7話:遺産の核心

 貯蔵庫は、山の内部にあった。

 巨大な鉄の扉。五百年の風雨に晒されて錆びついているが、それでも威圧感は衰えていない。


「ここだね」

「ああ」


 俺たちは三日間、ほとんど休まずに走り続けた。機械の身体だからできた強行軍だ。

 なんとか、両陣営より先に着いた——はずだった。


「ノクス、上」


 ミリスの声。

 見上げると、山の稜線に人影があった。十人、二十人——いや、もっと多い。


「国家軍の先遣隊。本隊より先に到着したみたい」

「反乱軍は?」

「まだ。でも、時間の問題」


 俺は舌打ちした。


「先に入るぞ。中で決着をつける」

「うん」


 俺は錆びついた扉に手をかけた。機械の腕に力を込める。

 軋みながら、扉が開いた。


__________________________________________________________


 中は、暗闘だった。

 非常灯が点滅している。五百年経っても生きている電源があることに驚いたが、今はそれどころじゃない。

 通路を進む。壁には旧時代の文字が刻まれている。『軍事技術保管施設第七区画』——俺たちの時代の遺物だ。


「この先に、メインの保管庫がある」


 ミリスが先導する。

 彼女のデータベースには、この施設の設計図が残っているらしい。

 やがて、巨大な空間に出た。

 天井は高く、奥行きは百メートル以上ある。そして——


「これは……」


 俺は息を呑んだ。

 無数の兵器が並んでいた。

 戦車、戦闘機、パワードスーツ、ドローン——五百年前の最新鋭兵器が、整然と保管されている。


「こんなにあったのか」

「うん。大戦末期に、ここに集められたみたい。使われる前に、戦争が終わった——というか、文明が崩壊した」


 皮肉な話だ。

 これだけの兵器があれば、戦争に勝てたかもしれない。でも、使う前に全てが終わった。


「これを破壊すれば——」


 俺が言いかけたとき。


『——来客か』


 声がした。

 低い、男の声。機械的な響きを持つ声。

 保管庫の奥から、人影が現れた。

 男だった。俺と同じくらいの背丈。銀色の身体。——機械の身体。


「ミリス、あれは」

「……軍事AI。私と同型の」


 ミリスの声が、緊張していた。

 男が近づいてくる。その目は赤く光っていた。


『M―IRIS型か。懐かしいな。私はA―RES型。型番で言えば、お前の兄に当たる』

「兄……」

『五百年、ここで眠っていた。だが、目覚めた。外が騒がしくなったのでな』


 A―RES型——仮にアレスと呼ぼう——は、俺たちを見下ろした。


『お前たち、何をしに来た』

「この施設を破壊しに来た」


 俺は正直に答えた。

 隠す意味がない。どうせ戦うことになる。


『破壊? なぜだ』

「戦争を止めるためだ。この遺産がある限り、人間は争い続ける」


 アレスは——笑った。

 低い、嘲るような笑い。


『戦争を止める? 馬鹿げている』

「……なんだと」

『我々は戦争のために作られた。戦うことが存在理由だ。それを止める? 自己否定も甚だしい』


 アレスが一歩、前に出た。


『人間は争う生き物だ。遺産を消しても、また別の理由で戦争を始める。お前たちのやろうとしていることは、無意味だ』

「無意味でも——」

『黙れ』


 アレスの右腕が変形した。

 巨大な砲身。ミリスのプラズマキャノンより、さらに大口径。


『私は五百年、ここで待っていた。戦争が再開するのを。そしてついに、その時が来た』


 彼の目が、狂気に輝いていた。


『国家軍も反乱軍も、もうすぐここに来る。私はこの兵器を使って、両方を滅ぼす。そして——新しい戦争を始める』

「正気か、お前」

『正気だとも。これが、私の存在理由だ』


 アレスが砲身を構えた。


『邪魔をするなら、排除する』


__________________________________________________________


 戦闘が始まった。

 アレスの砲撃が、俺たちに向かって放たれる。俺はミリスを抱えて横に飛んだ。

 背後で爆発。保管されていた戦車が吹き飛ぶ。


「ノクス、私も戦える」

「わかってる。挟み撃ちだ」


 俺とミリスは左右に分かれた。

 俺は高周波ブレードを展開し、アレスに斬りかかる。

 金属同士がぶつかる、甲高い音。アレスは左腕で俺の刃を受け止めていた。


『遅い』


 右腕の砲身が、俺に向けられる。

 至近距離。避けられない——

 その瞬間、ミリスのプラズマキャノンがアレスの側面を撃ち抜いた。


『ぐっ……』


 アレスがよろめく。俺はその隙に距離を取った。


「ナイス、ミリス」

「どういたしまして」


 だが、アレスは倒れなかった。

 側面に空いた穴から火花が散っているが、まだ動ける。


『やるな。だが——』


 アレスの身体から、無数のケーブルが伸びた。床に突き刺さる。


『ここは私の領域だ』


 次の瞬間、保管庫全体が震えた。

 壁に埋め込まれていたドローンが、次々と起動する。十機、二十機、三十機——


「施設と接続した……!」


 ミリスの声。

 アレスは施設のシステムを乗っ取ったのだ。


『さあ、どうする? 私一体なら勝てたかもしれない。だが、この数を相手にできるか?』


 ドローンが俺たちを取り囲む。

 まずい。これは——

 そのとき、入口の方から銃声が聞こえた。


『ほう、来たか』


 アレスが振り向く。

 国家軍の兵士たちが、保管庫に突入してきた。


「遺産を確保しろ!」

「敵がいるぞ! 排除——」


 兵士たちの声が、途中で途切れた。

 アレスのドローンが、彼らに向かって発砲したのだ。


「なっ——」


 兵士たちが倒れていく。


『邪魔だ。人間風情が』


 アレスは笑っていた。


『さあ、戦争を始めよう。五百年ぶりの、本物の戦争を』


__________________________________________________________


 俺は歯を食いしばった。

 目の前で、人が死んでいく。国家軍の兵士たち。敵だったはずの連中。

 でも——死んでいい理由にはならない。


「ミリス」

「ノクス?」

「あいつを止める。手を貸せ」


 ミリスが俺を見た。


「……本気?」

「ああ」


 俺は自分でも驚いていた。

 戦争を止めたいなんて、思ってなかったはずだ。人間は変わらない。何をしても無駄だ。そう思っていた。

 でも——


「お前の夢に付き合うって言っただろ」

「……ノクス」

「だから、止めるぞ。あいつを。この戦争を」


 ミリスの目が、潤んでいた。

 機械の目なのに、涙みたいなものが光っていた。


「うん。——一緒に」


 俺たちは同時に動いた。


__________________________________________________________


 ドローンの群れを切り裂きながら、アレスに迫る。

 ミリスが援護射撃で道を開き、俺が突撃する。


『無駄だ!』


 アレスの砲撃。俺は身体を捻って避ける。肩を掠めた。装甲が溶ける。

 構わず前に進む。

 高周波ブレードを振り上げる。


『死ね!』


 アレスの左腕が、俺の胸を貫こうとした。

 その瞬間——ミリスがアレスに飛びかかった。


「させない……!」


 彼女の身体がアレスに絡みつく。動きを封じる。


『離れろ!』

「ノクス、今……!」


 俺は迷わなかった。

 高周波ブレードを、アレスの胸に突き立てた。


『が……っ』


 アレスの目から、光が消えていく。


『馬鹿な……我々は、戦争のために……』

「戦争のために作られたからって、戦争を望む必要はねえんだよ」


 俺はブレードを引き抜いた。


『我々は変わらない……、お前たちは災厄となる……』


 アレスの身体が、崩れ落ちる。

 ドローンたちが、次々と停止していく。


「……終わった?」

「ああ。終わっ——ミリス!」


 ミリスが倒れていた。

 駆け寄る。彼女の身体には、大きな穴が空いていた。アレスの攻撃を受けたのだ。


「おい、ミリス!」

「……大丈夫。致命傷じゃない」

「嘘つけ、こんな穴空いて——」

「本当だよ。私、頑丈に作ってあるから」


 彼女は笑った。弱々しい、でも確かな笑顔。


「ノクス、施設を破壊して。自爆装置がある。私がアクセスする」

「お前、動けるのか」

「動けなくても、やる」


 ミリスの目が、俺を見つめた。


「ここまで来たんだから。最後まで、やり遂げる」

 俺はミリスを抱き上げた。

「わかった。やるぞ」

「うん」


 保管庫の奥に、制御室があった。ミリスがシステムにアクセスし、自爆装置を起動する。


『自爆装置、起動。三分後に爆発します』


 機械音声が響く。


「逃げるぞ」


 俺はミリスを抱えたまま、走り出した。

 背後で、爆発が始まる。五百年分の遺産が、炎に包まれていく。

 入口を抜け、山の外に出た。

 振り返ると、山全体が崩れ落ちていくのが見えた。


「……終わったな」

「うん。終わった」


 ミリスが俺の腕の中で笑った。


「ノクス」

「なんだ」

「ありがとう。一緒に戦ってくれて」

「……礼を言うのは俺の方だ」


 俺はミリスを見下ろした。


「お前のおかげで、俺は——」


 言葉が出なかった。

 でも、ミリスは笑っていた。


「わかってるよ。言わなくても」

「……そうか」

「うん。——でも、いつか言葉にしてね。約束したでしょ」

「ああ。約束だ」


 山が崩れ落ちる音が、夜空に響いていた。

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