剣聖・宮本武蔵、異世界で貴族に転生。「魔力ゼロ」と蔑まれる――氷の女騎士団長が快感に震えて毎晩忍び込んでくるまで
いぬがみとうま
剣聖・宮本武蔵は異世界で二度目の死を望む
肥後国、霊巌洞。
薄暗い洞窟の奥で、一人の老人が筆を置いた。
名は新免武蔵守藤原玄信。またの名を、宮本武蔵。
生涯に渡る六十余度の真剣勝負において一度の不覚も取らず、ただひたすらに「
(……終わった、か)
書き上げた『五輪書』を傍らに、武蔵は静かに目を閉じた。
最後に辿り着いたのは『空(くう)』の境地。有って無きもの。知って知らざるもの。
もはやこの世に未練はない。ただ、静かな永眠だけを望んでいた。
――だが。
「……なんじゃ、この騒がしさは」
再び目を開けた武蔵を待っていたのは、静寂ではなく、豪奢な部屋と見知らぬ人々の怒号だった。
体が、軽い。
老いさらばえ、骨と皮ばかりだった手足には瑞々しい肉が乗り、視界は驚くほどに澄み渡っている。
「ケイン! 貴様、聞いているのか!」
目の前に立つ中年男が、一枚の透明な板――ステータスプレートと呼ばれるもの――を叩きつけるように示した。
【ケイン・フォン・アークス】
【魔力:0】
【スキル:五輪ノ書】
「魔力なし。スキルも聞いたことがないゴミだ。アークス家に魔力を持たぬ『無能』など不要。貴様のような出来損ないは、今すぐこの家から出ていくがいい!」
武蔵――少年ケインは、投げ捨てられたプレートを拾い上げ、まじまじと見つめた。
(魔力……なし、か。ふむ。小細工に頼らぬ剣こそ本懐。何の問題もない)
ケインは、激昂する実父を無視して立ち上がった。その所作には、十七歳の少年にはあり得ない、枯れた大樹のような静謐さが宿っていた。
「承知した。これほど広すぎる部屋は、修行の邪魔じゃて」
呆然とする家族を背に、ケインは腰に二本の古びた木刀を差し、屋敷を去った。
それから三日。
ケインは国境近くの森で野営をしていた。
かつての千葉城での隠居生活を思えば、野晒しの眠りなど贅沢なものだ。
焚き火の爆ぜる音を聞きながら、彼は世界を観察していた。この地の人間は「魔力」という得体の知れないエネルギーを使い、理を歪めて戦う。
だが、その剣筋は一様に甘い。
そんな時だった。
「――はああああッ!」
鋭い裂帛の気合と共に、森の奥で巨大な魔獣が両断された。
銀髪をなびかせ、白銀の鎧を纏った美女。王国の「剣姫」として名高い、近衛騎士団長シルヴィア・ヴァン・アークライトである。
彼女の剣には、膨大な魔力が込められていた。一振りで大地を割り、大気を凍らせる。
だが、それを見守っていたケインの口から、無意識に言葉が漏れた。
「……娘。剣が泣いておるぞ。拍子がズレておる」
シルヴィアの動きが止まった。
氷の如き鋭い眼差しが、木陰に座る少年に向けられる。
「……何者だ。私の剣に口を出すとは、死にたいのか?」
「死にとうはないが、二度目の生も少々退屈でな。お主、力に溺れておる。その重すぎる魔力を剣に乗せようとするあまり、肝心の『腰』が死んでおるわ」
「貴様……!」
シルヴィアの瞳に激情が走る。彼女は王国最強。そのプライドが、魔力も感じられない浮浪児のような少年に否定されたことを許さなかった。
「無能の分際で……その口、二度と開けぬようにしてやろう!」
彼女が踏み込む。瞬速の魔剣が、ケインの首筋を狙って放たれた。
だが。
「『水の巻』――水の心になりて。敵の太刀を受けるを、引くとも言わず、受けるとも言わず。ただ『触れる』のじゃ」
ケインは腰の木刀を抜くことすらせず、拾った枝一本で魔剣の側面を「撫でた」。
ただそれだけで、シルヴィアの必殺の斬撃は軌道を逸らされ、彼女自身の魔力の慣性に引きずられるように、彼女は無様に地面へと転がった。
「な、なに……!? 私が……魔力のない貴様に……?」
「拍子が合えば、千の兵も一の枝で制御できる。出直してくるがよい」
ケインは興味を失ったように背を向けた。
背後で、シルヴィアが屈辱と、そして信じがたいものを見た驚愕に震えているのを、彼は気にも留めなかった。
第二章:水の巻
その夜、ケインの小さなテントに客人が訪れた。
剣を手に、報復に来たのではない。
現れたシルヴィアは、肩を激しく上下させ、顔を真っ赤に染めて汗だくになっていた。
「……はぁ、はぁ……っ。……貴方の、あの……『技』を……もう一度……」
彼女は立っているのもやっとという様子で、ケインの足元に崩れ落ちた。
宮本武蔵としての眼が、彼女の異変を見抜く。
(なるほど。強すぎる魔力が、制御を失って器を壊そうとしておるのか)
彼女の体内では、氷の魔力が暴風雨のように荒れ狂っていた。それは彼女に圧倒的な力を与えると同時に、常に神経を凍てつかせるような激痛と、精神を昂らせる狂気をもたらしていたのだ。
これまでの彼女は、強靭な意志力だけでそれを抑え込んできた。だが、昼間ケインが見せた「完全な合気」に触れた瞬間、彼女の張り詰めていた糸が切れてしまったのだ。
「仕方あるまい。……来い」
ケインはため息をつき、スキル【五輪ノ書】の深奥、『空』の気をわずかに指先に込めた。
そして、跪くシルヴィアの額にそっと触れる。
「『空』とは、迷いの解けたところ。一点の曇りもなき理……」
ケインの指先から、冷たくも温かくもない、不思議な「無」の感覚が彼女に流れ込む。
その瞬間。
「……あ、……ぅ……ぁあ……っ」
シルヴィアの口から、艶っぽい吐息が漏れた。
荒れ狂っていた魔力が、ケインの「空」に吸い込まれるように凪いでいく。地獄のような激痛が消え、代わりに経験したことのない至福の安らぎが彼女を包んだ。
すると、どうだろう。
昼間の「氷の騎士団長」の面影はどこへやら。シルヴィアの瞳はとろんと蕩け、ケインの膝に頭を乗せると、すりすりと頬を寄せ始めた。
「……んぅ。……気持ちいい。……もっと、ケインの『空』を……流して……」
「これ、娘。ひっつきすぎじゃ」
「嫌っ。……ケインの匂い……枯れた草みたいで、すごく落ち着くの……」
くんくんと鼻を鳴らし、彼女はケインの服に顔を埋める。線香のような不思議に落ち着く香りが、彼女の精神を溶かしていく。
「……ずっと、痛かったの。重かったの。……でも、貴方のそばにいると……空っぽになれる……」
普段は冷徹に部下を律する彼女が、今はまるで、初めて安らぎを知った迷子の子犬のように甘えてくる。
彼女はケインの服の裾をぎゅっと握りしめたまま、幸せそうな寝息を立て始めた。
(やれやれ。これでは剣客の隠居生活というより、乳母の役目ではないか)
武蔵は苦笑しつつも、かつて熊本の洞窟で感じた孤独とは違う、奇妙な温もりを感じていた。
第三章:火の巻
それからというもの、ケインは「シルヴィアの個人的な従者兼、剣術指南役」という奇妙な立場で、騎士団に同行することになった。
昼間のシルヴィアは相変わらずの「氷の騎士」だが、ケインに向ける視線だけには、どこか熱っぽい執着が混じっている。
そんな折、事件は起きた。
隣国・ゼノス帝国のガルドス将軍率いる軍勢が、国境の砦を急襲したのだ。
「フハハハ! この魔剣『ボルガ』の餌食となるがいい!」
戦場に、ガルドスの傲岸不遜な笑い声が響く。
彼は身の丈を超える巨大な魔剣を軽々と振り回し、その圧倒的な魔力で我が軍の兵士をなぎ倒していた。
シルヴィアが前に出る。
「ガルドス! 貴様の暴挙、ここで断つ!」
「ほう、剣姫か。良い獲物だ!」
二人の剣がぶつかり合う。
シルヴィアはケインの教え――脱力と拍子を意識して戦おうとした。だが、ガルドスの放つ禍々しい殺気と、戦場の喧騒が彼女の心を乱す。
(落ち着け、私の心……! ケインが見ている。あの方に教わった通りに……!)
焦りが、再び彼女の魔力を暴走させた。
剣筋に迷いが生じ、拍子が狂う。
「甘い! 魔力こそが力! 技などという弱者の遊び、粉砕してくれるわ!」
ガルドスの一撃がシルヴィアの魔剣を弾き飛ばした。
「……あ、……っ」
絶体絶命のシルヴィア。そこへ、悠然と歩み寄る一人の影があった。
「やれやれ。修行不足じゃな、娘。火の巻は『戦いの心の持ちよう』と言ったはずじゃ」
ケインだった。
彼はガルドスの前に立ちふさがる。その手には、戦場には不釣り合いな、使い古された二本の木刀。
ガルドスは一瞬呆然とし、その後、腹を抱えて爆笑した。
「ハハハ! 何だそのガキは! 魔力も感じられぬゴミが、木切れを持って私に挑もうというのか? シルヴィア、貴様も落ちたものだな。そんな無能男を愛人にするとは!」
周囲の兵士たちからも嘲笑が漏れる。
だが、ケインの瞳に宿る光だけは、彼らとは別の次元を見ていた。
第四章:風の巻
「魔力か……ステータスか。なるほど、この世の理(ルール)はそれよな」
ケインが静かに二つの木刀を構える。
右手に長刀、左手に短刀。
その瞬間、戦場の空気が一変した。
「だが、『風の巻』に言う。他流の道を知り、己の道を磨く。……お主らの剣は、あまりに風通しが良すぎるわ」
「死ね、小僧!」
ガルドスが魔剣を振り下ろす。魔剣から放たれた劫火が、ケインを焼き尽くさんと迫る。
だが、ケインが木刀を軽く振ると――。
「『火の巻』――険難の戦い。火を消す如く、敵の勢いを『踏む』」
魔法の炎が、まるで打ち水を受けた炭火のように、ケインの闘気の前でかき消えた。
「なっ……!? 私の魔法を、ただの木刀で……!?」
驚愕するガルドス。彼はさらに魔力による高速移動でケインの背後を取ろうとする。
だが、ケインは動かない。
「『風の巻』――速きを嫌う。拍子を知らぬ速さは、ただの焦燥に過ぎん」
ガルドスの動きが、ケインの目には止まって見えた。
ケインは最小限の動きで、ガルドスの剣の「拍子」を外していく。
空を斬り、自分の勢いで体勢を崩すガルドス。
「馬鹿な……当たらん! なぜ当たらんのだ! 貴様、何を使った!?」
「何も使っておらぬ。ただ、そこに『在る』だけよ」
ケインの存在感が、次第に底なしの深淵のように、戦場全体を支配していく。
第五章:空の巻
「ふざけるなッ! 最大魔力出力! 全てを消し飛ばせッ!」
ガルドスが絶叫する。彼の全身から魔力が溢れ出し、魔剣ボルガが太陽のような輝きを放つ。
全魔力を込めた、必殺の縦一文字。
それに対し、ケインはただ、木刀をだらりと下げて立った。
無防備。
誰もがケインの死を、その消滅を予感した。
――しかし。
「『空の巻』。……有るを空とし、無きを空とする。これ、理なり」
パキィィィィィィン、という、硬質な音が響いた。
ケインは木刀を振ってすらいない。
ただ、ガルドスの魔剣が振り下ろされる直前、ケインが数歩、前へと歩んだ。
ただそれだけだった。
「……が、……は……っ?」
ガルドスの動きが止まった。
次の瞬間、ガルドスの両腕が、握っていた魔剣もろとも、肩の付け根から音もなく滑り落ちた。
「な……何が……起きた……!?」
ガルドスが膝をつき、自分の切断面を信じられないといった様子で見つめる。
斬られた感覚すらない。出血すら一瞬遅れて始まる。
ケインは静かに言った。
「斬ったという『事実』だけを、先にそこに置いた。……『空』とは、認識が現実を上回る境地。お主が剣を振るうという因果そのものを、ワシが先に喰らったのよ」
これが、スキル【五輪ノ書】の真の能力。
それは攻撃魔法などではない。
武蔵が「斬る」と認識した未来は、確定した事実として現実に具現化する。
「魔力? ステータス? ……くだらんな。剣の道において、其れは雑音に過ぎん」
最強の将軍が、魔力ゼロの少年に、一歩も動かれずに解体されていく。
その理不尽なまでの強さ。
戦場にいた全ての騎士たちが、敵も味方もなく、その神域の武に畏怖し、魂を震わせた。
シルヴィアは、ただ茫然と立ち尽くしていた。
自分が恋い慕い、依存していた少年。
その正体が、この世界のどんな英雄をも凌駕する、真なる「剣聖」であったことを悟り、彼女の心は歓喜と絶頂に塗りつぶされた。
終章:恋の巻
戦いの後、勝利に沸く陣営。
だが、その喧騒から離れた指揮官用の天幕の中。
ケインは、先ほどまでの鬼神のごとき気配を消し、いつもの「枯れた老人」の風情で椅子に座っていた。
「……ケイン!」
天幕に飛び込んできたシルヴィアが、鎧を脱ぎ捨てるのももどかしく、ケインに抱きついた。
「……怖かった。……貴方が、あまりに遠いところへ行ってしまう気がして……っ」
彼女はケインの膝に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き始めた。
戦場での凛々しさはどこへやら。今の彼女は、ただ一人の男に全霊で依存する、か弱い乙女だった。
「やれやれ。勝ったのだから泣くことはなかろう。それより、また魔力が荒れておるぞ」
ケインが彼女の背中を優しく撫で、その「空」の気で暴走を鎮めてやる。
「……んぅ……っ。……あぁ、これ。これなの……。ケインがいないと、私、もう駄目……」
彼女は蕩けた表情でケインを見上げ、その手を自分の頬に押し当てた。
「私は、貴方の剣になるわ。貴方の指し示すままに、全てを斬り伏せる。……だから、一生、私の『鞘』でいて……」
熱い告白。
だが、ケインは首を傾げた。
「鞘はお前の方だろう……」
「ふふ、その剣聖ギャグ、下ネタよ。……今夜も、離しませんから」
シルヴィアはケインの腕に深く絡みつき、その懐に潜り込む。
どうやら異世界でのケインの
(完)
――
カクヨムコンテスト11(短編)にエントリーしております。
応援お願いします。(短編書きマンなので、作者フォロワーおねがいします)
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