フワッ☆

カリカリ唐揚げ

フワッ☆

 手をかざして扉の鍵を開けて中に入っていく。

 玄関の照明がビニール製で出来たピンク色の子供靴が反射するが小さな手で出来た影が塞ぎ、続けてマジックテープで閉じてあったのを開けて足を出す。


 奥に行こうと頭を勢いよく上げて少女は開けっ放しになった扉を見て不服そうに頬を若干膨らませて右手を勢いよく扉に向ける。

 扉がひとりでに動き出し力強くしまり横にある靴入れが音を立て花瓶が大きく揺れたのを見て慌てて立ち上がりそちらに近寄るがそれよりも早く花瓶が床に落下していく。


 とてもではないが間に合う速度ではない、少女は先ほどよりも早く手を花瓶に向け空中で止めるとゆっくりとした動作で靴入れの上に置きなおすと少女はため息を漏らして安堵していると突然目の前に影が現れ少女は何事か察したように後ろを向く。

 赤色の毛糸で出来たセーターがまず視界に入り、恐る恐る上に目を向けると穏やかに笑う女性が少女の目に飛び込む。


 「ま、ママ…ただいま」

 「お帰りなさい、でもそれよりママに言う事があるんじゃない?」

 「つ、強く締めてごめんなさい………」

 「違うでしょ? むやみに魔法を使っちゃ駄目よ」


 何も言わずに少女が下を向いていると奥の部屋からカレー独特の香りが漂っており少女が女性の後ろを覗くように見ると女性は少女の顔を両手で優しく挟み自分もかがんで少女の目線に合わせて語り始める。


 「…はぁ、良い愛、貴女は良い子なんだから解って、確かに魔法は便利よ? でもそんなに簡単に使っちゃ駄目なの」

 「でも使わないと花瓶が割れてたんだよ!」

 「その前にドアをちゃんと閉めれば良いでしょ? 言い訳しないで」


 見ていたのかと舌打ちを鳴らすと女性の目つきが鋭く変わり少女を射抜く、それが実の娘を見る目なのかと思いながら少女は女性から離れる様に廊下を走り台所にたどり着く。

 カレーの匂いで充満した部屋の匂いを嗅いで腹部から音を奏でると後ろから近付いてきた女性が少女の頭を優しく撫でて鍋の中に入っているお玉をかけ混ぜ始めて思いついたように少女に顔を向ける。


 「愛ちゃん、ちょっとお野菜切ってくれる?」

 「はーい」

 「…魔法は使っちゃ駄目よ」

 「はーい………」


 ブラックブラウンの机の上に出された赤いランドセルから茶色いノートと赤く何かのキャラクターが載っている筆箱を出す動作を止めて母親に聞きなおす。


 「サラダだよね? キャベツとレタスだけで良い?」

 「トマトも切らないと駄目よ、その後ツナの缶詰開けて上に乗せてね」

 「トマトは嫌!」

 「………もうっ、トマトは良いわ」


 喜色満面になりながらも軽やかに冷蔵庫に手をかけて野菜室を開けて本来の4分の1に切られたキャベツを両手で持ち上げ後ろに放り投げる。

 空中に浮かんだキャベツのラップが軽い音を立てて破れラップを木のつるのようなもので巻かれたデザインのゴミ箱に放り投げた。


 続けて赤とオレンジが組み合わさった椅子を宙に浮かべた所で愛の体が宙に浮かんだ、突然訪れた浮遊感に気持ち悪さを味わったら体を無理やりすさまじい力で180℃回転させ真後ろを振り向かされる。

 女性の体から発せられる高濃度の魔力が周囲の景色を歪ませる、余りに凄まじい熱源があると周囲の景色が揺れる、まさにそれが今ここで体現されていた。


 「…愛ちゃん? ママさっきなんて言ったか覚えてる?」

 「………と、トマトは良いわ?」

 「愛」

 「あ、愛悪くないもん! 魔法を使った方がこうりつてきなのに何で悪いの!?」


 算数の授業で先生が口にした言葉を口にする愛に向かい女性の吊り上がっていた眉が下がると同時に愛の体が大の字に固定され小さな手足を引きちぎらんとばかりに力を籠める。

 力が強すぎてピンク色の足首に三本の赤い線が引かれている靴下が破け、黄色の服で袖が白と黄色のストライプで別れた部分が破け左右に飛ぶ。


 声を張り上げようと愛は口を開けるが漏れるのは空気だけで声にはならず、昨今死刑囚ですら受けないであろう待遇に置かれた娘を母親は見つめ、机の上に視線を移すと先ほど強引に振り向かされた力で愛は体を引っ張られて机の上をすさまじい速度で回り始める。

 風を切る轟音が台所の室内を響かせて愛の頬から涙に空気に抵抗できず開いた涎が飛び散ってスプリンクラーのように液体をばら撒く。


 風圧で歯茎が露出し下の前歯の銀歯が子どもである愛の未来かのように光り輝く、視界に飛び込む目まぐるしい景色が何時も見慣れている部屋のはずなのに視界の高さに速度が違うとこうも変わるのかと愛は体の自由を奪われる中現実逃避として思慮に自ら飛び込む。

 赤色に白色の水玉模様のスカートが風に支配されおしゃれなミサイルの塗装にしか見えない、人間ミサイルと化した娘を女性は満足気に見つめ、高速で机の上を無理やり巡回させられている愛は女性の表情を見て悪戯をし過ぎたと反省1割殺意9割の瞳で回転しながら見つめる。


 決死の抵抗である表情が行ったり来たりしている光景に女性は肩を震わせ、愛に向けて口を開く。


 「あらあら…駄目よ愛そんなにはしゃいじゃ、ご飯の前に疲れて寝ないでね?」

 「………! …ぉ……ぇ…ぁ、ぃ………!」

 「聞こえないわよ」


 号泣しながら心の中で呪詛を唱え続ける娘にそれを見ながら優しく微笑む母親だったが二階からドアが閉まり、木で出来た廊下を走る音が聞こえたのと同時にエアージェットコースターしていた愛の体は突然止まり地面に卸される。

 涙を流しながら潤んだ瞳で睨む愛を横目に女性は体を反転させてカレーの鍋をかき混ぜながら魔法を唱え愛の破けた袖を繋げ飛び散った液体を浮かせ液体同士をぶつけてテニスボールサイズの液体を作り上げた。


 自分からここまでの液体を絞り上げた女性に脳内の呪詛を唱える速度に言葉の種類が増やしながらシンクの中に入れられたテニスボールを視線で見送るとドアが開き少女が足を踏み込む。


 「さっきからうっさい、二階にまで音が響いてるから騒ぐのはやめなさい」

 「愛じゃないもん! ママが愛をいじめたんだよ!!!」

 「虐めるって…どうせあんたが言う事聞かなかったから怒られたんでしょ? 癇癪で暴れるのはやめてよ、もう3年生なんだから」

 「ぼんどだもん! ママが悪い゛んだもん!!!」


 大声で泣き始める愛に少女は頭をかきながら困ったように女性を見つめるが茶色の長髪を白く細い布で結んだポニーテールが見えるだけで表情が見えない、ただ足元でコミカルに動いている赤色のスリッパを見る限り内情は察してしかるべきだろう。

 呆れたように見つめるが段々と泣き声が大きくなる愛に机の上に置いてあるティッシュ箱から3枚ティッシュを取って愛の目元を軽くふいてから鼻に持って行く。


 勢いよく鼻をかむ愛に少女は顔を顰め、愛の腕をつかみティッシュを支えさせてから手を放して辺りを見回す。

 机の上に置いてある宿題を見てからパタパタと軽い音を立たせる女性、まな板の上に無造作に置かれたキャベツにラップが取っていないレタス、それを見た瞬間に少女はいまだに愚図る愛のそばを離れて女性の近くになるべく刺激しないようゆっくりと近寄る。


 「…キャベツとレタスでサラダを作るの?」

 「後トマトとツナ缶使ってね」

 「ドマドづがわないっでい゛っだ!!!」

 「あー…ねぇお母さん、私シンプルな卵焼きのサラダが食べたいんだけど駄目?」


 かき回すお玉を止めて少女を見下ろす女性、笑顔だが緊張したように固い少女を数秒間見つめると瞼を閉じて首をゆっくりと左右に振り目を開くとコンロのガスを止め冷蔵庫に歩きドアを開けてバターをどかし卵パックから卵を2つ取り出して手に持つと少女に向けて口を開く。


 「後は私がやっておくから、葵ちゃんは部屋に戻ってていいわよ」

 「いや私も手伝うよ」

 「良いから、そこまで手間じゃないわ」

 「…うん、愛行こ?」


 愛の手を握り連れて行こうとする葵に愛は下を向きながら黙って連れられて行き、薄いオレンジ色が廊下を照らし、階段の前に小さなバラ園が移し描かれている絨毯を踏み階段に一歩一歩歩んでいく。

 後ろ手で引く葵は手の位置が安定していない事から愛が揺れながら歩いていると察し階段をのぼりながらなるべく声色に気を付けながら後ろに向けて声をかける。


 「愛、ちゃんと歩いて、愛が転ぶと私も危ないんだからね」

 「ババアが悪いもん…」

 「こらっ、お母さんをババアって言っちゃ駄目、それに転んだら愛が悪いに決まってるでしょ」

 「違うもん!!!」


 大声で叫ぶと愛は葵を追い越して勢いよく階段を駆け上がっていく、その小さな背中を見つめて口元の端を下ろし、踊り場まで登ると一旦足を止めて窓ガラスから薄暗くなり始めた空を見上げる。

 薄暗く、上が白く下が黒色の雲が並び遠くに行くにつれてオレンジに染められた雲を眺めてから心の中で今下に降りて母親の相手をするか上に上り妹の相手をするのか悩み、面倒ではない方を選ぶと窓から視線を切り階段を上がるのを再開させた。


 愛の部屋の前に付きドアノブの付近を軽く数回小突き、中から何も反応が無い事を確認すると葵はドアノブを引く、当然鍵がかけられているので開かないが一応という淡い期待を込めていたが自分の妹はそんなに可愛い性格ではないと葵は知っていたので特に何事もなく扉越しに語り掛ける。


 「………愛、何があったかは知らないけどそんなに怒ってたらご飯の時どうするの? 一緒に食べづらくなるでしょ」

 「………ご飯いらない」

 「私が気まずいでしょうが、私の為に機嫌を直しなさい、お母さんには私から言っておくから、ね? ご飯できるまで一緒にブリギュア見ましょ」

 「ブリギュアなんて見る程子どもじゃないもん」


 愛からしたらブリギュア等子供だまし以前に話にならない、もし戦う機会があったら10秒とかから無い、変身や変なマスコットキャラなどなくともただ腕を振るうだけで良い。

 子供向けと言われた葵は一瞬頭が真っ白になるが直ぐに落ち着くためにその場で右手を胸の中心に当てて深呼吸を数回行う。


 この頭に血が上りやすいのは誰に似たのか、考えるまでもない問いを頭の中に浮かべて葵は今こうしている間にもブリギュアの内容が進んでいることに少しながら焦り始める。

 しかし、流石に妹と比べて優先する程ではない。今の愛を放置する程葵は人でなしではなく、愛と母親の衝突があるごとに仲裁をするのは葵と父親の役目。


 自分が愛ならばお父さんはお母さんを何とかしてくれるはず、葵はそう思いながらもなんとか愛の気を紛らわせるために軽い雑談を扉越しに行う。


 「でもほら、やっぱり可愛い服とかキャラクターとかが良いっていうか…愛だって思ったりしない? 魔法が使えたらなーって」

 「…魔法はあったら便利っていうだけでそんなに素敵なものじゃないよ」

 「便利なのが良いんじゃない、解ってないわね」

 「………うん、そうだね」


 ゆっくりと扉が開き手を扉に小さく置きながら体を3分の1程見せる愛に葵はなんとか機嫌を直してくれたかと胸を撫でおろし、その直後下から鍵が開いた音を聞いて父親が返ってきたことを悟った葵は後ろを振り向きその場を後にしようとする。

 しかし青いブリギュアのキャラクターが乗った服の袖を愛が掴んで阻止し、葵が愛に振り返り怪訝な目で見つめる。


 通常ならば寂しいから一緒にいて欲しい、また慰めて欲しいという意味が込められているが葵は愛が反省しているとは露ほども思っていない。

 頭の中を覗けるなら怒気に悲壮感、殺意といった文字の羅列が隙間なくビッシリと詰められているはずなのだ。


 「………パパと一緒にババアを泣かせて来て」

 「この馬鹿、大体お母さんが泣いてる所なんて見たことないし出来るわけないでしょ?」

 「ババアには血も涙も無い…」

 「愛、そんなこと言ってるとまた怒られるわよ」


 鬱陶し気に腕を振るい眉を顰め愛から視線を切ると葵は階段を下りていく、その間の時間で今度は父親と一緒にどうやって母親を説得しようか考えながら一歩一歩階段を降りていく。

 踊り場に付き薄いオレンジ色の照明に照らされ自身の影を軽く見下ろし、ふと窓を叩く雨音に気づき外を見やる。


 空から落ちて窓に降り注ぐ春雨の水滴を眺め、どんどんと合わさっていく中うっすらと残っていた夕日が先ほどよりも黒ずんでいる景色を見て葵は思わずため息を漏らした。

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フワッ☆ カリカリ唐揚げ @aizawabob

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