メリーさん、出前のバイトを始める
鈴木空論
メリーさん、出前のバイトを始める
とある一人暮らしの中年男が出前アプリを使って牛丼を注文した。
これまでに何度も頼んでいる店である。
後は待っていればいいだけのはずだったのだが、数分も経たないうちにスマホが鳴った。
画面を見ると配達員から電話が掛かってきたらしい。
一体どうしたんだろう。何かトラブルでも起きたのだろうか。
「はい、もしもし」
男はとりあえず電話に出た。
すると電話越しに相手の声が聞こえた。
かなり若そうな女の声だった。
『わたしメリーさん。今、牛丼チェーンにいるの』
「……はい?」
返事をする前に電話は切れていた。
男は呆気に取られながらスマホを見つめた。
「なんだったんだ? 今のは……」
ところが、奇妙な電話はこれだけでは済まなかった。
その後も数分おきに配達員からの電話が何度も掛かってきた。
そしてこちらが電話に出ると一方的に言うだけ言ってさっさと切ってしまうのだ。
『わたしメリーさん。今、五丁目の交差点にいるの』
『わたしメリーさん。今、S小学校の正門の前にいるの』
『わたしメリーさん。今、N公園にいるの』
通話内容を信じるなら、どうやら彼女は出前を頼んだ牛丼屋から順調にこちらへ向かっているらしい。
それはまあ良いのだが、どうして途中経過をいちいちこちらに連絡して来るのか。
男は訳が分からず首を傾げた。
「というかメリーさんって、あのメリーさんだよな……?」
男の頭に浮かんだのは都市伝説の「メリーさんの電話」だった。
メリーと名付けた西洋人形を捨てた少女の元に深夜メリーからの電話が掛かってくる、というあの有名な怪談話である。
メリーと名乗っているしシチュエーションもほぼそのまんまだし、恐らく間違いはないだろう。
今回頼んだ牛丼は人形のメリーさんが運んでいるようだ。
といっても、もちろん本物のメリーさんのはずはない。
都市伝説に出てくるような架空の存在が現実にいるわけがない。
大体、西洋人形が出前のカバンを背負って出前なんかしていたら絵面がシュール過ぎるし、今頃街中大騒ぎである。
SNSに写真が上がりまくっているはずだが、念のためネットをざっと調べてみてもやはりそんな様子はない。
とすると考えられるのは、配達員がメリーさんのふりをしているということだ。
何故そんなことをしているかはわからない。
自分をメリーさんだと思い込んでいる異常者、なんてことはさすがに無いと思うが、電話の声からすると随分若い女のようだった。
とするとまだ中二病的な精神性から卒業できずにこういうなりきりをするのが格好いいとか考えているのかもしれない。
あるいは仲間内での罰ゲームか何かでこんなことをしているとかだろうか。
どちらにしろ訳の分からない戯れに付き合わされるこちらとしてはいい迷惑だ。
空腹だったこともあり、考えているうちに男はだんだん腹が立ってきた。
そこへまた電話が鳴った。
『わたしメリーさん。今、あなたのアパートの前にいるの』
どうやら「メリーさん」はもうすぐ到着するらしい。
ちょうどいい、と男は思った。
出前アプリでは対面無しで玄関前に置いて行くようにと指示していたが、持ってきたところで玄関を開けて相手の顔を拝んでやろう。
ついでに文句の一つも言ってやってもいいかもしれない。
男は玄関へ歩いていき、覗き穴に顔を近付けながらじっと息をひそめた。
覗き窓からは何も見えなかったが、やがて電話が鳴った。
『わたしメリーさん。今、あなたの玄関の前に――』
相手が言い終えるより早く男は玄関を開けた。
そして扉の向こうにいるであろう電話の相手を睨みつけてやろうとした。
しかし、勢いよく外に出た男はすぐに怪訝な顔で辺りを見回した。
「……あれ?」
玄関の前には誰もいなかった。
ただ、頼んでいた出前の牛丼はちゃんと足元に置かれていた。
今の今までここにいた配達員がまるで煙のように消えてしまったかのようだった。
「どうなってるんだ?」
男は茫然とした。
まさか本当にメリーさんが出前を持って来ていたとでもいうのだろうか。
そんな考えが頭をよぎったが、すぐにこのトリックのカラクリに思い至った。
なんのことはない。
きっと配達員は出前を玄関に置き、この場から離れてから電話を掛けたのだろう。
つまり男は最後の最後まで「メリーさん」にしてやられたのである。
ここまで見事に引っかかったらもう笑うしかない。
怒りよりも感心の念が勝ってしまい、男はそれまでの苛立ちもすっかり消え失せて何事も無かったように牛丼を部屋に運び入れた。
時計を見れば時間は思ったほど経っていなかった。
いや、むしろかなり早い。普段の出前が届くまでの半分以下の時間である。
しつこい電話には閉口したがあの配達員、配達の腕前自体はなかなかのものだったらしい。
男は牛丼をテーブルに置くとスマホを手に取って出前アプリを起動した。
先程の配達員の評価を入力するためだ。
出前が届くまでは星1の最低評価を入れてやろうと思っていたが、これだけ早く運んで来てくれたのだ。星1は勘弁して普通評価の星3……いや、ちょっと良い評価の星4にしてやろう。
男は評価画面で星4に設定すると決定ボタンを押そうとしたが、ふとその指を止めた。
評価画面には星の設定の他にコメント欄があるのである。
コメント欄は任意記入なので男はいつもなら空欄のままにしていた。
しかしこの時の男は少し考えてから以下のようにコメントを記入した。
『とても迅速で正確な配達をしていただきました。ただし配達中いちいち連絡してくるのは煩わしかったので今後は止めて欲しいです』
「――よし、これで送信、っと」
男はスマホを置くと代わりに箸を手に取って早速牛丼を食べ始めようとした。
ところがその時、背後から不意に声がした。
「わたしメリーさん。評価ありがとう。次からは気を付けるの」
その声は先程何度も電話越しに聞いた声だった。
男は驚いて振り返った。
しかし後ろには誰もいなかった。
室内は何事もなかったようにしんと静まり返っている。
「ひょっとして……これを持ってきたのは本当に本物のメリーさんだったのか……?」
男はぽつりと呟いた。
背筋がぞっと冷たくなるのを感じた。
ただしそれはそれとして牛丼はいつも通り旨かった。
※※※
その後も男は定期的に出前アプリを利用している。
奇妙な体験をしたもののやはり利便性には敵わないからだ。
あれ以来おかしな電話をしてくる配達員には当たっていない。
ただ、たまに異様に早く配達してくれる配達員がいた。
多分だが、あの時の配達員だろう。
どうやら男のコメントを反映して電話を掛けて来なくなったらしい。
あの配達員は結局何者なのだろう。
本当にメリーさんなのだろうか。
もし本物なら、どうして出前のバイトなんてしているのか。
男は気になった。しかし確かめる気にはならなかった。
不思議な存在ではあるが別に祟りのようなものがある訳でもないのだ。
こちらはただの客で、向こうもただの配達員。
そもそも干渉すべきような間柄ではないし、下手に探ろうとすれば却って薮蛇になる可能性もある。
世の中には知らないままにしておいたほうが良いこともあるのである。
しかしマリーさんが出前のバイトをしているとなると……案外自分が気付いていないだけで、世の中に溶け込んでいる人外な存在は案外他にもいたりしてな。
男はそんな冗談を考えながら出前アプリを弄っていた。
「今日は……そうだな、ハンバーガーにでもするか」
ベランダから見えるやや離れたビルのところで清掃員の服を着た八尺はあろうかという長身の女性が「ぽぽぽ……」と呟きながら二階の窓拭きをしていたが、もちろん男は気付かなかった。
メリーさん、出前のバイトを始める 鈴木空論 @sample_kaku
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