3.画面向こう側の悪意-2

「――どう思う?」


「んー、まぁ十中八九、会うことはできないだろうね。何なら自分が悪いことをしたなんて自覚すらないだろうから、謝罪してもらうことすら難しいかも?」


「えっ紗枝ちゃんの絵を意図的に真似して、傷つけるようなことをしたのに?」


「俺はyumeのことはよく知らんがな。いるんだよ、人を傷つけることに対して何の罪悪感も持たない奴が。むしろ自分の嫌いな相手だと物理的だろうが精神的だろうが“傷つける”という行為そのものに、悦を覚えたりもする。“そんなことで傷つくのが悪い”とか“弱い自分が悪い”とかな、しまいには、相手に原因があるように変換して、自分を肯定するんだ」


「えー…それじゃあ、このまま状況が変わらない可能性もあるってことですか…?」


「そこは優斗の腕次第、だな」


「やだ〜すごい責任重大じゃん〜。でもとりあえず送っといたよん。もしDMを無視したまま俺をブロックしたら、いろいろ誇張して拡散しちゃうゾ✩って入れといたから何かしらの返信は来ると思う♪」


「お前、それは脅迫じゃないのか…?」


「いやいや!そういうニュアンスでね?直接的な脅迫文章なんかじゃないよ?そんな危ないことするわけないじゃん〜」


 訝しげな目で優斗を見ると、少し焦ったように弁解をしてくる。そこらへんの線引きはきちんとしている男だからな、疑ってなんていないがこの言葉遊びが面白い。


「あ、早速返信来たよ〜。“そのような事実はありません”って。パクりっていうのが認めたくないみたい」


「やっぱり、すぐには認めないか…」


「これはもう想定内だよね〜。とりあえず返信してもらうことが最初の目的だからね、次で一気に攻めてみるよ」


「わー、優斗頼もしい…っ!」


「でっしょ〜✩まずは紗枝チャン華チャンに聞いたこと。あとは、ルナのことだね。写真のことはもうちょっと置いておこうか」


「だな。写真は切り札みたいなもんだ。その前に認めてくれたら1番いいんだけどな」


「ね。でも……ムリそうかな〜てかムリだね。うん、ムリだわ」


「どうした?」


「見てよこれ」


 優斗が見せてくれたyumeからのメッセージ。

 いろいろと書かれているが、要約すると――

 ・自分の知っている猫をモデルにしただけ

 ・華のスマホは見たが、どんな絵だったかなんて覚えていない

 ・そもそも紗枝のことなんて知らない

 と、あくまでも“知らない”を押し通している様子だ。


「ちょーっとムリがあるよねぇ」


「ああ、こんなの子どもの言い訳とレベルだ」


「写真のこと伝えてみたら?」


「そうだね〜それでも認めなかったら…紗枝チャンの名誉だけでも、取り戻さないとだね」


「だな」


「うん、それは絶対だね!」


「オッケー。はい、送信。…穏便に解決できたら良かったんだけどなぁ…」


 最後、ボソッと呟いた優斗の本音に心から同意する。中々、ままならないもんだ。


「あ、返信きたよー。この子すごい返信早いけど、大学生とかかな?社会人にしては言動が幼い感じするもんね」


「あぁ、まだ精神的に未熟な感じはするな」


「それで、何て来たの?」


「……“何が悪いの?”」


「え?」


「題材としては珍しくない三毛猫のイラストを描いただけ。それがたまたま似ちゃってただけ。勘違いして拡散したことは悪かったかもしれないけど、罵倒されたのはその子の人望がないからじゃないか、って」


「何それ、ひどすぎる…」


「優斗、ちょっとスマホ貸せ」


「え、あ、はい」


 あまりにも身勝手な言い分に思わず腹が立ってしまい、優斗のスマホでyumeへの返信を打っていく。

 自分がどれだけ身勝手なことを言っているのか。

 紗枝の困惑と悲壮、利用された華の自責の念。

 最後に、直接2人に会って謝罪する気はないのか、と問いかけた。


「すまんな、返す」


「いいえ〜✩桐生さんって実は人情深い男だよねぇ」


 優斗がニヤけながらこっちを見てくる。

 大樹、その慈愛に満ちた目で見てくるのはやめてくれ。


「何言ってんだ。ただ、これでも向こうが応えてくれなければ…俺はもう、何もしようがない」


「そこはほら、俺の出番じゃん?“人望がない”って言葉、そのままお返ししてあげちゃうよん♪」


 笑っているけど笑っていない。優斗と大樹にとっては小さい頃から知っている女の子が傷つけられたんだもんな。俺とは比にならないほど、内心では憤っているんだろう。


「――あれ、ブロックされたかも」


「は?」


「あー、ブロ逃げされちゃったな〜…裏垢で『まじうぜぇ』って」


「あぁ…」


「きっと桐生さんの言葉への反論ができなかったんだろうね。少しは“人を傷つけた”自覚だけでも芽生えてくれてたらいいんだけど」


「そうだな。今は素直に認められなくても、いつか心から自分の行動を省みることができるといいな」


「まぁ、そんないつかの話は別として〜向こうがまた余計なことする前に、俺のアカウントで発信しとくね。何かさ、伝えたいこととかある?この騒動に関わった人たちに向けて」


「…『画面の向こうにも人がいるよ』って伝えてほしい。ネットで誹謗中傷している人は、ただ文字を打っているだけで、そこにどれだけの感情を乗せているかはわからないけど…その文字を送った先には自分と同じ、感情を持った“人”がいることを忘れちゃいけないんだよ、って」


「相手の顔を見て言えないことは発信するな、ってことだな。今回の件だって、実際紗枝と顔を合わせて批判できる奴なんていなかっただろう、きっと。あ、あと『片方の話だけを聞いて決めつけるな』だな。そもそも“言ったもん勝ち”がまかり通るのがおかしいんだ」


「りょーかい。2人の言葉はしっかり伝えるよ。まずは紗枝チャン華チャンに連絡して〜投稿する文章作んないと。ってことでお先に失礼すんね〜」


「すまんな、面倒な作業は全部任せちまって。今度飲み奢らせてくれ」


「俺も!今度優斗の好きなナポリタン、大盛りで作るからっ」


「こういうのは適材適所、ってね。2人には2人にしかできないことがあるんだし気にしないで。でもラッキー✩厚意はありがたくいただきます♪」


「じゃあね〜」と店を出ていく優斗は、どこまでも軽い。だがその軽さがこの上なく頼もしくもある。


「無事、紗枝ちゃんへの攻撃が無くなるといいですね」


「あぁ、そうだな」



*

カランッ


「おっはよ〜」


「おはよー優斗。何か食べる?」


「うん、ホットコーヒーとサンドイッチちょーだい」


「はーい。座って待ってて」


「おう、優斗。おはよーさん」


「おはよー桐生さん。あれ、寝不足?」


「昨日は本業の方でちょっと、な」


「わー大変だったんだねぇ。お疲れさま」


「いや、優斗の方がお疲れさまだろ。どうなった?」


「そうそう、こんな朝早くから優斗が来てくれたってことは、何か進展あった?」


「まぁね〜やっぱりすぐ知りたいだろうなって思ってね。結論から言うと、ひと段落着いた、って感じかな〜」


「えっもう?一晩しか経ってないよ?」


「うん。昨日俺さ〜思ったよりも怒ってたみたいで。紗枝チャン華チャンの名前はもちろん伏せたんだけど、yumeに関しては、yumeを知っている人ならみんなが“yumeだ”ってわかる書き方で今回の騒動の一部始終を載せて投稿しちゃったんだよね。2人の絵と、ルナと紗枝チャンのあの写真も。あ、もちろん紗枝チャンの顔は隠してね。後ろにカレンダーもあったから10年前に撮られた写真だってこともバッチリ伝わるし、俺とのDMと裏垢のスクショも一緒に載せといたから〜もう言い逃れはできないと思うよ♪」


「おお…。それで、その投稿は紗枝ちゃんを攻撃してた人たちに届いてるの?」


「届いてるんじゃないかな?インプレッションすごい伸びてるし、拡散されてる数も、数千いってるから」


「それがどれだけすごいもんなのかはわからんが、まぁ優斗がそう言うなら大丈夫なんだろう。改めて、ありがとうな」


「いえいえ〜あとはyumeがこれに対してどういう反応をしてくるか、なんだけど……俺の投稿の後、結構な数の批判コメントがyumeのとこに来ててね。今はコメント欄とか全部閉じて膠着状態って感じなんだよねぇ」


カランッ


「おはようございます」


 優斗の話の途中、店のドアが開いて紗枝と華が2人揃って顔を出した。


「おはよー。紗枝ちゃん、華ちゃん」


「おっはー✩」


「おう、おはようさん」


「あの、昨日の投稿見ました。あの後、騒動で離れていった子たちから連絡が来たんです。優斗さんの投稿に書かれていた言葉に、思うところがあったみたいで……『疑ってごめんね』とか『辛いときに離れちゃってごめんね』とか、たくさんの言葉で『ごめんね』を伝えてくれました」


「そっか、良かったじゃん」


「でも…ひどい言葉で罵倒してきた人たちからの謝罪は逆に気持ち悪くなっちゃって。まだ、返信できてないんですよね」


「一方的に紗枝ちゃんを傷つけた人たちのことなんて赦さなくていいよ!あんなにひどい言葉をぶつけといて、ごめんで済むわけないんだから」


「その通りだ。誤情報に左右され、簡単に人を罵倒し、挙句すぐに手のひらを返す。そういった奴らはよっぽど改心しない限り根本のところは変わらない。紗枝がまた相手と関わりたいと思わないなら、無理して返信する必要なんてないと思うぞ」


「そうそう。こっちでyumeの動向を見ておくからさ、紗枝チャン華チャンは気にしないで心を休めときなよ。また何かあったら連絡するし〜」


「はい…」


「紗枝。もし気になることや伝えたい言葉があるなら、自分で発信してみるといい。無理に言葉を飾らなくても、自分の思うように。それで一区切りにしてもいいんじゃないか?」


「……っはい、そうします!」


「2人とも、本当にお疲れさま。2人は何も悪いことをしてないんだから。もしまた心ない人から何か言われても、気にしなくていいからね。あ、お腹空いてない?ホットケーキ食べる?」


「ありがとうございます、いただきます!」


 憂いが晴れたのか、やっと朗らかな笑顔を見せる2人にホッとする。若者はこうでなくちゃな。



*

「――yumeが、アカウントを消して逃げた」


「は?」


「え?どういうこと?」


「昨日あの後、紗枝チャンが例の写真と自分の描いた絵を載せて、改めて今回の騒動について投稿したんだよね。突然攻撃をされて怖かったこと、今まで仲良くしてた人たちに罵倒されて悲しかったことを、きちんと言葉にしてね。そうしたらその少し後に、yumeが自分のイラストに『サヨナラ』の文字を添えて投稿して、更にその数時間後にはアカウントごと削除。もう、強制終了した感じ」


「えーそんな終わり方……あっけないって言うか、何か後味良くないね」


「アカウント自体は完全に消えるまで30日間の猶予があるから、もしかしたらまた戻ってくるかもしれないけどね〜。まぁこんな終わり方をしたらまともな感性を持った人なら離れていくでしょ。もし新しいアカウントを作って転生したとしても絵師としてはね…。絵のクセって中々無くならないし、すぐ特定されちゃいそ〜」


「正直スッキリはしないが…これで紗枝を疑う奴は完全にいなくなるだろう。この先yumeがどうSNSをやっていくのかは、もう俺らには関係のないところだな」


「ですね。ひとまず、問題解決ってことで!」


「おつ~✩」


「でも今回も結局、優斗に頼りっぱなしだったね。俺何もしてないや」


「それを言ったら俺もだぞ。SNSの世界はよくわからんが……1度しっかり勉強した方がいいかもしれんな」


「なーに言ってんの。確かにSNSは俺の得意分野だったけど、今回だって、2人がいたからこそ紗枝ちゃんのトラブルを知れたんだよ?」


「それはそうだけど…」


「それにさ、俺は2人に感謝してんの」


「感謝?何のだ?」


「俺はさ〜報道系インフルエンサーなんてやってるからこそ、いろんな人のトラブルを見ていろんな人の裏の顔を見て……正直、キレイじゃないものの方が多いんだよね、人の本性なんて。だけどさ、ここに来ればいつだって大樹が笑顔で迎えてくれて。今では桐生さんともこうして話すことができる。どんな純粋培養だよって言いたくなる大樹の真っすぐさとか、同じように汚いものを見てきたはずなのに、芯がしっかりして淀みのない桐生さんの強さとか……ここの空気に、どれだけ救われてるかわかる?」


「優斗……」


「前も言ったじゃん?2人と一緒に身近な人の助けになることができる、って最高に幸せなんだよ」


「そうか、ありがとうな」


「それに、今回の件は2人の言葉もすごく重要だったと思うんだよね。SNSをやっていないからこその、“人”としての言葉。SNSに浸かりすぎて麻痺しちゃっている人たちにはきっと、すごく響いたと思うよ」


「それなら良かったけど」


 へへっと、大樹が照れくさそうに笑う。


カランッ


「おはよう、大ちゃん、桐生さん。あら、やっぱり優ちゃんもいたわね」


「おはよう、千代子ばあちゃん」


「千代ばあ、おっはー」


「おはようございます」


「紗枝の件、無事に解決できたんですって?今朝、紗枝が嬉しそうに教えてくれたのよ。本当にありがとうねぇ。」


「ううん、頑張ったのは紗枝ちゃんと華ちゃんだよ」


「そうそう、本格的に終止符を打ったのは紗枝チャンだしね〜」


「まぁまぁ。ふふふ。ほら、お礼におはぎとお饅頭買ってきたわ。あとこれ、クリーニングのサービス券ね。ぜひ使ってちょうだい」


「わ、しげさんとこのおはぎだ!ありがとう、千代子ばあちゃん」


「やったね、シゲじぃの作る和菓子大好きなんだ〜✩ありがとぉね」


「サービス券、助かります。ありがたく、使わせてもらいます」


 溢れる笑顔が、今日も眩しい。

 この優しい空間を失わないよう、俺もできることを増やしていかないとな。


「あ、そういえばね、茂さんが何か困りごとあるみたいなのよねぇ。今度話を聞いてみてくれない?」


「もちろん!桐生さん、後で茂さんとこに行きません?あそこはお団子も美味しいんですよ」


 ……目的は話を聞くことなのか、お団子を買うことなのか。まぁいい。


「そうだな。話を聞いて、帰りに団子を買って帰るか」


「はい!」



 ――ここ、喫茶こもれびで始めた、何でも屋。

 商店街の人たちの温かで緩やかな空気と、この屈託のない笑顔を守るため。俺も精進していくとしよう。

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喫茶こもれびの小さな事件簿~商店街の何でも屋~ 依羽 @yoriha_note

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