第14話 テラス席で生ビールを
客のサイズが規格外なら、料理も規格外でいくしかない。
俺は店(箱)の中で、戦場のような忙しさに追われていた。
相手は体長5メートルのフェンリルだ。
上品な小皿料理など出しても、歯の隙間に挟まって終わりだろう。
質より量。
いや、質も量もだ。
俺は【収納】にある鶏モモ肉をすべて取り出した。
さっきサムゲタンに使った残りだけではない。
リゼットの魔石ポイントで追加購入した、業務用パック10キロ分だ。
全部揚げる。
メニューは決まっている。
『山盛り鶏の唐揚げ』だ。
醤油、酒、ニンニク、生姜を混ぜた特製ダレに、肉を揉み込む。
漬け込み時間は短縮だ。
【調理】スキルで圧力をかけ、味を強制的に染み込ませる。
衣は片栗粉をまぶし、二度揚げでカリッと仕上げる。
ジュワァァァァァ!!!!
鍋に入れた瞬間、爆音のような揚げ音が響く。
香ばしい醤油とニンニクの香りが、換気口(蓋の隙間)から外へと噴出していく。
『……ほう』
外から、低い唸り声(念話)が聞こえた。
匂いは合格らしい。
だが、待たせすぎると不機嫌になる。
スピード勝負だ。
俺は並行して、飲み物の準備に取り掛かった。
ビールだ。
だが、ジョッキでは足りない。
あんな巨体には、お猪口(ちょこ)みたいなものだ。
俺は備品として置いてあった「木樽」を取り出した。
サーバーの注ぎ口から、黄金色の液体を直接樽へと注ぎ込む。
シュワシュワシュワ……。
きめ細かい泡が、樽の縁まで盛り上がる。
キンキンに冷えた生ビール。
これを嫌いな男(オス)はいないはずだ。
「よし」
準備完了。
俺は蓋を全開にした。
『お待たせいたしました! 特製・鶏の唐揚げマウンテンと、黄金のエールでございます!』
俺は魔力の腕を伸ばし、料理を外へと運んだ。
まずは唐揚げだ。
大皿などない。
洗面器サイズの木のボウルに、山のように積み上げられた茶色の宝石たち。
揚げたての熱気が、周囲の冷たい空気を揺らす。
続いて、ビールの入った木樽。
重量は20キロ近くあるが、魔力操作なら軽々と運べる。
これを、ヴォルフの鼻先にドンと置いた。
目の前に現れたご馳走の山。
ヴォルフの金色の瞳が、カッと見開かれた。
『……これが、料理か』
彼は鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いだ。
熱い油と、刺激的なスパイスの香り。
生の魔物肉しか食ってこなかったであろう彼にとって、それは未知の体験のはずだ。
『いただきます』
意外と礼儀正しい。
彼は大きな口を開け、ボウルの中へ顔を突っ込んだ。
一口で、唐揚げを5、6個まとめて頬張る。
ガリッ、ザクッ。
いい音がした。
衣が砕ける音だ。
そして、その中から溢れる肉汁。
ヴォルフの動きが止まった。
『…………ぬぅ!?』
驚愕の念話が響く。
『なんだこれは。外は硬い岩のようでありながら、中は……溶けるように柔らかい!』
彼は咀嚼を加速させた。
ガツガツと食う。
咀嚼するたびに、ニンニク醤油の旨味が口いっぱいに広がる。
『熱い! だが、止まらぬ! 貴様、肉に何を塗った!? この中毒性のある香りはなんだ!』
それは魔法の粉(片栗粉)と、悪魔の果実(ニンニク)だ。
抗えるわけがない。
俺は心の中でガッツポーズをした。
掴みはOKだ。
だが、本番はここからだ。
その脂っこい口の中を、洗い流したくなるだろう?
『お客様、喉が渇きましたら、そちらの黄金水をどうぞ』
俺は木樽を指し示した(念力で揺らした)。
ヴォルフは唐揚げでギトギトになった口のまま、木樽を見下ろした。
『黄金水……? ただの水ではないのか?』
彼は疑り深そうに、樽に口をつけた。
そして、長い舌でペロリと舐めるのではなく、豪快にゴクゴクと煽った。
その瞬間。
『――――ッ!!??』
ヴォルフがのけ反った。
全身の銀毛が逆立っている。
『痛い!? いや、弾ける! 舌の上で、無数の氷の礫(つぶて)が暴れ回っている!』
炭酸だ。
初めての炭酸体験。
それは衝撃だろう。
だが、彼は飲むのを止めなかった。
最初の刺激を乗り越えた先にある、あの爽快感に気づいたからだ。
脂で満たされた口内が、冷たい炭酸とホップの苦味でリセットされる快感。
『くっ、グゥ……プハァッ!!』
凄まじいゲップと共に、ヴォルフが天を仰いだ。
『美味い……! なんだこれは! 喉が焼けるように冷たいのに、身体の芯が熱くなる! 肉の脂が消え去り、次の一口を欲してしまう!』
これぞ、唐揚げとビールの無限ループ。
悪魔的コンボだ。
『貴様、名を何という』
ヴォルフが、ギラギラした目で俺(箱)を見た。
『えっ? あ、店主です。ミミック食堂の』
『店主か。……見事だ。我にこれほどの供物を捧げるとは』
彼はニヤリと笑った(ように見えた)。
『気に入った。この黄金水と揚げ肉、我への忠誠の証として受け取っておく』
忠誠?
いや、ただの代金代わりのサービスなのだが。
まあいい。
機嫌を損ねて店を破壊されるよりは、忠誠を誓っていると誤解された方がマシだ。
俺は蓋をパタパタさせて肯定した。
『も、もったいなきお言葉! どうぞ、存分にお召し上がりください!』
ヴォルフは満足げに鼻を鳴らし、再び唐揚げの山へと挑みかかった。
今度はビールを合間に挟みながら、交互に楽しんでいる。
完全に「おっさんの晩酌」スタイルだ。
巨狼の姿でやられると、迫力がありすぎてシュールだが。
やがて、ボウルと樽は綺麗に空になった。
キロ単位の肉と、リットル単位の酒が、数分で消滅した。
恐るべき胃袋だ。
『ふぅ……』
ヴォルフは満足げに吐息を漏らし、その場にドサリと横たわった。
テラス席(地面)いっぱいに、銀色の巨体が広がる。
そして、あろうことか、腹を天井に向けて仰向けになった。
ヘソ天だ。
警戒心ゼロかよ。
『悪くない寝床だ。腹も満ちた。……少し眠る』
えっ。
ここで?
店の入り口で?
『ちょ、お客様? お帰りは……?』
『騒ぐな。……ムニャ』
寝息を立て始めた。
ズピー、ズピーと、地響きのようなイビキが聞こえる。
終わった。
営業妨害だ。
こんな怪物が店の入り口で寝ていたら、誰も近づけない。
アリーナやリゼットが来たら、腰を抜かして逃げ帰るだろう。
だが、起こす勇気など俺にはない。
レベル80の寝顔は、安らかだが威圧感たっぷりだ。
俺にできるのは、彼が起きるまで、静かに皿洗いをすることだけだった。
とんでもない常連(?)ができてしまった。
俺の店、どうなっちゃうの?
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