第2話 お嬢様、奴隷を買う


 エリシアの衝撃発言――「奴隷が欲しい!」から一夜明け、エリシアパパとエリシアママ、そして執事のセバスチャンは、エリシアとともに奴隷市場へ向かうことになった。


 というのも、奴隷商を屋敷に呼ぶのではなく、実際に見に行きたいとエリシアが言い出したためである。


 一晩かけてエリシアの変貌っぷりについて三人で話し合った結果、

「子供の成長を温かく見守り、支えてあげよう」

という結論に至ったのだ。なんと素晴らしい家族!


 ちなみに、家族会議のメンバーとしては少々場違いに見えるセバスチャンだが、彼はエリシアが生まれた時からずっと面倒を見てきた、いわば“おじいちゃんポジ”である。レイヴェルト家にとって、彼はもはや家族同然だった。


 久しぶりのお出かけということで、侍女の手によって普段より少しおめかししたエリシアは、水色の生地に紺の刺繍が施されたワンピース姿で馬車に乗り込んだ。

 低めに結ばれたツインテールが、ゆるふわと揺れて可愛らしい。内面はともかく、見た目は。


(奴隷……聞こえは悪いけど、最高の相棒になるはず!だって、私のことをバカにしないで一緒にいろいろやってくれるんでしょ?)


 ぎゅっとワンピースの裾を握りしめ、手汗をふきふきしながらエリシアは思った。

 奴隷というのは、あくまで主人の命令に従う存在であって、心の中まで支配できるわけではない。

 記憶を取り戻す前のエリシアはそのことを理解していたはずだが、都合の悪い部分をすぐ忘れる彼女は、やはりポンコツだった。

 彼女が奴隷を欲しがった理由が、「暗躍したい」という前世の野望を嘲笑された過去に起因していると考えると、少しもの悲しい。



 エリシアパパ、エリシアママ、セバスチャンは、そんな彼女を静かに、しかし何も見逃すまいと真剣に見守っていた。


 ――エリシアは、もう以前のエリシアではない。


 その共通認識が、馬車の中をより一層緊迫した雰囲気にさせていた。


(うぅ……でも、いい感じの奴隷がいなかったらどうしよう……そんな都合よく、いるかなぁ……)


 エリシアが弱気になる。背中がしょぼん、と丸まった。


 保護者一同は、今まで緊張しつつもどこか楽しそうだった彼女の変化に驚く。

 さらに場が緊迫した。


(やっぱり「奴隷欲しい」って言うの、変だったかな……いや、でもなぁ……)


 悩みとは無縁だったエリシアが、場の空気を感じ取ったのか、本気で悩み出した。

 車内に漂う緊迫感が、強敵を前にした勇者パーティー並みだったのだろう。彼女を悩ませるほどなのだから。


 悩む彼女のアホ毛が、しょぼんと垂れ下がる。


 ――車内に、さらなる緊張が走った。



 そんな悪循環を断ち切ったのは、御者の、


「到着しましたー」

 という、間の抜けた声だった。



 馬車の扉が開くや否や、


(ま、でもここまで来たってことは、買っていいってことだよね!)


 と元気を取り戻したエリシアが、勢いよく飛び出していく。


「あぁ! お嬢様、エスコートされるまでお待ちください!」


 セバスチャンが慌てて注意した。本来なら、彼が先に降りてエスコートすべきだったのだが。


「ごめんなさいっ」



 えへへ、と言わんばかりに謝るエリシア。


 一同に緊張が走る。


(……これは……誰だ!?)

(し、思春期……!?)


 大人たちは目線だけで会話を交わした。


 おとなしくセバスチャンにエスコートされるエリシアを見て、保護者組は目線での会話をやめ、ひとまず奴隷商との話に移ることにした。


「よくいらっしゃいました、公爵様。本日はどのような奴隷をお求めで?」


「ああ。今日は娘のために一人つけようと思ってな。

 文字が読め、礼儀作法が身についているなど、公爵家に置く最低限の条件はあるが、娘の希望を最大限尊重したい」


「かしこまりました。お嬢様、ご希望はございますか?」


「私を守れるような奴がいいわね!」


(ふふん! 私だってお嬢様言葉、使えるんだから!)


 エリシアは内心ドヤった。


 保護者組は、

(“奴”なんて言葉、どこで覚えたんだ……)

と、心の中で頭を抱えた。


「かしこまりました。では、ただいま連れて参ります。

 おい、話は聞いていたな。連れてこい」


 連れてこられたのは、五人の女性奴隷だった。


 エリシアは説明を受け、少し話もした。しかし、どの奴隷にもピンとこない。

 条件は満たしているが、もっとこう……ビビッと運命を感じる相手を探していたのだ。



「これで全部かしら?」


「はい。お気に召す奴隷はおりましたでしょうか」


「あら。男性の奴隷はいないの?女性のみなんて、言っていないはずだけれど」


 保護者組は、本日何度目かも分からないが、再び驚愕した。

 奴隷購入のセオリーとして、女性貴族はまず女性の奴隷を選ぶのが一般的である。

 異性の奴隷だと――その、誤解を生みやすいのだ。


(なんかみんな「お前それはねーよ!」って顔してる。やっぱ男性はダメかぁ......いやでも、今日だけわがままにいこう!相棒は必須だから!明日からは大人しくするから!!!パパママごめん!)


 一応空気は読めるが、突き進むのがエリシアだった。


「あ……」


 奴隷商は、ちらりとエリシアパパを見る。

 エリシアパパは、重々しく頷いた。

 娘が言うのなら、どこまでもついていこう――半ばやけになっていたのである。


「……承知しました。すぐに連れて参ります」


 エリシアの前に並んだのは、六人の男性奴隷だった。


「左端から、十四歳、十六歳、十八歳、二十五歳、三十歳、三十一歳でして……」

 奴隷商が説明を続ける。


「そう。ありがとう」


 エリシアは、説明を遮った。説明ではなく、話してみてビビッとくる、という運命的な何かで選びたかったからだ。


「じゃあ、一人ずつ話してくれないかしら。内容はなんでもいいわ」


 エリシアの「じゃあ、あなたから」という指名を受け、左端の最年少の奴隷が口を開く。


「僕は……村が、ある日突然焼け落ちて……」

 真面目に聞けば胸を打たれる話だったが、エリシアはふん、とつまらなそうに相槌を打った。


「次」


「えっと、俺はご主人様の言うことを何でも聞きます。腕力にも自信があります」

 そういうのじゃないのよね、とエリシアは思った。

 わがままな女である。


「次」


「えー……『アキト』と言います。

 私の名前なんですが、皆さんには発音しにくいみたいで」


 エリシアにとってみれば日本語によく似た発音である。

 こいつ嘘ついてるやろ、と彼女は訝しげに周りの反応を見た。

 しかし、彼女の予想とは裏腹に、皆、こいつなんていったん?と言う顔をしていた。


(え、私、普通に言えるんだけど! すごくない!?)


 さりげなく自慢してやろうと、エリシアは言った。


「そう。あなた、アキトっていうのね」


「そうですね。ト⚪︎ロじゃなくて、アキトです」


(……え?

 なんでこいつト⚪︎ロ知ってるの??

 転生者!? 私みたいに!?)


 これはビビッときた!と思ったエリシアは、こいつにするわ、と宣言した。

 さらに、

「みんなには発音できない名前みたいだから、アルベルトと名乗りなさい」

と、新しい名前まで与えた。


 保護者組は、他の女性奴隷を選ぶよう説得したが、エリシアは一歩も譲らなかった。


 強くて、面白くて、自分を支えてくれそうな存在。

 そのすべての条件を満たしたのが、アキト改めアルベルトだったのだ。何なら、アルベルトは黒髪に赤い瞳をしていた、自分の銀髪と紺の瞳でおそろいじゃん!かっこいい!とも思っていた。

 もっとも、支えてくれるとか、強いとかは現時点ではわからないが、彼女はアルベルトが支えてくれない弱っちい奴である、という可能性に気が付かなかった。


 相棒を逃すものかと、無駄に意地を張っていたのである。


 保護者組は、昨夜の家族会議で出した結論を若干後悔しつつ、購入手続きを進めた。


 いくら「エリシア、やばいかも」と思っても、大切な我が子。好きなようにさせたいという親心があったのだ。公爵としてどうかと思うが。


 エリシアパパとエリシアママは、セバスチャンに目配せで

「しっかり鍛えてね」

と伝え、セバスチャンもまた目線だけで

「おっけー」

と返した。


 こうしてエリシアは、記憶を取り戻してからわずか二日で、家族を混乱の渦へと叩き落としたのであった。

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暗躍したいポンコツお嬢様と俺TUEEしたい脳筋執事は今日も周囲を騒がせます! 〜「あなた、同性愛者だったのね!」「違う、スパイだ」〜 兎野うさぎ @UsaginoUsagi

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