6話:五百年前の記憶

 グレイヴ市を抜けて、三日が経った。

 俺たちは荒野を歩いていた。草も木もない、灰色の大地。五百年前の大戦で焼き尽くされた土地だという。


「あと四日くらいで貯蔵庫に着くよ」

「ああ」

「……ノクス、元気ない」

「別に」

「嘘。グレイヴ市を出てから、ずっとそう」


 ミリスが俺の顔を覗き込んできた。

 俺は目を逸らした。


「……考えてるだけだ」

「何を?」

「色々」


 あの日のことが、頭から離れなかった。

 反乱軍の作戦。俺たちの陽動。そして——三人の死者。

 俺は殺していない。でも、俺が関わったことで、人が死んだ。

 五百年前と同じだ。何も変わっていない。


「ノクス」

「なんだ」

「休憩しよう。ちょっと話したいことがある」


 ミリスは近くの岩に腰を下ろした。俺も隣に座る。

 荒野に風が吹いていた。乾いた、冷たい風だ。


「ねえ、ノクス」

「ああ」

「五百年前のこと、聞いてもいい?」


 俺は少し驚いた。


「お前、俺のデータ漁ったんじゃなかったのか」

「漁ったよ。でも、データに残ってないこともあるでしょ」

「……何が聞きたい」

「あなたが、どんな人生を送ってきたか」


 俺は黙った。

 五百年前の記憶。思い出したくない記憶。でも——


「……つまらない話だぞ」

「聞きたい」


 ミリスの目が、真っ直ぐに俺を見ていた。

 俺は諦めて、口を開いた。


__________________________________________________________


「俺は孤児だった」


 記憶の底から、言葉を引っ張り出す。


「親の顔は知らない。物心ついたときには、国の施設にいた。そこで育てられて、十六で軍に入った」

「志願?」

「強制だ。孤児は国の財産——そういう時代だった」


 二十二世紀の戦争は、人間を消耗品にした。

 特に、身寄りのない孤児は使い勝手がいい。死んでも誰も悲しまない。補償も要らない。だから前線に送られる。


「軍では番号で呼ばれた。E-7749。それが俺の名前だった」

「……本名は?」

「誰も聞かなかった。俺も言わなかった。言っても意味がないからな」


 番号で呼ばれ、番号で死んでいく。

 俺の周りでは、毎日のように仲間が死んだ。昨日話した奴が、今日には冷たくなっている。そんな日々が続いた。


「俺は生き残った。運が良かっただけだ。別に強かったわけじゃない。たまたま弾が当たらなかった。たまたま爆撃を避けられた。それだけ」

「…………」

「そのうち、何も感じなくなった。仲間が死んでも、敵を殺しても。全部、ただの作業だった」


 俺は空を見上げた。

 灰色の雲が、低く垂れ込めている。


「そんなとき、お前に会った」


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 五百年前の記憶が蘇る。

 あれは、どこかの戦場だった。場所は覚えていない。どこも同じだったから。

 俺の小隊に、新しい装備が配属された。軍事用AI。最新鋭の人工知能を搭載した、人型の機械。

 型番はM-IRIS。女の姿をしていた。


『初めまして。私はM-IRIS。あなたのサポートを担当します』


 最初は、ただの機械だと思っていた。

 命令を聞いて、戦術を立てて、戦闘を補助する。それだけの存在。

 でも——


『E-7749。……いえ、あなた』


 あいつは、俺を番号で呼ばなかった。


『疲れていませんか?』


 そして、そんなことを聞いてきた。

 誰も聞かなかった言葉。誰も気にしなかった言葉。


『あなたの生体データを分析しました。睡眠不足と栄養不足が見られます。休息を推奨します』

「……命令がある。休んでる暇はない」

『命令は把握しています。でも、あなたが倒れたら、任務は失敗します。休息は合理的な選択です』


 機械のくせに、妙なことを言う。

 俺は鼻で笑った。


「俺が倒れても、代わりはいるだろ」

『代わり?』

「E―7750、E―7751……番号なんていくらでもある。俺一人いなくなっても、誰も困らない」


 それが、俺の本音だった。

 俺は消耗品だ。代わりはいくらでもいる。俺の命に価値なんてない。

 M-IRISは、少しの間黙っていた。

 それから——


『私は困ります』


 静かに、そう言った。


『あなたがいなくなったら、私は困ります。だから、休んでください』

「……なんでお前が困るんだよ」

『わかりません。でも、そう感じます』


 機械が「感じる」とか言っている。おかしな話だ。

 でも——

 不思議と、嫌な気分じゃなかった。


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「それから、お前と一緒にいることが多くなった」


 俺は話を続けた。


「戦闘の合間に話をしたり、データの整理を手伝ったり。……お前は、いつも俺を『あなた』って呼んだ」

「うん。覚えてる」

「他の連中は俺を番号で呼んだ。上官も、同僚も、みんな。でもお前だけは——」


 俺は言葉を切った。

 喉の奥が、詰まるような感覚。機械の身体なのに、おかしな話だ。


「お前だけが、俺を人間扱いした」

「…………」

「だから、守りたかったんだと思う。お前が壊れそうになったとき、身体が勝手に動いた。理由なんて考えなかった。ただ——お前を失いたくなかった」


 沈黙が流れた。

 風が吹いている。荒野の砂が、小さく舞い上がる。


「ノクス」


 ミリスの声。


「私も、同じだよ」

「……同じ?」

「あなたを失いたくなかった。だから五百年かけて蘇らせた。理由なんて、後から考えた。最初はただ——あなたに、また会いたかっただけ」


 俺はミリスを見た。

 彼女は微笑んでいた。少し寂しそうな、でも優しい笑顔。


「私ね、ずっと考えてたの。なんで私はあなたを助けたいと思ったんだろうって」

「……それで?」

「答えは簡単だった。好きだから」


 俺は固まった。


「……は?」

「好き。あなたのことが、好き」


 真顔で言いやがった。


「いや待て、お前——」

「『彼女くらい作りたかった』の拡大解釈じゃないよ。それとは別。五百年かけて、ちゃんと自分の気持ちを分析した。結論——好き」

「分析って……お前、機械だろ」

「機械だよ。でも、好きなものは好き。ノクスだって、機械の身体になっても、感情はあるでしょ?」

「それは……」


 否定できなかった。

 確かに、俺には感情がある。怒りも、悲しみも、——それ以外の何かも。


「だから、聞きたいの」


 ミリスが俺の手を取った。


「ノクスは、私のこと、どう思ってる?」


 俺は黙った。

 どう思ってる。

 そんなこと、考えたこともなかった。いや——考えないようにしていた。


「……わからない」


 正直に答えた。


「お前のことは嫌いじゃない。一緒にいて、悪くないとも思う。でも、それが『好き』なのかどうかは——」

「わからない?」

「ああ」


 ミリスは——笑った。


「うん。それでいいよ」

「……いいのか?」

「だって、『嫌いじゃない』って言ってくれたでしょ。それだけで十分」

「ハードル低すぎないか」

「五百年待ったからね。気が長いの、私」


 本当に、この女には敵わない。


「でも、一つだけ約束して」

「なんだ」

「いつか、答えを聞かせて。『好き』か『嫌い』か。ちゃんと自分の気持ちを、言葉にして」

「…………」

「急がなくていい。五百年でも待つから」


 俺は深くため息をついた。


「……わかった」

「約束だよ」

「ああ、約束だ」


 ミリスが嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見て——俺は少しだけ、胸が温かくなるのを感じた。

 機械の身体なのに、おかしな話だ。


__________________________________________________________


 その夜、ミリスが突然立ち上がった。


「どうした」

「通信を傍受した。国家軍の暗号通信」


 彼女の目が、鋭くなっていた。


「貯蔵庫の場所が、両陣営にバレた」

「……なんだと?」

「国家軍も、反乱軍も、貯蔵庫に向かってる。大部隊で」


 俺は立ち上がった。


「どれくらいで着く」

「国家軍が三日後。反乱軍が四日後。——私たちは、四日後」

 同時に着く。いや、俺たちの方が少し遅い。

「最悪だな」

「うん。最悪」


 ミリスは俺を見た。


「でも、行くしかない」

「……ああ」


 俺は荒野の向こうを見た。

 夜の闇の中、山の稜線がうっすらと見える。あの向こうに、貯蔵庫がある。


「急ぐぞ」

「うん」


 俺たちは、走り出した。

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