人影 1
家の周りを探しても、何処にもいない。
車もそのまま。
だいたい歩いて簡単にいける距離には、コンビニひとつない。
携帯に電話を掛けてみたが、鳴ったのはダイニングテーブルの上。
携帯も財布も持たずに出かけている。
変わった人ではあるが、こんなふうに不意に居なくなったりは、したことがない。
・・・どこに行ったんだろう・・・まさか
私は、昨夜のことを思い出していた。
何か大きなものを引きずるような音。
嫌な予感がする。
玄関を出て南の広い道路から東に回る。
イチョウの垣根の向こうに立つ、平屋の建物と庭を覗いてみる。
ブルーシートがかかった建築資材があって、庭はどうやら以前の土地そのままのようで、整地もされず、新築の家の庭とは思えない。
うちと比べてもブロック2段分は低い土地。
雨が降ったら水が溜まりそうだ。
実際、周りの道路よりも若干低くて、中に向かって下がっている。
家の建つ場所も奇妙だ。
敷地のほぼ真ん中に立っている。
もっと北に寄せれば、庭も大きく取れるし、南にあるうちの陰にもならずに日が当たる。
何か意味があってそうしてあるんだろうけど、建て主はまだ引っ越してきていないから、話をする事も出来ない。
殆どむき出しの草も生えていない地面に、薄っすら苔が生えている。
それが所々、削ったように無くなっている。
そんな様子は無かった。
「ただいまぁ」私が心配して待っていると、何事もなかったかのように旦那は昼過ぎに帰ってきた。
「ちょっと、どこ行ってたのよ!」あまりに心配したのが、怒りに変わった。
自分でも、ちょっとびっくりする位の勢いで責めてしまった。
「それどうしたの?」
旦那は膝から下を泥だらけにして敷いたばかりのカーペットの上に立っている。
「あれっ」旦那は自分の足を見ておかしい事に自分でも気がついた。
普通じゃない。
突然認知症にでもなったのかと、本気で思った。
認知症ではないとしても、何かの病気になっているかもしれないと思った私は、旦那を連れて近所の人に聞いた脳外科を受診した。
予約も無かったから待たされたが、
「入院してもらって、一通り調べてみましょう」と言ってくれた。
付き添いは不要とのことで、私は旦那をおいていったん家に帰った。
玄関から居間まで泥の足を引きずった跡がついている。
気が付かなかったが、靴が汚れていない所を見ると、旦那は裸足で出ていたらしい。
せっかく家まで建てたのに、これからどうなってしまうんだろうと途方に暮れた。
疲れた体で泥汚れを掃除して、一人で長めのお風呂につかると、急に惨めになってきて声をあげて泣いた。
何も食べる気にならず、水を1杯飲んだだけで、昨夜のままの冷たい布団にもぐってうずくまる。
時計が12時を回ったころ、下の階から物音がして私は飛び起きた。
2階に上がる前には、ちゃんと戸締りしたつもりだった。
全てのカギを掛けたのを覚えている。
階段の途中でリビングを見下ろすと、ガラスの扉の向こうに、明らかな人影が歩き回っているのが見える。
・・・どうしよう、私一人だけだし・・・
人影は、私の存在に気づいたらしく、ガラス扉の向こうに立って、どうやら聞き耳を立てている。
私は身体を固くして置物のように動けなくなっていた。
次の更新予定
2026年1月17日 18:00
かきね 粥川 鶏市 @tsumagurohyoumon
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