第17話 名を持つ拒否

 山の奥は、異様なほど静かだった。


 擬似存在が消えた後、

 魔力の流れは完全に止まっている。


「……静かすぎる」


 サーシャが、小さく呟く。


「嵐の前ってやつ?」


 モモは冗談めかして言うが、

 声に力はなかった。


 フェルトは、渓谷の最奥を見つめていた。


「……来ます」


 次の瞬間。


 空間が、裂けた。


 音はない。

 だが、現実が引き剥がされる感覚。


 そこから現れたのは――


 鎧だった。


 人の形をしている。

 だが、中身がない。


 空の鎧。

 内側には、赤黒い魔力だけが渦巻いている。


「……魔物じゃない」


 サーシャが即断する。


「意志体……いえ、

守衛構造体しゅえいこうぞうたい


 山が、

 “奥へ進ませないために作った存在”。


 鎧は、ゆっくりと剣を抜いた。


 その刃が、

 不自然なほど薄い。


「まずい……」


 サーシャが歯を食いしばる。


空間切断型ルビを入力…

 あれ、触れたら終わりよ」


 鎧が、踏み込む。


 一歩で、距離を詰める。


「避け――」


 サーシャの声より早く、

 剣が振るわれた。


 空間が、切れる。


 フェルトは、一歩前に出た。


 剣が、彼の肩を――かすめた。


 だが。


 何も、起きなかった。


「……?」


 鎧の動きが、止まる。


 フェルトは、低く言った。


「――《不成立》」


 その瞬間。


 剣が、ほどけた。


 刃だけじゃない。

 鎧そのものが、

 存在理由を失ったかのように、崩れる。


「……技名?」


 サーシャが、息を呑む。


「今の……

 技、なの?」


 フェルトは、崩れる鎧を見つめながら、答えた。


「……呼び方が、必要だったので」


 鎧は、完全に消えた。


 だが。


 次の瞬間。


 渓谷の奥から、

 圧が来た。


 重い。

 深い。


 今までとは、明らかに違う。


「……これは」


 サーシャが、声を失う。


「山の……“中枢”」


 フェルトは、ゆっくりと息を吸う。


 拒否は、万能じゃない。

 だが――


 仲間を、下がらせるには十分。


「モモ」


「うん!」


「サーシャ」


「……何」


「ここから先は、

 範囲で行きます」


 サーシャの背筋が、凍る。


「……範囲?」


 フェルトは、一歩踏み出す。


 静かに、だがはっきりと告げた。


「――《拒界展開リジェクトエリア》」


 その瞬間。


 世界が、止まった。


 音が、消える。

 風が、凍る。


 渓谷の一定範囲から、

 “成立”という概念が、抜き取られる。


 山の奥から伸びてきた

 圧の“触手”が、

 境界線で――消失した。


「……うそ」


 モモが、震える声で呟く。


「魔力……使ってない……」


 サーシャは、

 言葉を失ったまま、フェルトを見る。


 技名を持つ拒否。


 それはもう、

 偶然でも異常でもない。


 体系だった。


 渓谷の奥で、

 何かが――明確に“警戒”する気配が生まれる。


 拒否された存在が、

 初めて、

 拒否した側を――敵と認識した。


 フェルトは、静かに構えた。


 この先。


 もう、戻れない。


 だが――


 退く理由も、なかった。

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俺は何時しか魔術の頂へ 華園モモカ @HANAZONOMOMOKA

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