異世界サーモンピンク

青井孔雀

第1話

 俺の名前は鮭川昇。ごく普通の水産系大学に通う大学3年生だ。

 岡山県北にある大学の陸上養殖実験場で、定期的にアルバイトもやっている。そんな訳で水質管理のため、養殖のシャケが元気よく泳ぎまくってるプールの脇にやってきたんだが、あろうことか足を滑らせて落っこちてしまった。我ながら一生の不覚って奴だ。まあ溺死する訳にはいかないから、ともかく這い上がった。そうしたら……


「は? 何処だここ?」


 あからさまに見知らぬ風景が、いきなり視界に飛び込んできやがった。

 辺り一帯は神秘的な森林といった雰囲気で、精霊だか妖精だかが住んでそうな意外と水深の浅い池に、俺は転がっていたのだ。確かに大学の養殖施設は、めったに人が来ないところにありはするが……それらしき痕跡はさっぱりなかった。


「あー、多分」


 頭を強く打ったか何かで、幻覚を見ているに違いない。

 そう思って自分の頬を引っ張ってみたが、風景はさっぱり変わらなかった。だいたい周りで泳ぎまくっていたはずのシャケも、1匹もいなくなってやがる。


 要するに、巷で流行りの異世界転移って奴か? まったく馬鹿げた妄想だ。

 とはいえ何時になったら元に戻るんだよ。両目を瞑って開いてみたり、存外に透明度の高い池に顔を突っ込んだりしてみたが……何をやってもらちが明かない。ついでにずぶ濡れの服がワカメみたいに張り付いて気持ち悪い。厄介な課題がまだ幾つかあって、単位を取り損ねると留年が確定しかねないというのに、まったく嫌がらせにも程がある。


「とりあえず……」


「サモーーーーン!!!」


 突然背後より激烈なる咆哮が轟く。


「うわッ、何なんだよ!?」


 振り返るや否や目に焼き付いたのは、巨大なシャケの化け物だ。

 水棲生物っぽい外見の割に、重力に逆らって屹立してすらいる。一応は魚類らしき出で立ちの何処に発声器官があるのか、さっぱりわからないが……優に体長5メートルはありそうなこいつは、あからさまなまでに人食いシャケだ!


「サモサモサモ! そこな人間、俺様お前丸齧り!」


「ファイアボルト!」


 今度は凛とした詠唱。

 呪文は英語なんだなと思う間もなく、煌めく火球が空を切り、人語を解するらしい人食いシャケを直撃する。食物連鎖の上位に立とうとしていた巨大不明生物は、断末魔の叫びとともに、たちまち香ばしく薫る焼きシャケに変わった。


 そして安堵の息をつきながら、火球の飛翔元へと視線をやると……異世界転移も確信に変わった。

 やたらと局部を強調した、無意味に露出度の高い格好のファンタジー女騎士もどき。年嵩は20代前半くらいだろうか。そんなのがまるで臆面もなく、堂々と陽炎立つ太刀など構えていたら、誰だってそう思わざるを得ないだろう。しかも長く棚引きたる髪は菫色をしている。洋の東西を問わず紫系の色が高貴とされたのは、その色素を持つ動植物が非常に珍しいが故で、よくできたカツラでも被っているとかでなければ、地球上の生物ではまずあり得ない配色である。

 いやしかし、そもそも先程の人語を解する人食いシャケの方が、よほど現実離れしていないだろうか。そんな具合にセルフ突っ込みなどしていると、女騎士もどきが近寄ってくる。紛うことなき命の恩人だ。そのちょっとキツめに整った細面に、野獣の相が一瞬浮かぶ。


「あなた、大丈夫でして?」


「ああ、はい……お陰様で」


 池から何とか上がりつつ、どうにかこうにか受け答え。


「ありがとう、ございました。ええと」


「イリーナ。ドーヘンタイン王国陸軍近衛第1連隊のイリーナ・ニンフォビッチ大尉よ。あなたは?」


「ノボル、鮭川昇」


「あら、風変わりな名ね」


 それはこっちの台詞なんですが。

 いったいどういうネーミングだよ、ドーヘンタインだのニンフォビッチだのって。飲んでもいないコーヒーを吹き出しそうになったじゃないか。


 ああでも、地球上にもエロマンガ島だのスケベニンゲンだのって地名もある。音だけで判断するのは無礼千万だ。

 ところでイリーナは贔屓目に言って容姿端麗という奴で、モデル並のプロポーションは目に毒なくらいだ。助けてもらっておいて何だが、得てしがなと正直思う。そんな彼女が名字通り性欲過多で欲求不満だというのなら、是非ともその解消を手伝ってあげたいところだが……そんな三流エロゲ未満の展開がある訳もないだろう。


(だけども)


 濡れた服を脱いでいたら、ドロッと生々しい視線が突き刺さる。

 サッと振り返ると、イリーナが急にそっぽを向く。顔が赤いというか、不可解に興奮しているのを、下手っぴに隠そうとしている感じだ。まさか「君、男のはだかに興味があるのかね?」とか聞いたら、どきっとでもしてくれるのだろうか。そしてイリーナは出し抜けに、


「あ、飲み物取ってきますわね。少々お待ちくださいな」


 と森の奥へと消え、10分ほどが経過した後、


「お待たせ。ホットティーしかなかったのだけどよいかしら?」


 と湯気の立つカップを渡してきた。

 動画サイトかどこかで見た覚えのある展開だが……うん、アイスティーじゃないから大丈夫だろう。そう思って紅茶っぽい液体を飲み干すと、案の定というべきか、急激な眠気が襲ってきた。

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