師匠と自分
綺月 糖
第1話
「全ての者は花となり、全ての者は土となるこの世界。さぁ、君の考えを聞かせておくれ」
師匠がそう話す、本当に突然だった。
「は? 何が、どうゆうことですか。僕の考えって」
理解ができなかった、師匠の言葉の意味が全く。本をよく読むあの人のことだ、何かの作品から引用してきた言葉だろうと思い、師匠と解散した後、片っ端からあの人が読みそうな作品を読んだ。気がつくと、日が登っていた。師匠のことを僕は知りたい、だから降参して師匠に聞こうとした。
師匠と連絡が取れなくなった。あの人は物書きだからネタ探しに朝早くからどこかへ出かけているのだろうと思った。きっとそうだ、きっと、そうだよな、そう思って、季節が一周した。長い、あまりにも長すぎる。常に金欠の師匠がこんなに長い間ネタ探しに行けるはずがない、長くても1ヶ月も経たずに金が尽きたとベソをかきながらいつも帰ってきていたあの人が一年なんて。やはりおかしいと頭を抱えた。
僕の知っている限りの師匠の知り合いに聞き込みを始めた。だが皆、何も言わずに首を横に振るだけだった。おかしい、人が一人音信不通になっているのに皆はどうしてあんなに冷たい反応なんだ。ああ、そういえば皆、目を伏せて何か考え込むようにした後首を振っていた。何か隠しているに違いない。そうに違いない。
僕の友人にいつも会う喫茶店で相談を持ちかけた。珈琲を一口啜る。こいつはいつもふざけてはいるが、いざという時は頼れるやつだ。その友人から発せられた一言によって僕の頭の中は真っ白になった。
「ああ、よかった。薬が効いたんだな」
は? は? 何を言っているんだこいつは。気がつけばさっきまで漂っていた珈琲の匂いが消毒液の匂いに変わっている。そしてどうしてこいつと僕が個室に二人でいるんだ、周りにいた客はどこに行った。変だ変だよ。僕の師匠をどこへやった、ぼくの師匠に何をした、ぼくのししょうを返せよ。失笑。ははは。
気がつけば白衣を着た多くの人に押さえつけられていた。ちくり。僕の腕に小さな痛みが走った。ぐるり、視界が歪んだ。体がまず眠る、そして意識が遠のく。この世の全てを理解した。師匠、こんな狂った世界からすぐ助けるから、待っててください。まっ、まってて、まっててまっててください。わかりましたね?
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「先生、担当の患者さん、今日一人多くないですか? 」
看護師がそう話しかける。待合室を覗くと、これは驚いた、次の通院日を待たずに彼がやってきていたのだ。別に不都合はない、だが彼の症状はかなり重く、診察する私の精神がものすごく削られるのだ。今日の予約患者を全員診た後、彼の診察を行う。私は酷く疲弊していた。そんな私をよそ目に彼は話し出す。
「師匠と一年も連絡が取れないんです、みんな知らないっていうんです。けど絶対違う、何か隠しているんだ」
師匠とは、彼が見ている幻覚、架空の人物でどこを探しても実在しない。彼は何かを飲む動作をする。だがそこに飲み物はない。ここを飲食店かどこかと勘違いしているのだろう。だがよかった、彼のそばにずっといると話されていた師匠は薬のおかげでもう見えなくなったんだろう。そう、もうじき良くなる。安堵して思わず口から言葉が漏れる。
「ああ、よかった。薬が効いたんだな」
この言葉を聞いた彼は五分ほど固まった後、こう言う。
「ぼ、ぼ、ぼくのししょうをかえせよ!! 」
怒りに感情が支配された彼の口からは絶えず笑い声が溢れていた。ガダン、椅子が倒れる。バザザ、紙のカルテが宙を舞う。まずいな、急いで彼を押さえつける。複数の人に押さえつけられた彼の腕に鎮静剤を打ち込む。だらん、彼の体から力が抜ける、そして彼の意識がなくなる。意識がなくなった彼を拘束具があるベッドへと運ぶ。心苦しい他ない。彼が閉鎖病棟に運ばれた後、私は体が動かなくなってしまった。失態。私の発したあの一言によって彼をあそこまでに追い詰めてしまった。医者失格だ、だが落ち込んでいる暇などない、彼の次の治療の準備を進めなければならない。珈琲を一口ゴクリと飲んだ後、私は仕事に戻った。
師匠と自分 綺月 糖 @kizukitou2
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