理想的な移民星

@ramia294

 人類再生計画

 移民星アンテロープ。


 地球から、出発した最新の恒星間亜光速宇宙船レイヨウが、ガゼル星団のアンテロープ星へと、到達した。

 到達するまでには、二百年かかった。

 その間、乗組員はコールドスリープを……していない。


 元々、地球上の人類は、その数を減らしている。

 にも関わらず、この計画である。


 それは、人類の不死化研究の副産物による長寿命化の影響だった。

 過去の人類の誰もが憧れた不死。


 その研究の道半ば、千年、二千年という長寿命を人類は手にした。

 

 しかし、それは、人類の繁殖に急ブレーキをかけた。

 自身の寿命の続く遠い未来を憂う人類の遺伝子が、繁殖活動を拒否し始めたのだ。


 長寿命化に間に合わなかった人類の数は、その寿命を終え激減した後、人類の総数は、それから増えなかった。



 生きるための生産活動すら行われず、千年も二千年も死なない生命体だけが、ユラユラ彷徨う地上の世界。

 人類不死計画は、いつしか人々から、アンデッド計画と陰口を叩かれる様になった。


 AIは、警告した。

 このままでは、人類はその長い寿命が尽きると同時に滅びる。


 そこで、地球外に、少数の人類を送り込み、新たな生活圏で社会を構成する最低数を繁殖活動によって、嫌でも増やさないといけないという計画を人類は立ち上げた。


 人類再生計画である。


 有り余る膨大な時間、

 人類がその数を激減させたために、やはり有り余る資源を贅沢に使い建造された宇宙船レイヨウ。


 ガゼル星団までの航行は、人類には、未知の体験だったので、心に張りが出来たのだろう、明るい日々となった。


 もっとも、持ち込んだ飲み物や食料を 贅沢に食い、潰れるほど飲み、巨大宇宙船レイヨウに多数設置された温泉巡りをするという、彼らの長い寿命のそれでも有限の貴重な時間を二百年間、浪費していただけだ。


 アンテロープ星の周回軌道での調査では、地球での観測と微妙に違いがあった。

 地球と比較すると、酸素濃度が僅かに高く、重力が僅かに低い。


 調査結果に対して、人類の生命活動への影響は無いと判断。

 航宙船のセンサーで、直径25キロほどの平坦な地を見つける。


 植物だらけの平坦な地に同じ直径の輪を船から落とす。

 

 輪の中に、マイクロウェーブが発生して、全ての植物を焼き払った。

 この時代の人類は、とことん生命というものに鈍感だった。


 焼き払われた地に、着陸船が次々と降下して行った。


 巨大な植物が生い茂る手つかずの自然。

 事前の調査通り、そこに知的生命体は存在しなかった。


 植物が焼き払われた平坦な地にキャンプを設営した。

 といっても降り立った着陸船が、住居部と工事用の重機に分離するだけだ。


 場所指定だけが人間の仕事で、指定後は機械が勝手に本格的な住居、更には、街まで建築する。


 取り敢えずのキャンプに落ちついた移住者の氷野は、宇宙航行中、仲の良くなった女性のオンサと付近の探検に出かけた。


 ふたりは、コンピューターが選んだペアだ。

 今回の目的は、人類の繁殖活動なので、あらかじめ選ばれたペアが移住者として選ばれている。


 遺伝子の組み合わせで、強い個体が生まれる可能性の高いペアは、宇宙旅行中からひとつのチームとして行動する事になっていた。


 宇宙を旅している時から氷野は、オンサに好意を持っていた。

 自分のペアが、オンサで良かったと思っていた。

 しかし、それは友人としてであった。


 艶めかしい黒い肌と長い手足。

 大きな目には、高い知性の光が宿る。


 魅力的とは感じるのだが、繁殖の対象としては見ることはなかった。


 宇宙船から落とされた輪が、焼き払われた境界にあった。

 本来は、その境界を踏み越えてはいけない規則だった。

 その輪は、外部からの侵入者をマイクロウェーブで焼き払う結界になっていた。


 もちろん移住者は、自由に往来出来る。

 通信機かつ識別用センサーが、スーツの手首に貼り付けられているからだ。


 氷野とオンサは、無警戒に結界を踏み越えた。


 甘い香りに誘われたふたり。


 結界を越えれば、手つかずの大自然。

 心地良くこの星に熱を送る恒星の光。


 移住星としては、これ以上考えられない条件だ。

 風に揺れる膝丈の草原の中、まるで半分に切ったキウイフルーツを大きくした様な果実が幾つもあった。


 大きさは、ちょうどダブルサイズのベッドほどだ。

 甘い香りは、その果実から香ってくる。


 香りに誘われたふたりは、その果実に近付く。

 いつの間にか手を繋いでいたふたりは、その果実を調べる。


 触れた手が心地よい温かさを伝え、押すとへこみ、放すと元に戻る。

 柔らかい弾力を感じる。


 甘い香りのそれは、食べ物というよりベッドとして、優れているようだ。


 ふたりは、その果実のベッドに座る。

 氷野は、オンサに対して、今まで感じた事のない感情が胸の中に生まれていることに気付いた。


 それはオンサも同じく氷野に感じている感情だった。


 戸惑いながらも、ふたりを隔てるその距離を薄紙を剥がすように縮める。

 近付くふたりの唇が重なった時、この世界の時間がふたりだけのものになった気がした。


 ふたりを夢の時間が支配した。


 当初の予定には無かったが、再生計画に必要な時間。

 その時間は、永遠のものとなる。

 ふたりが愛を確かめる事に夢中になっている間に、隣のベッドだと考えていた果実の半分が蓋となって、閉じられた。

 ふたりの愛の行為は、甘い香りに誘われ、その身体が果実の中で、溶け始めても続いた。


 ゆっくりと、ゆっくりと、地上を離れていく果実。

 その果実の香りは、生き物の愛を増幅すると共に強い麻酔作用を持つ香りだった。


 ふたりが、まだ見上げる事が出来れば、高い位置には、彼らのベッドと同じ果実が多数実っている事に気付いただろう。


 その高い位置の大きな実には、この星に住む巨大昆虫をはじめとする生物たちのペアが多数閉じ込められては、消えていった。


 愛を栄養として育つその巨大食虫植物。


 愛と共に、彼らの肉体もその植物の強い麻酔作用で気付かぬ間に、栄養として吸収されていく。


 氷野もオンサもその肉体の形を間もなく失った。


 愛に満ち溢れたその素晴らしい移住星の名は、アンテロープ。


 この星では、愛が増幅される。


 居住区を守る、マイクロウェーブの結界をすり抜け、甘い香りが全ての移住者を誘った。

 彼らは、全て氷野とオンサの後を追った。


 地球に、移住星として、これ以上ない条件だと伝えた通信を最後に、移住者からの連絡は途絶えた。


 人類再生計画の成功に地球から祝いのメッセージを送ったが、返信は無かった。


 地球の人類再生計画の事務局は不思議に思ったが、全てにおいて無気力な地球の人類は、僅かの間にその事を忘れた。



           終わり



 



 


                  

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