第3話 陰謀論
研究所がわざと隠しているとしたら?
年月の経過とともに存在そのものについてあまり疑問を抱かなくなったとはいえ、
でも、国の考えることに百パーセントの善意などあるのか。
善意と悪意は表裏一体であり、その表側にくるのが善意だと素直に考えるほど私たち国民は愚かではない。
ならば、悪意で以て情報を統制する理由とは何か。
一言で言えば、都合が悪いからだ。
コンコンと音を鳴らす行動が耳卵状態の『似人』にとって唯一可能な人間と対話する方法なのだと言われれば、頻繁にやりとりしたくなる保持者もいるだろう。それも、腹にいる子供に呼び掛けるような気持ちで。
たった一ヶ月という短い期間であったとしても、耳の中で対話を重ねれば保持者と耳卵の関係はどうなるかなど、研究者ではない私にも分かる。
耳卵をただの卵と思えなくなり、孵化した『似人』に対して親のような情が湧くに違いないのだ。
しかし、人間の出産では生まれたての子供に対して「やっと会えたね」と対面の喜びを噛み締める時間があるにも関わらず、『似人』は孵ってしまえば即職員に取り上げられ、カプセルホテルのような狭い空間で生育が始まる。『似人』に対する想いが強い人間にとっては我が子を奪われる感覚に近い上、そこから先の『似人』の生を想像すれば悲しいという言葉では説明の出来ない感情に駆られることになるだろう。
『似人』が社会の中で共存し、今や世の中になくてはならない存在であることは最早疑いようがない。しかしそれは、より良い世界を作るためというポジティブな意味だけでなく、人間の残忍さの
ゆえに国は、世界は、保持者に対して金と特権を与えるのだ。
決して少なくない額の報酬をその場で一括払いした上、年金の増額や税金の全額免除など、その後の人生にまつわる事柄の多くを国が保証する。また、『似人』の引き渡しが記録されたハハカードを提示すれば、世界耳卵機関に加盟している国へはビザなしで渡航出来る上、滞在先でも様々なケアを受けられるようになる。更には『労働力を提供し、世界に貢献した人物』として耳卵報奨金が定期的に渡されたり、ハハカードを見せることでコンサートや観劇は全て良席が用意されるなど、あらゆる面において特別な権利を得ることが出来るのだ。
いつの間にか耳に出来て、勝手に生まれてきた『似人』を引き渡すだけでこれだけのものが手に入るとなれば、目先の利益の前に情も霞むのだろう。日常生活において、多くの『似人』が溶け込んでいることが何よりの証拠だ。
私の脳裏に、かつて読んだ耳卵逃亡罪についての特集記事がよみがえる。
実名で報じられていた未成年の子をはじめ、重罪人と世間から
子供の不幸と引き換えに得る安定に、価値などあってたまるものか。
『似人』を引き渡すことが社会を良くする美しい行動だなんて、ひどい
人々が穏やかに暮らす理想の世界の足下には、何百、何千、何万もの『似人』が真っ赤な体液を流して埋まっているというのに、見えなければ知らない振りをしていられると思っているような、そんな人間にはなりたくない。
我が子を守りたいという想いで逃げた者は大罪人として人間扱いされず、自身の欲と安心のために平気で『似人』を売り渡す者は人間の
――こんな考え自体、全て私の妄想に過ぎない。けれど、一度思考の溝に落ちてしまえば、これこそ世界が我々に対して隠している真実なのではないかと疑ってしまう。陰謀論にハマる人など愚かだと思っていたのにな。
「人間らしいって、何だったっけ」
正義という言葉の意味が時代によって異なるように、人間らしさについても耳卵の存在しなかった頃と比べれば今の社会では違った意味を持つのかもしれない。ぼそりと漏らした私の呟きに相槌を打つように、右耳からはコンコンという音がした。
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