転生したらミミックだったので、冒険者を餌付けして守ってもらうことにした!
九葉(くずは)
第1話 転生したら箱でした。
目が覚めると、俺は箱になっていた。
比喩ではない。
哲学的な意味でもない。
文字通り、俺は「箱」だ。
視界が極端に狭い。
上下左右、どこを見ても古ぼけた木目が見える。
身体を動かそうとしても、手足の感覚が一切ない。
指先を動かすイメージをしても、ただ「ギシッ」と何かがきしむ音がするだけ。
「……は?」
声が出ない。
喉がないからだ。
思考だけがクリアに空回りしている。
俺は確か、スーパーからの帰り道だった。
特売の豚バラブロックと長ネギ、それに安売りのワインを抱えて歩いていたはずだ。
そこで記憶が途切れている。
トラックか何かに跳ねられたのかもしれないし、心臓発作かもしれない。
原因はどうでもいい。
問題は、今の状況だ。
俺は冷静になろうと深呼吸を試みた。
吸う空気がない。肺もない。
ただ、意識だけがこの狭い空間に張り付いている。
不意に、目の前(と言っていいのか分からないが)に、半透明の文字列が浮かび上がった。
【個体名:未設定】
【種族:ミミック(宝箱種)】
【レベル:1】
【スキル:収納、擬態、調理】
ミミック。
ゲームでよく見る、冒険者を食い殺すあの宝箱の魔物か。
「マジかよ」
心の声でツッコミを入れる。
転生したらスライムとか蜘蛛とか、そういうのは聞いたことがある。
だが、箱て。
無機物じゃないか。
いや、待て。
魔物ということは、動けるはずだ。
俺は全身に力を込めてみた。
ぬん、と気合を入れる。
パカッ。
頭上の蓋が開いた。
薄暗い石造りの天井が見える。
湿った空気と、カビ臭い匂いが流れ込んでくる。
どうやら、俺の可動域は「蓋の開閉」だけらしい。
これでは移動もできない。
ただダンジョンの通路に置かれた、出オチのトラップ。
冒険者が来るのを待ち、開けられたら噛みつく。
それしか生きる道がないのか。
「冗談じゃない」
俺は人間だ。
いや、元人間だ。
人を襲って食うなんて、生理的に無理だ。
そもそも、俺には牙も消化器官もあるかどうかわからない。
あるのはこの四角い木製の身体と、謎のスキルだけ。
スキル……?
俺は意識を【収納】に向けてみた。
すると、脳内にトランクケースの中身を覗くような感覚が広がる。
そこには、見覚えのある白いレジ袋があった。
スーパー『ライフ』のロゴが入った袋だ。
「あるのかよ!」
中身を確認する。
豚バラブロック500グラム。
長ネギ2本。
生姜1パック。
醤油、みりん、料理酒のボトル。
そして、フランスパン一本。
俺が死ぬ直前に買った食材たちが、そのままの状態で亜空間に保存されている。
タイムセールで半額だった豚バラ肉。
これを使って、今夜は角煮を作る予定だった。
ふと、もう一つのスキル【調理】が気になった。
意識した瞬間、俺の「箱の中」に奇妙な変化が起きる。
底板の部分が、なんとなく「まな板」のような質感に感じ取れるのだ。
そして、蓋の裏側には、包丁や菜箸といった調理器具の気配がある。
これは……いけるのか?
俺は試しに、【収納】から豚バラ肉を取り出してみた。
もちろん手はない。
念じるだけで、肉の塊が箱の底に「ポン」と出現する。
ずっしりとした重量感。
生肉の冷たい感触。
それを、俺は箱の内部で感じ取っている。
なんとも奇妙な感覚だが、悪くない。
俺は料理人だ。
しがない居酒屋の雇われ店長だったが、料理に対する情熱だけは誰にも負けなかった。
こんなわけのわからない姿になっても、食材を見ると指(ないけど)がうずく。
暇だ。
とにかく暇だし、動けないし、パニックになりそうだ。
心を落ち着けるには、手を動かすしかない。
俺は【調理】スキルを発動させた。
不思議なことに、魔力のようなものが俺の意思に従って動く。
見えない手が、豚バラ肉を掴む。
まずは下茹でだ。
箱の中に水を出し(これは魔力で生成できた)、肉を放り込む。
長ネギの青い部分と、薄切りにした生姜も加える。
火はどうする?
念じると、箱の底がじんわりと熱くなった。
IHクッキングヒーターも真っ青の便利機能だ。
コトコト。
コトコト。
箱の中で、湯が沸く音がする。
やがて、肉の脂が溶け出し、甘く芳醇な香りが漂い始めた。
「……いい匂いだ」
密閉された箱の中で、極上のアロマテラピーを楽しんでいる気分だ。
俺は丁寧にアクを取り、火加減を調整する。
下茹でが終われば、次は味付けだ。
醤油、みりん、酒、砂糖。
黄金比率のタレを作り、柔らかくなった肉を再び煮込む。
この照り。
この香り。
最高だ。
自分が宝箱であることを忘れ、俺は角煮の仕込みに没頭した。
完成まであと少し。
味が染み込み、箸で切れるほど柔らかくなるのを待つだけだ。
その時だった。
カツ、カツ、カツ。
石畳を叩く、硬い音が響いた。
足音だ。
誰かが近づいてくる。
俺はハッとした。
忘れていた。
ここはダンジョンで、俺は魔物だ。
そして近づいてくるのは、十中八九、俺を「宝箱」だと思って開けに来る冒険者だ。
マズい。
非常にマズい。
今、俺の中身は「金銀財宝」ではない。
「豚の角煮」だ。
しかも、まだ煮込み途中だ。
もし今、蓋を開けられたら?
冒険者はどう思う?
「おっ、宝箱だ! ……くさっ、肉の匂いする! なんだこれ!」
となって、怒って俺を叩き壊すに違いない。
魔物だとバレれば、即座に剣で斬られるか、魔法で焼かれる。
逃げられない。
隠れられない。
俺にできるのは、蓋を固く閉じて、存在感を消すことだけだ。
足音が止まった。
すぐ目の前だ。
「……あれ? なんかいい匂いがしない?」
若い女の声だ。
警戒心よりも、食欲が勝っているような響き。
金属の擦れる音がする。
武器を構えたのか、それとも食器を取り出したのか。
心臓がないのに、動悸が止まらない。
俺は祈った。
頼む、スルーしてくれ。
ただの古ぼけた箱だと思って、見逃してくれ。
「ここから匂うわね……」
願いも虚しく、俺の蓋に手が触れた。
温かい人間の手だ。
終わった。
俺の第二の人生、豚の角煮と共に終了。
「えいっ」
軽い掛け声と共に、蓋に強烈な力がかかる。
俺の抵抗など意味を成さない。
ギィィ、と蝶番が悲鳴を上げ、俺の口(蓋)は強制的に開かれた。
そこには、目を丸くした茶髪の少女が立っていた。
そして俺の中では、湯気を立てる熱々の豚の角煮が、完璧な仕上がりで輝いていた。
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