世、妖(あやかし)おらず ー訛猫(かびょう)ー

銀満ノ錦平

訛猫


 猫には魔性溢れる魅力がある。


 大きな目に愛らしい耳、高らかに耳に残る鳴き声には私の脳汁を蕩けさせる能力を発揮させる…。


 私の住む地域には、結構な数の野良猫が生息しており、住民の方々は繁殖防止の為、適切な対応…つまり避妊手術を施している程には、猫と人との共存が密着していた。


 どの家の庭にも2、3匹の猫が定住していてほぼペット感覚…いや、もう半ば家族に近い感覚で接し、猫も私達によく懐いているので、そこまで問題など起きず、とても心地良い日々を過ごしていた…。


 …しかし、猫町としての噂が広がると心無い人間が知らずの内に自身のペットを捨てに来たり、猫で栄えていたが、地域の過疎化により猫が野生化したので環境の整っているうちの所に放してしまう…なんて事象もあり、それも当事者を見つければ良いわけだが、そういうギリギリの精神の人間は何をしてくるか分からない…。


 朝昼なら、地域の見回りや注意をしていればよいが…時には夜に放す者がいるせいで避妊していない猫が避妊した猫に襲い掛かったり、避妊していない同士の繁殖行為により偶にどこぞの知らない子猫が増えてしまって、私達の手を余計に煩わす結果になってしまう事も多々ある…。


 だが、此方に来てしまった以上は捨てるわけにもいかない…だが地域で把握できて、共存出来る猫の数というのも限度があるので、その時は仕方なく保護猫を扱っている業者等にお任せを願う他ないのが辛い所であるのです…。


 そんな、猫と共に過ごしていたとある日に…私が猫の餌を交換と草むしりの為に公園で作業をしていた時…。


         にャ〜。

 

 と妙な声色の猫の鳴き声が聴こえたので、鳴いた方向に顔を向けた。


 何もいなかった。


 この広場は、特に目を遮るような遊具や公共物は無いので何処かに隠れようとしても隠れる場所も無いし、すぐ視界に入るはずであるが、猫の気配など全く感じない。


 草が生えてるには生えてるものの、猫が隠れる様な大きさではない為、結局は近場で猫を視界に収まってない以上はこの場に猫が居なかった…という状況にある訳である。


 猫に会いすぎた弊害でいない場所からも幻聴が聴こえてしまったのか…それとも本当はいたけど私が気が付かなかったのか…どちらにしろ私に疲れが出始めたのかとこの日はさっさと作業を終えて帰路に着く…。


        ニゃ〜。


 また風変わりな猫の鳴き声が聴こえた…。


 長年この地域には住んでいるので、ある程度猫の鳴き声は把握しているので今まで聴いたこと無い鳴き声に若干ながら病気の猫が潜んでいるのか…等の不安を覚えてしまう。


 偶々、庭の草むしりをしていた御婦人に変わった鳴き声をしている猫がもしいたら連絡して欲しいと声を掛け、この日は何事もなく1日を終えた…。


 翌日…私は朝起きて、身支度を始めながら陽の光と共に鳴り響く猫の鳴き声に頭を揺さぶられながら眠気を覚ます。


 何時もの猫の声…


 ニャー ニャー ニャー ニャー ニャー…。


 朝からよく泣くなあ…と微笑ましく耳を傾けていた。


 ニャー ニャー ニャー ニャー ニャー…。


 ニャー…ニャ…ニ…ャ…。


 猫の鳴き声が所々私は違和感を感じ、窓から外を見回す。


 虎柄のオス猫が寝転がっている…。


 鼠色のメス猫が隣の家の壁に擦り寄せている…。


 戯れている猫同士の鳴き声は…とても元気だ。


 なんら違和感も無いいつもの光景…その筈だったが…。


 にャ〜 ニゃーー にや に…ゃ… ニ゜ゃ゛ー…。


 鳴き声にノイズの様な音が紛れ込んでいる…。


 これは…本当に猫の声なのか…?


 私はこれが、鳴き声というか【猫の鳴き声に擬装している音の様な何か…】にしか聴こえず、不安になり外に出て視界に映る猫達を確認しに行くも、皆いつも聴く耳障りの良い鳴き声に安堵を得る。


 再び家に戻ろうとすると…。


 にャ〜 ニゃーー にや に…ゃ… ニ゜ゃ゛ー…。


 再びノイズじみた猫の鳴き声が耳に入り、私は少し怯えながら音の方向に思い切り振り向く。


 先程まで庭で戯れていた【いつも見慣れた猫】はいなかった。


 そこに存在していたのは、【猫のシルエットだけを真似た人の姿をした化け物】が口が裂ける程の笑顔で私を凝視していた。


 私は身体が動かず、その化け物と永遠に近く感じてしまう位に互いに見つめ合っていた。


 私は恐怖で動けずに…。


 化け物は、私をまるで愛おしく母心で見守る様に…。


 その化け物は最後に


 にャ〜 ニゃーー にや に…ゃ… ニ゜ゃ゛ー…。


 とノイズの混じった鳴き声を最後に発し、そのまま霧の如く消えていった…。


 私はその後気を失ってしまい、よく庭に来る長寿猫が私を心配そうに舌で舐めていた感触で漸く気が付き、慌てて周囲を見渡すも先程の化け物は見当たらず…。


 もしや不審者なのでは…と周囲にも注意喚起と共に目撃したかの情報を募ったが、結果は誰も目撃しておらず…という結果に至り、私は余計に混乱に陥りかけてしまい、流石に疲労が原因とは言え地域で愛されている猫を無理矢理変化した様な化け物を見てしまった…なんて誰にも言えるわけないし、そもそも猫にも失礼な気持ちになってしまって、もしかしたら猫の世話をし過ぎた事による過労ではないか…と判断し、近所の方に少し猫の世話の日を任せてもらい、仕事も少しの間リモートワークに変更してもらって家で引きこもりながら身体の休息を摂る事となった。


 ここ十数年は、仕事終わりの休息が猫の世話だったのもあるが、それが日常化していたせいで身体を動かさない日常に違和感が生まれてしまう。


 猫の鳴き声が外から響いていても、私は休んでいると暗示を掛けながら無視するのも中々キツく、時折外出した際にも、猫が私に纏わりつくのを「今日は御免ね…。」と払い除ける程ではないにしろ、そそくさと去っていくのは中々つらいものがあった。


 数日間猫を無視した生活を送ったが、結果…矢張り猫と関わらないと心にすっぽりと穴が空き始め、それが埋まらずに何とも言えない苦しく悲しい気持ちに苛まれてしまい、余計にストレスが溜まるのが実感したので、再び何時もの猫と関わる日常に戻ることにした。


 結局、猫との生活が板に付いたというか身体に滲んでいたというか…矢張り自身の空いた時間と心の穴を埋めてくれるのはこの地域に住んでいる猫しかいないのだ。


 そして数ヶ月…あの奇っ怪な幻覚なぞ忘れて、いつも通りの猫と戯れる日常に戻った昼下がり…私は別の広場で猫の餌変えと草むしりの作業をし始めた時…広場から猫が鳴き始めた。


 この広場は以前作業した広場より狭くて、猫の通りが目に止まりやすい事もあり、


          ニャー…。


 相変わらず耳心地の良い猫の鳴き声…。


 正に猫撫声という言葉が当て嵌まる程の甘えた鳴き声が私は本当に好きで、この鳴き声を聴きながら此方に駆け寄り頭と身体を擦り寄せてくるのが待ち遠しくてこの場所に居続けると言ってモ゙過言ではない…。


 極楽、天国、桃源郷…。


 パラダイス、ユートピア、オアシス…。


 私達が猫を家族として…また、猫が私達を家族として…この共存生活に私は依存してしまっているが、後悔は全くしていない。


      ニャー…ニャー…


 猫が私を呼びかけている。


     ニャー…ニャー…にゃ…


 猫の鳴き声が遠くなっていく…私は猫が離れるのが嫌でその鳴き声が聴こえた草むらに駆け寄って、私はしゃがんで猫を呼ぶ。


    ニャー…ニャー…に…ゃ…


 …鳴き声がほそぼそにフェードアウトしていく。


 心配になり草むらの向こう側を覗く。


 いた。

  

 猫はちゃんといた。


 いや…違う。


 猫のシルエットはしていた…。


 していたが…その猫は人の皮を被ったような出で立ちをしていて、猫と同じく猫背で四つ脚で座り込みながら別の猫を凝視していた。


 あの時見たあの猫の様な化け物だ…私はここで記憶がフラッシュバックしてしまい、そのまま身体が動けずにいるとその猫の化け物が此方に振り向く…。


 充血した目に口が頬まで裂けていて、まるで満面の笑みを最大限に発揮している様に…しかしそれはもしかしたら頬まで口が裂けているからそう見えていただけかもしれない…それ程表情が掴めない恐ろしい顔だった…。


 殺される…!食べられる…!と私は空振して声が出ないにも関わらず、絶叫にならない絶叫を叫び続けるもその化け物は全く反応せずただ私を見ていた。


 そして…鳴いた。


 にャ〜 ニゃーー にや に…ゃ… ニ゜ゃ゛ー…ザーー…。


 



 


 

 




 


 

 

 

 

 


 

 

 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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世、妖(あやかし)おらず ー訛猫(かびょう)ー 銀満ノ錦平 @ginnmani

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