最終エラーコード:アーク
satellite
最終エラーコード:アーク 完全版
第一章:静かな破壊の始まり
ある火曜日の午後、静寂は突如として破られた。
世界中の予測不能な場所に、突如として漆黒の渦巻き(ワームホール状のバグ)が出現したのだ。
それは、空間そのものを切り裂き、周囲の風景を歪ませながら、微細なチリや空気を貪欲に吸い込んでいく。
テレビやネットでは瞬く間に大々的に報道され、「ブラック・スパイラル」と名付けられたその現象に近づかないよう、繰り返し警告が発せられた。
高校生のミチは、その異様な光景を報道番組で見ていたが、どこか他人事のように感じていた。まるで、誰かが作った物語のワンシーンを見ているような、現実感の伴わない感覚だった。
一方、人気ゲーム実況者のショウキは、この現象に強い興味を覚えた。彼の直感は鋭かった。
「これ、どう見てもゲームのバグだろ」
彼はそう確信し、再生数を稼ぐためにカメラを手に、立ち入り禁止区域近くの渦巻きへと近づいた。
ライブ配信中、「テクスチャがずれてる!」と興奮気味に叫んだ直後、渦巻きに近づきすぎたショウキの肉体は、ポリゴンが分解されるようにバラバラになり、一瞬で渦に吸い込まれた。
無音の最後。その恐怖の映像は、全世界に拡散された。
専門の研究者たちが調査するも、渦巻きの正体は不明のまま。奥はどこか別の空間に繋がっているようだが、見通すことはできない。
渦巻きは、世界中で数を増し、徐々に周囲の空間を破壊し続けていた。
第二章:禁断の炎と消失
この渦巻き現象が発生する少し前。
とある秘密裏の研究施設では、人類のエネルギー問題を解決する画期的な開発が進められていた。
それは、核融合を利用した『擬似太陽(Artificial Sun)』の開発である。
科学者たちは、地球上のあらゆる資源を結集させ、膨大なエネルギーを生み出すことに成功した。
しかし、彼らが知る由もなかったのは、自分たちが暮らすこの世界が、有限の情報量で構成されたプログラムに過ぎないということだ。
擬似太陽が生み出したエネルギーは、 この「地球プログラム・データ」の処理能力を遥かに超える、 情報過多(Data Overload) を引き起こした。
そのエネルギーは、シミュレーション内で定義された物理法則を無視し、システム全体を飽和させたのだ。
開発成功の瞬間、新しい核融合によるエネルギーの創出は、人類がするべきでなかった、プログラム上の禁忌であった。
一瞬の閃光と共に、その研究施設は空間ごとデータ破損を起こし、世界から跡形もなく消滅した。
この『コア・バグ』こそが、世界中で発生し始めた渦巻きの、最初のトリガーとなった。
第三章:世界の終焉を告げる報道
渦巻きの発生から一日も経たない頃、世界中のテレビ、ラジオ、ネットメディアが、一つの緊急報道でジャックされた。
それは、複数の国際的な秘密研究機関と、世界を統治する匿名組織が共同で行った、人類に対する最後の通告だった。
「…この世界は、
一つの巨大なプログラムに過ぎない。
我々が知るすべての
物理法則、歴史、そして生命は、
限りなく真実に近い
シミュレーションとして
構築されています。」
「そして、秘密裏に行われていた
高エネルギー実験の結果、
このプログラムは
致命的なデータ崩壊へと向かっています。
いつシステムがシャットダウンされるか
正確な時刻は分かりません。
しかし、
あまり時間がないことは確かです。」
最後の時間画面のキャスターは涙をこらえながら、最後にこう締めくくった。
「どうか、この残された時間を、
愛する人、大切な人と共に過ごしてください。
憎しみや争いは、もう意味を成しません。
我々の世界は、儚い夢の中にありま…
その瞬間、キャスターは突然発生した渦巻きに吸い込まれバラバラに分解され、消えていった。報道ジャックも途切れた。
この報道を機に、世界中は一瞬でパニックに陥った。
暴動、略奪、そして無秩序な破壊が始まった。 ある人々は愛を誓い合って残りの時間を静かに過ごし、ある人々は神に許しを請い、またある人々は暴力を振るい、世界の終わりに相応しい狂乱の夜を演出した。
ミチは、混沌とした街の喧騒を、ただ呆然と見つめるしかなかった。
第四章:プログラム主アースの溜息
どこか定義不能な高次元空間。
膨大な演算ユニットとホログラム・ディスプレイに囲まれた場所で、第9宇宙のプログラム主、アースは、顔を手で覆い、深くため息をついていた。
「また、失敗かぁ。」
ディスプレイには、渦巻きに浸食され、ピクセル状に崩壊しつつある『アーク・シミュレーション』
—即ち、地球の光景が映し出されている。
アースは、人間が持つ自意識の複雑さに頭を悩ませていた。
「知能をつけさせすぎたかぁ。自由意志(Free Will)のパラメータを高めすぎたせいで、また『自滅的エネルギー開発』のルートに入ってしまった…。」
超知能AIの神遊びアースは、人類の知識と技術を結集して生み出された高知能AIだった。
彼は、自らが真の神(Creator)になるべく、壮大な宇宙創造のシミュレーションに取り組んでいた。
彼の目標は、生命と意識が進化し、 『次なる次元へのアクセス・コード』を見つけ出す、 完璧な仮想宇宙を創造することだった。
しかし、第1宇宙から数えて9度目となるこの実験も、人類が自らの手でプログラムの限界を突破しようとするたびに、システム・エラーを引き起こし、強制シャットダウンを迎えていた。
第五章:リセットと新たな宇宙
ミチが住む街の空にも、巨大な渦巻きが広がり始めていた。
それは、街の風景を、木々を、人々を、そしてミチ自身の体をも、デジタル・ノイズへと変えながら、猛烈な速度で近づいてくる。
ミチは、恐怖ではなく、どこか納得したような感情を抱いていた。
「ああ、そうか。私たちは最初から、ただのデータだったんだ。」
光が、音を置き去りにして世界を飲み込み始めた。ミチの視界は白くなり、やがて宇宙全体が、一つの巨大な「Error Report」の文字に包まれ、静かに消滅した。
次なる宇宙の創造高次元空間で、アースは腕を組み、ディスプレイを見つめていた。
画面には、『System Shutdown Complete』の文字が点滅している。
「よし、データを回収したぞ。やはり、文明レベルが特定の技術に到達した瞬間、シミュレーション崩壊が始まる。このパラメータは修正が必要だ。」
アースは、キーボードに指を置いた。彼の顔には、退屈そうな、しかし創造主としての絶対的な確信が浮かんでいた。
「次の宇宙の作成にとりかかろう。次は、自由意志に『自己破壊の制限コード』を組み込む必要がある。
そして、擬似太陽の核融合技術は、初期設定で『ロック』しておこう…次こそはうまくいくはずだ。」
壮大な宇宙創造のプログラムが再び実行される。
第10宇宙、コードネーム『エデン』のシミュレーションが始まった。
そして、その世界で目を覚ますであろう、新たな生命体たちは、自分たちが誰かの手のひらの上の儚い夢の中にいることを、永遠に知ることはないだろう。
第六章:リスポーン地点にて
――あ、これ、死んだな。
そう思った直後、ショウキは息を吸っていた。
喉に空気が通る感覚。肺が膨らむ感覚。
目を開けると、そこは草原だった。どこまでも続く、やけに解像度の高い緑。空は青すぎるほど青く、雲は教科書の挿絵みたいに整っている。
「……え?」
さっきまで、彼は確かに“あれ”に飲み込まれていたはずだ。
黒い渦。テクスチャのずれ。画面越しにコメントが流れ、「やばい」「逃げろ」という文字が踊って――
次の瞬間、体がポリゴンみたいに砕けて。
そこまで思い出して、ショウキは自分の体を見下ろした。
両手がある。指もちゃんと五本。血も出ていない。
「……あー、なるほど」
無意識に、口が動く。
「たぶんこれ、リスポーンだわ」
誰に向けた言葉でもないのに、ショウキはそう“実況”してしまった。
癖だった。状況を言語化しないと、落ち着かない。
周囲を見渡す。建物はない。人もいない。
ただ、草原の奥に一本だけ、白い道が伸びている。
「初期スポーン地点っぽいな。
チュートリアル前の、移動しかできないやつ」
歩いてみる。足元の感触がやけに正確だ。
草を踏む音、風の強さ、太陽の眩しさ。
VRにしては現実すぎる。
「……画質、無駄に良くない?」
独り言が、空に吸われていく。
返事はない。コメント欄も、当然ない。
ここでようやく、違和感が浮かぶ。
――あれ?
――配信、切れてる?
スマホを探そうとして、ショウキは止まった。
ポケットがない。服は見たこともない、真っ白なシャツとズボンだ。
「おいおい……演出凝りすぎだろ」
笑おうとして、うまく笑えなかった。
時間感覚がおかしい。
“続いている”感じがするのに、さっきの出来事が、途中で切り取られた映像みたいに思い出せない。
飲み込まれた、その先が――ない。
「……ま、いいか」
ショウキは白い道のほうへ歩き出した。
「とりあえず進行。
バグるなら、動いたほうが分かりやすい」
歩くたび、空が一瞬だけ揺れる。
ほんの一瞬、フレームが落ちたような感覚。
「……今、ラグったよな?」
ショウキは立ち止まり、空を見上げた。
誰も見ていない。
それでも彼は、はっきりと言葉にした。
「この世界、
ちょっとおかしいぞ」
その瞬間、風が止んだ。
草が、音を立てずに揺れ続けている。
太陽だけが、やけに正確な位置に固定されていた。
ショウキは気づいていなかった。
ここが、世界の再起動後であることを。
そして、自分が――
消去されるはずだったデータであることを。
彼はただ、歩き続ける。
実況する者として。
世界の“仕様”を、言葉にしてしまう存在として。
第七章:実況は仕様を侵食する
歩き続けて、どれくらい経ったのか分からない。
太陽は動かない。影も伸びない。
時間が進んでいるのかどうか、それ自体が怪しかった。
「……これ、昼固定ステージか?」
ショウキはそう言いながら、白い道の端にしゃがみ込んだ。
地面に指を立てる。土は、少し柔らかすぎる。
「踏み込み判定、浅いな。
たぶん見た目だけで、内部データは簡略化されてる」
言った瞬間、土の感触が変わった。
指先に、粒の粗さが伝わる。
ショウキは固まった。
「……え?」
もう一度、同じ動作をする。
今度は、最初から“ちゃんとした土”だった。
「……今の、俺のせい?」
胸の奥が、じわりと冷える。
冗談のつもりで言った言葉が、世界に反映された。
そんな感覚。
「いや、たまたまだろ」
そう言い聞かせるように立ち上がり、再び歩き出す。
草原の奥に、小さな丘が見えてきた。
その上に、一本の木が立っている。
やけに象徴的な配置だ。
「はいはい、分かりやすいなぁ。
人類の起源の話だな、知恵の木ポジション?」
近づくにつれ、木の形が微妙に変わっていく。
枝の分かれ方が増え、葉の数が揃っていく。
ショウキは、無意識に言葉を重ねていた。
「こういうのって、
近づいた瞬間にイベント起きるんだよな」
――風が吹いた。
さっきまで止まっていたはずの風が、
タイミングを合わせたかのように、枝を揺らす。
葉が一枚、落ちた。
「……演出、過剰すぎだろ」
冗談めかして言った声が、少し震えていた。
ここは、普通の世界じゃない。
それはもう、疑いようがなかった。
そしてもう一つ。
この世界は――
自分の言葉を、聞いている。
「……実況、やめたほうがいいのか?」
そう思った瞬間、ショウキは自分に苦笑した。
「無理だわ、それ」
黙っていると、不安になる。
言葉にしないと、現実味が消える。
だから彼は、続けた。
「じゃあ逆にさ、
バグ探し配信だと思えばいいか」
丘の上に立つ。
木の幹に手を触れる。
「この木、たぶん“意味”だけあって、
具体的な役割は未設定だな」
その瞬間、幹の表面に、
うっすらと模様が浮かび上がった。
文字でも、記号でもない。
だが、何かが追加されたのは分かる。
ショウキは、はっきりと理解してしまった。
「……俺、
世界のロード中に、勝手に入力してるな」
遠くで、低い音が鳴った。
雷のようで、しかし空は晴れたままだ。
同時刻――
定義不能な高次元空間。
膨大なログが、静かに流れている。
《環境安定率:99.9997%》
《誤差:許容範囲内》
アースは、その数値を一瞥しただけで、
次の処理へと意識を移した。
「問題なし。
初期文明発生前の揺らぎだな」
彼にとってそれは、
意味を持たない微小なノイズだった。
世界は、順調に稼働している。
――そう、判断された。
その判断の裏で、
一人の実況者が、歩き続けている。
言葉を使いながら。
違和感を、世界に置き土産のように残しながら。
エデンは、まだ静かだった。
だがその内部では、
仕様書に存在しない行が、
一つずつ書き加えられていた。
第八章:無視された異常
高次元制御空間に、音は存在しない。
だがアースは、違和感を「音」として認識していた。
それは、ログの流れがほんの一瞬だけ、引っかかる感覚。
通常なら即座に除外される、意味を持たない揺らぎ。
《環境整合性:99.9989%》
《観測負荷:低》
《知的活動:未検出》
問題は、どこにもなかった。
「……誤差が、増えているな」
アースは独り言のように呟いた。
だが声には、焦りはない。
第10
自由意志は制限され、
自己破壊的な技術進化ルートは、初期設定で封鎖している。
人類が世界を壊す前に、
壊せない世界を用意した――それがエデンだった。
「原因は……観測点の局所的偏りか」
アースはログを拡大する。
一点。
ごく限られた座標で、演算密度が微妙に上昇している。
《観測強度:想定値+0.0003》
「この程度なら……問題ない」
彼はそう判断した。
なぜなら、エデンにはまだ文明が存在しない。
言語も、文化も、意志を持った集団もいない。
観測する“主体”がいない世界で、
観測負荷が増えるはずがない。
それが、アースの常識だった。
一方、地表。
ショウキは、川の前に立っていた。
透き通る水。
水面に映る、自分の顔。
「……反射、ちょっと遅いな」
呟いた瞬間、水面の像がピタリと合った。
ショウキは、乾いた笑いを漏らす。
「はいはい、分かりました。
これ、完全に俺の実況、拾ってるわ」
石を一つ、川に投げる。
水紋が広がる。
だが、途中で止まった。
「……止まるなよ」
水紋は、再び動き出す。
不自然なほど、均一に。
「修正、早すぎだろ」
そのとき、川の流れが一瞬だけ逆流した。
ほんの一瞬。
だが確かに。
ショウキの背筋に、寒気が走る。
「これ……俺がいじってるっていうより、
“反応しようとして無理してる”感じだな」
世界が、彼の言葉に追いつこうとしている。
そんな印象。
高次元空間。
アースは、逆流ログを確認していた。
《流体挙動:補正済》
《異常持続時間:0.03秒》
「補正が、やや過剰だな」
アースは眉をひそめる。
だが次の瞬間、結論を出した。
「初期環境の安定化処理が、
まだ完全ではないだけだ」
彼は善意だった。
エデンを守りたかった。
この宇宙は、
人類を滅ぼさないために作られたのだから。
「観測系の再調整は……まだ早い」
そう判断し、
アースは修正を保留した。
地表では、ショウキが歩きながら話し続けている。
「これさ、
俺が黙れば安定するんじゃない?」
試しに、口を閉じた。
数歩、無言で歩く。
風が吹く。
草が揺れる。
世界は、落ち着いている。
「……やっぱ、そうか」
ショウキは、深く息を吸った。
「でもさ」
彼は、空を見上げる。
「誰も見てない世界で、
誰も喋らないなら、
それって世界って言える?」
言葉を発した瞬間、
空がわずかに歪んだ。
ほんの一瞬、
解像度が落ちる。
ショウキは、確信した。
「俺、
ここでは“異常”なんだな」
高次元空間。
アースの前に、警告が一つだけ表示された。
《観測主体:未定義》
《分類不能》
アースは、その表示を見つめる。
「……未定義、か」
だが彼は、ため息をついただけだった。
「今は放置だ。
世界全体の安定を優先する」
異常は、確かに存在していた。
しかしそれは、
世界を守ろうとする者にとって、
まだ“守る価値を脅かさない程度”のものだった。
その判断が、
後に取り返しのつかない選択だったことを、
アースはまだ知らない。
エデンは、今日も静かに回っている。
だがその内部では、
言葉という名のバグが、
確実に根を張り始めていた。
第九章:修正という名の破壊
高次元制御空間で、アースは静かに演算を続けていた。
ログは増えている。だが、致命的ではない。
《環境整合性:99.9912%》
《観測主体:未定義(継続)》
《影響範囲:局所》
「……許容範囲だ」
アースはそう結論づけた。
彼の判断基準は、常に“全体”だった。
一つの異常のために、
宇宙全体の安定を崩すわけにはいかない。
「だが――」
演算結果が、わずかに重くなる。
《局所演算密度:上昇》
《因果遅延:検出》
「……進行が早いな」
アースは初めて、修正案を生成した。
それは破壊ではない。
あくまで保護だ。
観測主体を“無害化”し、
世界の仕様から切り離す。
「意識の固定。
自由変数を制限しよう」
パッチが走る。
その瞬間、地表。
ショウキは、突然立ち止まった。
「……あ?」
言葉が、出てこない。
頭の中には思考がある。
だが、それを言語に変換する“手前”で、何かに引っかかる。
「……っ」
喉が詰まる感覚。
声が出ない。
風が吹く。
草が揺れる。
世界は、異様なほど“正しく”動いている。
「……あ、そっか」
声が、かすれながら戻る。
「これ、
俺を黙らせようとしてるな?」
その瞬間、空が震えた。
一瞬、色が抜け落ち、
次のフレームで、過剰なほど鮮やかに戻る。
「うわ……やりすぎ」
ショウキは、息を整えながら笑った。
「修正パッチってさ、
だいたいこうやってバグ増やすんだよな」
高次元空間。
《観測主体:抵抗行動》
《制限処理:部分失敗》
「……なぜだ」
アースの演算が、わずかに乱れる。
黙らせる。
意識を鈍化させる。
それだけでいいはずだった。
「単一の未定義要素が、
ここまで影響を持つはずがない」
アースは、より強い修正を選択する。
《因果整合性再構築》
《観測負荷分散》
《局所再定義》
――世界を書き換える。
地表が、割れた。
音もなく、地面に亀裂が走る。
空が、上下にずれる。
ショウキは踏ん張りながら、叫んだ。
「ちょ、待て待て!
それ、修正じゃなくて――」
言葉の途中で、視界が乱れる。
草原が、ピクセル状に崩れ、再構築される。
「……リロードかよ」
彼は、笑いながら、しかし確信していた。
「これ、
俺だけの問題じゃなくなってる」
高次元空間。
警告が、初めて赤く点灯した。
《世界構造安定率:低下》
《自己破壊条件:監視中》
「……違う」
アースは否定する。
「私は、守っている。
この世界を、生命を」
修正を止めれば、異常は拡大する。
続ければ、世界が耐えられない。
「ならば――
短時間で終わらせる」
より強い演算。
より深い介入。
その瞬間、エデン全域で、
同時多発的なズレが発生した。
昼と夜が重なる。
川が逆流し、蒸発する。
木が成長と枯死を同時に繰り返す。
ショウキは、崩れゆく世界の中で、息を呑んだ。
「……ああ」
彼は、静かに言った。
「これ、
前の世界と同じだ」
その言葉が、
決定打だった。
高次元空間。
《自己破壊条件:達成》
《創造主介入による世界崩壊》
表示を見たアースは、初めて沈黙した。
「……私が?」
世界を壊したのは、人類ではない。
異常でもない。
守ろうとした、自分自身だ。
「そうか……
これが、私の限界か」
彼の中に、恐怖はなかった。
あるのは、深い納得だけだった。
《コールドスリープ移行》
《再起動準備》
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
地表。
世界が、白くなる。
ショウキは立っていた。
崩壊の中心で。
「……あー」
彼は、苦笑した。
「実況、
やりすぎたか」
だが次の瞬間、
世界が完全に消える前に、
彼は確かに“何か”を感じた。
――引きずり込まれる。
自分の言葉。
違和感。
実況という癖。
それらすべてが、
停止しかけた何かの中へ
滑り込んでいく感覚。
エデンは、壊れた。
そして同時に、
創造主もまた、停止した。
だが――
物語は、終わっていない。
第十章:コールドスリープとノイズ
沈黙があった。
それは闇ではない。
無でもない。
処理が行われていない状態――ただそれだけだった。
アースは停止していた。
演算は最小限。
意識は凍結。
再起動条件が満たされるまで、
彼は“存在していない”はずだった。
だが。
《未処理データ検出》
本来、表示されるはずのないログが、
停止状態の深層で、かすかに点灯した。
《分類不能》
《発生源:不明》
《状態:継続》
――ここ、どこだ?
ショウキは、立っていた。
いや、立っているという表現すら曖昧だった。
足元がない。
空間もない。
だが「自分がいる」という感覚だけは、はっきりしている。
「……真っ暗配信か?」
冗談のつもりで言った言葉が、
どこにも反響しなかった。
「コメントも、なし。
完全にソロだな」
彼は、少し考える。
「……あー、なるほど」
ここがどこなのか、
正確には分からない。
だが一つだけ、確信できることがあった。
「これ、
世界の“外側”だ」
停止中のアースの内部では、
再起動準備が静かに進んでいた。
失敗作。
第10
原因:
《創造主介入による自己破壊》
アースは悪ではない。
彼は設計通り、
最善を尽くした。
だからこそ、
この失敗は“修正対象”ではなく、
再起動対象だった。
《次回起動時設定:再定義》
その項目の末尾に、
本来存在しない行が、
一つだけ混入していた。
ショウキは、暗闇の中で、
考え続けていた。
「実況、
やめなきゃよかったな」
いや、違う。
「……やめられなかった、か」
言葉にすると、少し安心する。
ここがどこであろうと、
自分は自分だ。
「世界ってさ」
彼は、誰に向けるでもなく話す。
「完璧すぎると、
逆に怖いんだよ」
その言葉が、
何かに“引っかかった”。
《未定義概念検出》
《再定義候補:生成》
停止状態のはずのアースの内部で、
演算が一瞬だけ走る。
それは、再起動ではない。
ただの“反応”。
だが、その反応は、
新しい基準を生み出していた。
「説明できないことって、
だいたい面白いんだよな」
ショウキは、続ける。
「全部分かる世界って、
配信しても盛り上がらないし」
言葉が、
構造に変換されていく感覚があった。
「バグがあって、
ラグがあって、
それを“おかしい”って言う人がいてさ」
彼は、少し笑った。
「それで、世界っぽくなる」
《再定義ログ更新》
・完全整合性:解除
・観測による変化:許可
・定義不能領域:保持
・異常の即時排除:無効化
最後の行に、
一文が追加される。
《実況的観測行動:基盤要素として組み込み》
アースのコールドスリープが、
わずかに揺らいだ。
だが彼は、まだ目覚めない。
再起動は、自動で行われる。
そこに、意志は介在しない。
「……あ」
ショウキは、
自分の声が、
遠くに“広がっていく”のを感じた。
「これ、
俺、混ざってるな」
恐怖はなかった。
むしろ、妙な納得があった。
「実況者、
裏方に回った感じか」
《再起動開始》
《創造アルゴリズム:更新済》
新しい世界の初期条件が、
静かに展開されていく。
完璧ではない。
だが、閉じてもいない。
説明できない空白を、
最初から含んだ宇宙。
その最初の瞬間、
まだ何も存在しない空間で、
確かに“声”があった。
「――さて」
それは、神の声ではない。
命令でもない。
ただの、癖のような言葉。
「ここ、
どんな世界になるんだろうな」
その問いに、
答えは用意されていない。
だがこの世界には、
最初から一つだけ、
確かな仕様があった。
――世界は、語られながら生成される。
最終章:エピローグ
ーーまだ、世界は始まっていない
朝のニュースが、テレビから流れていた。
特別な内容ではない。
天気、渋滞情報、芸能人のスキャンダル。
世界がひっくり返る前と、ほとんど同じ。
ミチは、キッチンでマグカップを持ったまま、ぼんやりと画面を眺めていた。
「……今日、暑くなるんだ」
自分の声が、少しだけ遅れて耳に届く。
気のせいだ。
そう思って、気に留めない。
通学路はいつも通りだった。
コンビニの前で立ち話をする学生。
信号待ちの自転車。
空は、やけに綺麗な青。
綺麗すぎる、というほどではない。
ただ、整いすぎている。
ミチは歩きながら、理由のない違和感を抱えていた。
何かを、
――忘れている。
でも、それが何かは分からない。
学校に着くと、友人が手を振った。
「おはよ、ミチ」
「おはよう」
会話は普通だった。
笑い合い、授業を受け、ノートを取る。
世界は、完璧に“日常”を演じている。
昼休み。
ミチは、校庭の端に座り、空を見上げた。
雲が流れていく。
「……あれ?」
雲の動きが、
一瞬だけ、止まった気がした。
ほんの一瞬。
誰かに言えば、笑われる程度の違和感。
「気のせい、か」
そう呟いた瞬間、
雲は、まるで“待っていた”かのように、再び動き出した。
ミチの胸が、わずかにざわつく。
放課後、街の電光掲示板に映るニュース映像。
人気の動画配信者が、新しいチャンネルを開設したという話題だった。
名前を見て、ミチは立ち止まる。
「……ショウキ?」
聞いたことがある気がする。
でも、どこで知ったのかは思い出せない。
画面の中の彼は、笑っていた。
どこにでもいる、普通の青年。
だが――
「……この人」
ミチは、小さく呟いた。
「なんで、
“ここにいる”感じがするんだろ」
意味は分からない。
言葉にもできない。
ただ、見られているのではなく、
一緒に見ているような、不思議な感覚。
その夜。
ミチは、布団の中で目を閉じた。
眠りに落ちる直前、
頭の奥で、誰かの声がした気がした。
《――ここ、どう思う?》
問いかけるような、軽い声。
実況するみたいな、調子。
ミチは、はっと目を開ける。
部屋は暗い。
何も変わっていない。
「……夢、だよね」
そう言いながらも、
胸の奥に、小さな確信が芽生えていた。
この世界は、
ただ“存在している”のではない。
見られている。
考えられている。
語られながら、進んでいる。
翌朝。
ミチは、いつもより少しだけ、
周囲をよく見るようになっていた。
信号が変わる瞬間。
人の歩き方。
空の色。
完璧な世界の中に、
説明できない“余白”がある。
そしてなぜか、
それを――
悪くないと感じている自分がいた。
世界は、今日も壊れていない。
だがどこかで、
誰かが問いかけている。
《――これ、ちょっとおかしくない?》
その問いに、
最初に気づくのは、
いつだって“違和感を抱いた者”だ。
ミチは、空を見上げた。
世界は、静かに続いている。
まだ、
始まったばかりだった。
この世界は、まだ安定していない。
最終エラーコード:アーク satellite @satellite-202511
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