ年末、一緒に仕事をする機会があって、それなりに話すタイミングもあったから、ワンチャンそういうの送ってきてくれないかな、って勝手に盛り上がっていただけである。

 年始は変な話、メッセージを送ってもいい理由がある。ただ単に急にメッセージを送れば『馴れ馴れしいやつ』と思われるだけかもしれないが、年始の挨拶のメッセージであれば話は別。何なら礼儀正しい、という印象さえ持たれる可能性がある。こっちは変な話、メッセージのやり取りをしたいだけ、という下心で送っていたとしてもだ。

 その心理は当然、年末にも利用できる。『よいお年をー』などは急にDMで送ってもそこまで違和感の無いメッセージ。年末まで一緒に同じ案件をしていたこともあり、『案件お世話になりました、よいお年をー』と不意に業務関係なくDMで送っても『何この人急にDM送ってきてキモ……』とは(きっと)思われづらいメッセージなのである。

 というわけで、実は彼は年末自分から『よいお年をー』をDMで送っているのである。ホント言うと向こうから来ないかな? と期待して定時付近まで待っていたりもしたのだが、待てど暮らせどぜーんぜん向こうから来ないので、痺れを切らして自分から送ってみたのである。ちなみに文章はAIに添削してもらいつつ、一か月くらい前から考えていた。……待て、キモって言うな、重いって言うな。自覚は彼にだってある。でもなんか関係性を維持できないかと思い、彼なりに頑張って送ってみたのである。

 ちなみにその年末のメッセージには何とも言えない、波風立たない凪の返信が来た。リアクションボタンだけで済まされず、返信してくれただけまだ優しい、と言えなくもない。

 言うて別に塩対応と言うほどの返信が来たわけでもないのだが、彼としてはもうちょっと温度感の高いメッセージを期待していたため、なんとなく塩には感じるのだろう。文章的には柔らかく返してくれてはいるのだが、内容だけ抜き取ると、彼のメッセージをなぞっているだけ、というか、『無視もあれだから一応返しました』くらいの特に温度感を感じないものであった。

 さっきも言ったが、年末などのメッセージは送る理由がある。もし、相手がちょっとでもこっちに脈を感じてくれているのであれば、このメッセージを送ってもいいタイミングを逃すわけがない。

 逆に言うと、送って来られなかった段階でなんとなく相手に脈は無いのだろうな、と察してはいるのだが、相手が送る前にこっちが送ってしまっただけ、という可能性も(限りなく低いかもしれないが)無いでも無い。脈無しなんだろうな、とは思いつつ、慰めにも近いような感じでどこか諦めないようにしていた。いや、どっちかと言うと、傷つかないようにしていた、が正しいのだろうか。脈無し、失恋、にならないようにどこか『送ってこなかった理由』を探している部分はあった。

 たまたま年末で同じ案件になったくらい。それまでお互いにちゃんと会話をしたこともないのだ。確かに、年末、というタイミングだけを考えれば、『案件お世話になりました。よいお年を』くらいの挨拶は送ってきても不自然ではない部分かもしれないが、わざわざ個別で連絡する必要があるか、と言われれば、まぁ微妙なところ。それこそ、送りたいな、という熱量でも無ければ、わざわざ時間を割いて送らないだろう。

 だからこそ、彼は、『送ってきてもらえれば脈ありかも』と期待して、定時付近までそわそわとチャットを確認していたくらいなのだ。送って来なかった、ということから脈無しなんだろうな、ということは、うっすらというか、しっかり分かっている。

 年始の挨拶の連絡が来ないこともはっきり言ってショック自体は受けているが、これも何となくは分かっていたことだ。社用のメッセージアプリで連絡をしてこないくらいなのだ。よりハードルの高い私用のメッセージアプリで連絡が来るわけもないのだが、やっぱりどこかで期待していたりもした。実際、元旦に日付が変わったタイミングで、何の通知も着ていないのにスマホが振動したと勘違いして慌てて通知を確認しようとしたくらいだ。

 これ他の男性社員とはメッセージしてたりするのかな、なんて被害妄想、と言っていいのかも微妙なことを考えたりもする。そしてその可能性は無いでも無いし、何ならそうでなくてもマッチングアプリなどでいい感じになっている相手などとイチャコライチャコラメッセージをしている可能性もある。

 はぁ……っ、と彼は盛大な溜息をつく。手に持っていたスマホもポーイである。ベッドに不時着したスマホを放置して彼は顔を両手で覆って勢いよく擦る。年始からこんな暗いことなど考えていても仕方ない。

 お正月。特番には事欠かない。食料やお菓子も買い溜めしてあるし、寝正月でも満喫してやる。彼はテレビの電源を入れると、お湯を沸かしにキッチンへと立ち上がった。



 ベッドの上にスマホを放置したからマットなどが振動を吸収して気付かなかったのだろうが、その時、スマホは何かの通知を知らせるように静かに振動していた。画面を下向きに置いているため何の通知を受信したのかまでは分からない。

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