第2話 エンタメ
そろそろ始まる時間だな。
午後7時55分。居間に入ると、晩酌中の父親、孝之(たかゆき)と由紀子が8時から始まるプロレス中継を待っていた。
今では考えられないが、当時、プロレスは、ゴールデンタイムか夕方に毎週1時間枠で放映されていた。少なくとも功が住んでいた地域ではそうだった。
「功。そんなとこに突っ立てないで早く座りなよ」
由紀子の促しで功は、いつもの指定席(テレビ画面に向かって正面に座っている孝之の右側)に座った。
確か、今日はタイトルマッチだったよな。
功が物心ついた時から立花家は、プロレス大好き一家だった。といっても、母親は台所仕事があるので途中から参加、高校でも引き続き野球部に入った新平は今まで以上に野球に明け暮れる生活を送るようになったので以前のように一家で揃って観る機会は減っていた。
「ところで兄ちゃんは?今日、部活休みでしょ?」
「あいつなら走りに行ったよ。中継が終わる頃には帰って来るんじゃないかな」
功は、由紀子に訊いたつもりだったが、何故か孝之が反応した。
「ねぇ。お父さん。世界で一番強いプロレスラーって誰だと思う?」
中継の後半。画面がCMに切り替わったところで由紀子が唐突に訊いた。
馬場?猪木?鶴田?天龍?外人ならハンセン?ブロディー?
プロレスファンの悲しい性で功は、答える権利もないのに目を閉じて腕組みしながら頭の中で当時のビッグネームの顔ぶれを並べてはあれこれと独自の分析を始めていた。
だが、鶴の一声ならぬ『孝之の一言』でその分析は、無意味だったと思い知る。
「そんなの考えるまでもない。『アンドレ・ザ・ジャイアント』に決まっているじゃねぇか」
「やっぱり、そうだよね。大きいもんね」
「当たり前だ。人間が恐竜に勝てるわけねぇ」
孝之は冷めた口調で由紀子に言うと、手にしていた水割りの芋焼酎をグッと飲み干した。
この日のメインには、当時、由紀子が推していた新日本期待の若手、武藤敬司が出ていた。
「うわぁ。マジでカッコいい。もう、最高」
藤波といい、前田といい、武藤といい。
由紀子はプロレスどうこうよりも華のあるイケメンが画面に映ればそれだけでご機嫌だった。
猪木は別格として、俺は、やっぱり、鶴田とか天龍とかハンセンの試合の方が好きだな。
横で画面向こうの武藤に「キャーキャー」と黄色い声援を飛ばしている由紀子を見ながら、功は、改めて自分は全日派なんだなと思った。
「ただいま」
新平が帰って来たのは、孝之の予想通り中継が終わった頃だった。夏の夜ならまだしも、4月になって半月も経っていないのに新平の体は、肉眼でもわかるほど全身汗まみれになっていた。
「兄ちゃん。入るよ」
「なんだよ?」
部屋に入ると新平は、箪笥から着替えを取り出そうとしているところだった。
「兄ちゃん。ちょっと、訊いてもいいかな?」
「おぅ。何でもいいけど、今から風呂に入るから手短に頼むな」
それだけ言うと、新平は、首からぶら下げていたタオルで額の汗を拭った。
「世界で一番強いプロレスラーって誰だと思う?」
今は野球に忙しくプロレスからは少し距離を置いているが、プロレスを観るきっかけと楽しさを教えてくれた新平の見解がどうにも気になって仕方なかった功は、単刀直入に訊いてみた。
「世界で一番強いプロレスラーか……」
新平は、呟きながら手に取った着替えを箪笥の上に置いた。
「世界で一番強いプロレスラーか……」
今度は顎をしゃくらせながら首からぶら下げていたタオルを両手を掴んだ。
ひょっとして真似してる?
猪木そっくりの仕草に功は、思わず吹き出しそうになった。
「うーん。そうだな。強いて挙げるなら」
何とか笑いをかみ殺したところで新平が口を開いた。
「強いて挙げるなら?」
「アンドレだな。あれは人間じゃねぇ。恐竜だ」
お前もか。体力お化け。
生粋の猪木ファンであったはずの新平が、孝之と同じ答えを口にしたことに功は愕然とした。
だが、これで終わらないのが、新平と孝之の決定的な違いだ。
「誰が強いかって訊かれたからアンドレって答えたけど、正直、俺は強さとかどうでもいいと思っているのよ」
「どうして?」
「プロ野球と違ってプロレスは、勝敗よりも試合中の駆け引きを魅せることが重要だとされているからだよ。だから、勝っても負けても会場やテレビで観ているお客さんが試合内容に満足すればそれでいいのよ」
新平は、一方的に話を終えると風呂へ向かった。
勝敗よりも試合中の駆け引きを魅せることが重要か。
功は、床の中でさっきの新平の言葉を思い返していた。
兄ちゃんってゴリゴリの体育会系だとばかり思っていたけど、頭の中は、案外、哲学者なのかもしれないな。
新平の意外な一面を知った功は、感動と感心が交錯してなかなか寝付けなかった。
次の更新予定
永田町へ行ってきます ~いろいろありまして、次の職場は国会議事堂に決まりました~ @hikigane78
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。永田町へ行ってきます ~いろいろありまして、次の職場は国会議事堂に決まりました~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます