あまくに一家!

りんくま

第1話 父を殺めて

カツーン……


カツーン……


薄暗い廊下に、硬い革靴の音が響く。鉄格子の窓からは薄く日が射し、コンクリートの床に模様を作っている。

時間は分からない。

日の傾きから測れるような才能は持ち合わせていない。


カツーン……


カツーン……


足音は、自分の独房に近づいて来る。並びの牢からは、先程の食事の時間とは打って変わって、沈黙が流れている。皆、あの拷問のような尋問を恐れているのだろう。

ジワジワと心を追い詰められ、気づけば罪を認めてしまっている。例え無実であっても。死んでしまった方がどれ程楽だろうか?そんな話をよく聞く。

自然と、膝を抱える腕に力が入った。

だが、俺は既に罪を認めているのだ。後悔もしていない。来るなら来い!


カツーン……


カツ……ザッ


自分の独房の前で止まった。

覗き窓から、鋭い目が光った。

「44番!面会だ。出ろ」

ガチャリと鍵が外され、重い扉が開いた。

「面会?いよいよ留置所に行けると思ったのによぉ」

「余計な口を叩くな!」


ガシャン


手錠をかけられた。

「さっさと歩け!」

鎖を繋いた手錠を乱暴に引っ張られ、廊下へと引きずり出された。


道すがら、それぞれの独房から好奇心の視線を向けられながら、長い廊下を歩いた。

「なぁなぁ、俺はもう死刑なんだろう?なんたって実の父親を殺したんだ。さっさと断頭台に乗せてくれよ!」

身体を揺さぶって、戯けて見せるも、監視員は視線すら向けない。

「頭がスースーして、どうにも落ち着かないのよ~、早くスカッとやっちまってほしいもんだぜ」

ここに入ってすぐに剃られた頭を、監視員に向けた。

「髪の毛あった頃は、なかなかのハンサムだったのによぉ、これじゃあの世行ってもモテねぇじゃねぇか!」


ゴォン……


面会室に続く扉が開かれた。

「入れ!」

透明な壁の向こうには誰も居なかった。

「あ……?誰も居ねぇじゃねぇか」

「座れ!」

乱暴に肩を押さえつけられ、硬い椅子に腰を下ろした。


どうなってんだ…?

面会人が後から入るなんて、聞いたこともないぞ。


その時


ズンズンズン………


ん?


ズンズンズン♪


軽快な音楽が聞こえてきた。


なんだ……?!


チャララ〜ラ、チャ〜ララ〜ララララ♪

………ロッキーのエンディングテーマ?!


「か、監視員!これは……」

振り向くと、そこに監視員の姿は無かった。代わりに、自分の兄弟たちが肩を組んで並んでいた。

「はっ?!お前たち、なんでここに?!」


その時

透明な壁の向こうから、ヒゲをたくわえた中年男がバッと顔を覗かせた。薄汚れたシャツの前を大きく開け筋肉隆々の胸元を強調している。彼は、大きく手を振り上げると、声高らかに叫んだ。


「エイドリアーーーン!!」


「わーーーーーっっっ!」


その中年男の顔は……


「クソ親父ぃぃ!!!!」


ーーーーはっ!!

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

じっとりと汗をかきながら、辺りを見渡すと、兄弟たちが寝息を立てて眠っている。

一人、枕が隣の兄弟だけ、目を丸くして顔を覗き込んでいた。

「兄ちゃん、大丈夫かよ?」

二つ下の弟だ。


「…………親父……」

「え?」


「親父殺してムショにぶち込まれてる夢見た!」


弟は口を大きく開けた。

「兄ちゃん、それ……」

他の兄弟たちも、ゆっくりと起き上がった。

そして、一斉に声を上げた。


『シャレになんねぇからーーーーー!!!』



     「朝飯戦争」


ガチャガチャガチャ。

ドタドタドタドタ。

バタン!

「うえぇぇぇん!」

ワンワン!

ブオオオオーーー!

泣き声、犬の吠え声、謎の雄叫び。

果てしなく騒音が続く二階建ての一軒家。その庭先で、七輪に魚を乗せ、必死に団扇を仰ぐ男がいた。

白のタンクトップにパジャマのズボン。

周囲など一切気にせず、額の汗をぐいっと拭った。


網の上の鯵は、プチプチと音を立て、香ばしい香りを放っている。


その時。

ガラガラガラ……バタン!

カチッ!


「え??」

サッシが閉まり、続けざまに鍵がかかった。


「おい! なんで閉めるんだよ! 入れなくなるだろ!!」

ドンドンドン!

殴るようにサッシを叩く男に、室内から怒鳴り声が返ってきた。

「朝から魚くせぇんだよ! チビ共が朝はパンがいいって、いつも騒いでんだろうが!」

サラシを巻き、ジャージ姿の筋肉質な少女が仁王立ちしている。

天国二葉(あまくに・ふたば)、十五歳。天国家の長女である。


「パンだぁ??あんなスッカスカなもん、腹に溜まるか! 朝は米に限るんだよ! お前も手伝え!」

二葉は、ペロッと舌を出すと、踵を返して部屋の奥へ消えていった。

「おおお〜〜〜い! 鍵開けろぉ!!」


その時。

ガチン、ガチン、ガチン!

軽快な音が近づいてくる。

サッシの向こうで、短髪の少年が箸で茶碗を叩いていた。

天国喜三太(あまくに・きさんた)、十二歳。

天国家の次男である。

「兄ちゃん! 魚まだか?! 俺もう、ふりかけで米食っちゃったよ!」

「喜三太! 持ってくからサッシ開けてくれ!」

「は〜らへった♪ はらへった〜!」

歌いながら茶碗を鳴らす喜三太。

「だから! ここを開けろっての!!」

その背後から、少し落ち着いた声がした。

「きぃ兄さん、二葉姉さんがホットケーキ焼いてくれましたよ〜」

小柄で眼鏡の少年。

天国旺四郎(あまくに・おうしろう)八歳。三男である。

「ヒャッホーーー!!」

喜三太は飛び上がると、一直線に部屋の奥へ駆けていった。

「おいーーー!! 開けろぉ!!!」

男がサッシに張り付くと、小さな影がちょこちょこと近づいてくる。

「あっ、皐月! 睦月! 鍵開けてくれ!」

くるくるカールのツインテールの少女は、天国皐月(あまくに・さつき)、五歳。

ショートボブの幼児は双子の弟、天国睦月(あまくに・むつき)


天国家の末っ子たちだ。

「いち兄さま! さつきがお助けいたしますわ!」

皐月は鍵に手を伸ばすが、背が届かない。

「誰か呼んでこい! あ、旺四郎にしてくれ!」

——が。

皐月はその場に膝から崩れ落ちた。

「え?」

「いち兄さま……無力なさつきをお許しください……。愛しいあなたをお助けする力もない、か弱い私……なんてもどかしいのでしょう……よよよ」

ハンカチで目元を押さえ、小芝居を始める皐月。

「皐月ぃぃ!! 旺四郎呼んでこい〜〜〜!!」

男のイライラは限界を迎えつつあった。

そこへ、すっと睦月が前に出た。

「睦月!お前なら 分かるな?! 旺にぃちゃん呼んで来てくれ!」

縋るようにサッシに顔を押し付ける男。


次の瞬間——

睦月の目に涙が溜まり、獣の如く叫んだ。

「ぷぎゃあぁぁぁ!!

いち兄ちゃんがボクのサっちゃん取ったぁぁぁ〜〜〜!!」

「なんでーーー?!!」


睦月は双子の姉が好き過ぎて拗らせていた。

「むーちゃん、泣かないの。

あなたと私は双子……結ばれない運命なのよ」

皐月は睦月の手を引く。

「ホットケーキ、あ〜んしてあげるから行きましょう」

「うん!」

二人は仲良く手を繋いで部屋の奥へと消えていった。


「……お前たちぃぃぃーーーーーーーー!!!」

その背後から

ぷす……ぷす……

焦げた匂いが漂ってくる。

「……え?」

振り向くと、七輪から黒煙がもくもくと立ち上っていた。


「ああああああ〜〜〜!!

俺の朝飯ーーー!!」


絶叫と共に崩れ落ちたこの男——

天国一路(あまくに・いちろ)十七歳。

天国家の長男にして、この物語の主人公である。



やぁ!一路です。

みんな、俺たち兄弟のなまえを覚えてくれたかな?今日から、毎週火曜・金曜の19時に更新していくぞ!

さて、次回の「あまくに一家!」は!


「六兄弟の日常」

みんな!朝はしっかり食べるんだぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る