パヴァーヌ・オブ・マイライフ

雨宮ろみお

第1話 西島と教室

「西島先生、今日17時15分から会議あるんでよろしくお願いします」

自席に着いてすぐ、いきなり隣の先生に声をかけられたのでびっくりした。

そうだ今日は、憂鬱だがもうそれにも慣れてしまったような、会議の日だった。


時計を確認し、教科書やプリントやらを掻き集めたものを持って職員室を後にする。

そして、理科実習室のなかなか開かない鍵を無理矢理こじ開けて中に入った。

いつも通りカーテンを勢いよく開け、舞い散る埃を避けながら窓を開く。新鮮な空気で心がいっぱいになった。

いつまでもこの素晴らしい、なんとも表現できない心のゆとりに満ちた時間がずっと続けばいいのに、と思い諦めの笑みをこぼす。

教卓で本を読むなどしていると、ふと黒板に文字が書かれていることに気がついた。


「西島先生 今日の12時に音楽室に来てください」

意味が分からず、いや本当は分かっていたが、何回もその文字を見返した。奇妙だ。こんな告白だか喧嘩だが知らないが、小説や漫画でしか見たことのないことがあるだろうか。

悶々と考えるうちに、授業10分前のチャイムが鳴った。本当は誰がいつ書いたのか調べたかったが、授業開始が迫り、これは生徒に見られてはいけないという直感に従って黒板の文字を綺麗に消し去った。

消し去ったと同時に、1人目の生徒が教室に入ってきた。

少年は挨拶もせず無言で、若干気まづい気分になりながらようやく授業の準備を始めた。

今日は3年生か、とふと思う。そして、行き場のない目線を埋めるように、いち早く席に着いてその瞳を熱心に本に注いでいる少年を見つめた。

本の名は、「楽典」。

それを見て私は軽く顔をしかめたが、少年は受験生にも関わらず楽典など読んでいて大丈夫なのかと心配になった。


それよりも、と授業の準備を進める。授業1分前になってようやく生徒がぞろぞろと教室になだれ込んできた。


チャイムが鳴り、弱々しい号令とともに授業は開始する。

「本日は教科書の解説と演習を行います。教科書28ページを開いてください」

生徒たちのげんなりした顔が見える。こればかりは仕方ないから、せめてこちらにその顔を向けてくるのはやめて欲しい。

教科書を捲り、授業に集中しなくては、と思ってもつい黒板の伝言を思い出してしまう。どうせ、ただの悪戯なのに。

私が長々と説明をしている間に、生徒はこそこそと関係のない話で盛り上がっている。だが、それを注意する気力もなかった。

ぼんやりとした頭で生徒を眺めていると、雑談の中でただ1人、こちらを見据えている瞳に気がついた。


あの少年が、私の手を見つめていた。

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