ビジネスパートナーだった最強勇者(銀髪美少女)と、日本で同居することになりまして。 〜「お前とは合わない」と言っていたのに、現代で無自覚に距離が近づき、気づけば世界を救う「夫婦」になっていた件〜

朧木 光

第1部:【日常編】 戦場帰りの二人が、平和な日本に馴染むまで。

プロローグ 最悪の再会は、路地裏の泥に塗れて

 世界を救った報酬にしては、あまりにも硬すぎる地面だった。


「ぐ、ぅ……ッ!?」

 

 肺から空気が強制的に絞り出される。

 背中には冷たいアスファルトの感触。

 

 そして何より、俺の腹の上には、世界で一番重くて、世界で一番性格の悪い「質量」が乗っかっていた。


「……おい。いつまで人の腹をクッションにしている気だ」

 

 俺が呻くように言うと、頭上から絶対零度の声が降ってきた。


「黙れ。着地の衝撃を分散させただけだ。感謝しろ、暗殺者アサシン


「退けよ、勇者(サマ)。重いんだよ」

 

 俺は痛む体を無理やり動かし、自分の上に馬乗りになっている「それ」を乱暴に押しのけた。

 

 カシャン、と硬質な音を立てて、そいつは地面に転がる。

 

 月光を吸い込んだような、透き通る銀髪。

 

 宝石よりも鮮烈だが、今は侮蔑の色を浮かべた蒼穹そうきゅうの瞳。

 

 ボロボロに砕けた聖鎧ホーリーアーマーを纏った、異世界アステリアの人類最強の英雄。


 『聖光の勇者』セレスティア。

 

 俺の、もっとも反りの合わない「元」ビジネスパートナーだ。


「……チッ。最悪だ。なんで最後の最後で、お前の顔を見なきゃならない」

 

 セレスは俺の顔を見るなり、あからさまに舌打ちをした。

 

 美少女にあるまじき不機嫌面だ。

 

 俺は無視して立ち上がり、周囲を見回した。

 

 鼻を突くのは、魔物の腐臭ではない。排気ガスと湿気が混じった、都市特有の淀んだ臭いだ。

 

 目の前には、明滅する『自動販売機』の人工的な光。

 

 遠くから聞こえる車の走行音と、日本語の看板。


「……間違いない。帰ってきたのか」

 

 日本だ。

 

 俺が夢にまで見た、平和で退屈な故郷。

 

 魔王討伐の瞬間に発動した『次元転移ゲート』は、正しく座標を繋いでくれたらしい。

 

 だが、一つだけ。

 

 致命的な計算違い《バグ》があった。


「……おい、セレス」


「なんだ」


「なんでお前がここにいる?」

 

 俺は冷めた目で元勇者を見下ろした。


「あのゲートは『一人用』だ。異世界人の召喚プログラムを逆再生して、俺だけが帰還するように術式を組んだはずだぞ」


「は? 知るか」

 

 セレスは埃を払いながら、不愉快そうに答えた。


「魔王城が崩壊する寸前、お前の足元の影が膨れ上がっただろう。そこに巻き込まれただけだ。……私だって、好きでついてきたわけではない」


「巻き込まれただと? 俺の影はお前を拒絶する設定にしてたんだがな……」

 

 俺は頭を抱えた。

 

 ありえない。俺の『影移動』スキルは、俺が許可した者しか通さない。

 

 それが破られたということは、コイツの魔力が俺の術式を無理やりこじ開けたか、あるいは――

 

 ダンジョンそのものが、俺たち二人をセットで排出したか。


「……まあいい。ここはどこだ? アステリアの辺境か?」

 

 セレスが周囲を警戒しながら尋ねてくる。


「日本だ」


「ニホン?」


「俺の故郷だよ。魔法も魔物もいない、科学文明の世界だ」

 

 そう告げると、セレスは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに興味なさそうに鼻を鳴らした。


「そうか。まあ、魔王は消滅した。場所がどこであれ、私の契約クエストは完了だ。これ以上、お前と馴れ合う理由はない」


「奇遇だな。俺も今から『一般人』に戻る予定だ。ここでお別れだ、勇者様」


「ああ、せいぜい野垂れ死ぬなよ」

 

 セレスは踵を返すと、一度も俺を振り返ることなく、路地裏の出口へと歩き出した。

 

 俺も反対側へ向かおうとして――ふと、足を止めた。


「……おい、セレス。どこに行く気だ」


「どこでもいいだろう。まずは宿を探して、武器の手入れを……」


「日本円、持ってるのか?」


「ニホンエン?」

 

 セレスがピタリと足を止める。


「この世界の通貨だ。まさか、そのゴブリンの血がついた鎧と、折れた剣だけで街を歩く気か?」


「……討伐部位ドロップアイテムを換金すれば……」


「ギルドなんてねえよ。警察に通報されて終わりだ」

 

 沈黙。

 

 セレスの背中が、わずかに震えた。

 

 彼女はゆっくりと、錆びついた蝶番(ちょうつがい)のような動きで振り返った。


「……トウヤ」


「なんだ」


「お前、金を持っているのか?」


「あるぞ。当面の宿代と飯代くらいはな」


 俺がポケットから財布を出して振ってみせると、セレスの瞳が揺らいだ。

 

 プライドと、生存本能の天秤。

 

 最強の勇者は、数秒間の葛藤の末、屈辱に顔を歪ませて俺の前に戻ってきた。


「……契約だ、トウヤ」

 

「あ?」


「私を雇え。私がこの世界の常識を覚えるまで、衣食住を保証しろ」


「なんで俺がお前の面倒を……」


「その代わり!」

 

 セレスは俺の胸倉を掴み、食い気味に叫んだ。


「お前の護衛をしてやる! この世界にどんな敵がいるか知らんが、私の剣でお前を守ってやる! これなら文句ないだろう!」


「……はぁ」

 

 俺は深く、長く溜息をついた。

 

 一人用のゲートに無理やり割り込んでおいて、この態度。

 

 だが、この世間知らずの戦闘狂を日本の路上に放てば、一時間後にはニュース速報が流れる未来が見える。


「……分かったよ。再契約だ」


「交渉成立だな」

 

 セレスは不敵に笑うと、汚れた手を俺に差し出した。

 

 握手ではない。

 

「さっさと金をよこせ」というジェスチャーだ。


「勘違いするなよ。俺は『平穏』が欲しいんだ。俺の生活を乱したら、即刻契約破棄して追い出すからな」


「フン。善処しよう」

 

 こうして。

 

 最悪の相性で、最高の戦闘力を持つ「元相棒」との、奇妙な同居生活が幕を開けた。

 

 計算外の再会。

 

 俺の安息の日々は、帰還からわずか五分で崩壊した。



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