第8話 ババ抜き、それは心理戦という名の殺し合い



 雨音というのは、本来なら心を落ち着かせる環境音のはずだ。

 客足が遠のくのは痛いが、たまには静かな午後に読書でもして過ごすのも悪くない。

 そう、俺は思っていた。

 目の前に座る二人の女性が、殺気立った目でテーブルを睨みつけていなければ。


「……店長。確認だが、敗者には『死』が与えられるということで間違いないか?」

「間違ってるよ。デコピンだ」


 ヴァネッサが真剣な顔で聞いてくる。彼女の手元には、俺が暇つぶしにと出したトランプのカードが配られている。

 雨で客が来ないため、俺、ヴァネッサ、そしていつものように居座っているミアの三人で「ババ抜き」をすることになったのだ。


「フン、デコピンか……。人間の拷問技の一つだな? 頭蓋を粉砕する威力と見た」

「お前の指ならやりかねないから怖いんだよ」


 ヴァネッサは元魔王軍らしく、カードを見る目が「敵陣の布陣図」を見るそれだ。

 一方、ミアは無表情のまま、手札を扇のように広げている。

 ただ、彼女のサングラスの奥の瞳が、バーコードリーダーのように赤く発光しているのが気になる。


「おいミア、透視魔法は禁止だぞ」

「……(チッ)」

「舌打ちするな。イカサマ前提かよ」


 ゲームが始まった。

 まずはヴァネッサの番だ。彼女は俺の手札から一枚引こうとして――止まった。


「……殺気を感じる」

「カードから殺気は出ない」

「いや、この右から二番目のカード……禍々しい気配がする。これは『ジョーカー(死神)』だ」


 正解だ。

 なぜわかった。俺は完璧なポーカーフェイスを維持していたはずだ。

 ヴァネッサはニヤリと笑い、別のカードを引き抜いた。セーフ。


 次はミアの番だ。ヴァネッサの手札へ手を伸ばす。

 ヴァネッサの目が光る。


「小娘。貴様の魔力感知能力がいかほどか知らんが、私の『心理障壁』を突破できるかな?」


 ヴァネッサが手札を裏返したまま、超高速でシャッフルし始めた。

 シュバババババ!

 速い。残像が見える。これではどれがどのカードかわからない。


「……(カッ!)」


 ミアがサングラスをずらし、本気モードの魔眼を開いた。

 動体視力の強化。

 二人の間で、目に見えない火花が散っている。たかがカード引きに、なぜそこまでリソースを割くんだ。


「……(スッ)」


 ミアが迷いなく一枚を引き抜いた。

 揃った。ペアを捨て、彼女の手札が減る。


 ゲームは進み、場は煮詰まってきた。

 残るカードは数枚。

 俺の手元にはジョーカーがある。これを誰かに押し付けなければ、俺の額がヴァネッサの指で粉砕されてしまう。


 俺の番だ。相手はミア。

 残りは二枚。確率は二分の一。

 右か、左か。

 俺が右のカードに触れようとすると、ミアの眉がピクリと動いた。

 罠か? それとも動揺か?

 俺は冷や汗を流しながら、長年の勘を信じて左のカードを引いた。


 ――ジョーカーだった。


「……(ニヤリ)」


 ミアが勝ち誇ったように口角を上げた。誘導された! この無口女、表情筋のコントロールまで完璧なのか!

 これで俺の手札にはジョーカーが居座った。

 次、ヴァネッサが俺から引く番だ。ここで引かれなければ俺の負けが確定する。


「……ふふふ。店長、顔色が悪いぞ」


 ヴァネッサが手を伸ばしてくる。

 俺は祈った。引いてくれ。頼むからそのジョーカーを引いてくれ。


 ヴァネッサの指がジョーカーに触れる。

 よし、そのまま掴め!


 その時だ。


「ハッ! 甘い!」


 ヴァネッサが指先から黒い波動を放った。


「『闇の波動ダーク・フォース』!」

「うわっ!?」


 衝撃波で俺の手札が弾き飛ばされた。カードが空中に舞う。


「舞ったカードの中から、私が狙うのはこれだぁ!!」


 彼女は空中で回転しながら、見事に一枚のカードをキャッチし、テーブルに叩きつけた。

 それは――ジョーカーだった。


「なっ……!?」

「貴様、ババを引いたのか!?」

「くっ……! まさか、空中でカードの軌道を変えるとは……! 空間魔法か、小娘ぇ!!」


 見ると、ミアが杖を構えてドヤ顔をしていた。

 こいつら、物理法則と魔法を使ってまでババを押し付け合ったのか。


 結果。

 敗者はヴァネッサ。

 彼女の手元には、哀れなピエロが描かれたカードが一枚。


「……私が、敗北? この元・殲滅部隊総隊長が?」


 ヴァネッサの手が震えている。

 そして、彼女の周囲からどす黒いオーラが立ち昇り始めた。


「認めん……認めんぞ……! こんな紙切れ一枚に、私の運命が左右されるなど……!」

「おい待て、落ち着け。ただのゲームだ」

「ええい! この屈辱、世界ごと消し去ってくれるわ!!」


 ヴァネッサの手の中で、ジョーカーが発火した。いや、カードだけじゃない。テーブルも燃え始めた。


「ギャアアア! やめろ! 火事になる!」

「……(消火魔法準備!)」


 結局、その日の午後は、暴走して火を吹くヴァネッサを取り押さえる作業で終わった。

 燃えカスになったトランプを見つめながら、俺は思う。

 

 もう二度と、こいつらとゲームなんてするものか、と。

 デコピンの方がまだマシだったかもしれない。

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異世界で喫茶『凪』を開店しましたが、店名はただの皮肉になりました。~スローライフ希望の俺、勇者と魔王軍幹部の暴走を止めるのに毎日必死です~ ころん @koronmarble

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