2.奪った弟と奪われた兄
片割れの命を奪って生まれてきました。
生まれ落ちた瞬間に、ヒオウはきちんと泣き叫んだ。けれど一緒に胎の中にいて一緒に産声を上げるはずだった片割れは、一切の声を上げなかった。泣き叫ぶヒオウをよそに死に向かった片割れを、多分ヒオウは最初から「助けて欲しい」と懇願したのだ。
片割れのすべてを奪って、生まれ落ちました。
「ヒノト」
黒いスーツと喪服の区別がつく人間が、どれくらいいるだろう。真っ黒なネクタイさえ外してしまえば、きっと誰も気付かない。真っ黒なネクタイは外して胸ポケットに突っ込んで、刀は細長い筒の中に放り込んで背負い直す。たったこれだけのことなのに、異質な人間からそこらにいる人間に変わるのが不思議だ。
病室の中、機械音がしている。白いベッドの上に座っていたヒノトが、室内に入ってきたヒオウの姿に笑みを浮かべた。
一卵性双生児はどうしたって外見が似る。けれど健康に生きてきたヒオウと、ほとんど病室から出ることもなく生きてきたヒノトとを、見間違える人間はいない。奪ったものと奪われたものと、残酷なまでに差があった。
「さっき変なものが飛んでるのが見えたから、来ると思った」
「危ないから窓際に寄るなって、いつも言ってるだろ。病院は――「心身が弱ってる人間が多いから狙われるんだ、だろ? ちゃんと覚えてるよ」
言おうとしていた言葉はすべてヒノトに奪われた。微かな笑い声を上げて、ヒノトがヒオウを見ている。伸びっぱなしになって長くなった黒い髪には艶もなく、笑ったところでその顔には血の気もない。
ただここで管に繋がれて、命を繋いで。いっそのことヒノトがカセツの生を繋ぎ続ける神の【言祝ぎ】を手にしていたら良かったのに。そうすればすべてを強制的に断ち切り奪うヒオウにも対抗できて、こんなことにはならなかった。
この世に生まれることは、祝福か。祝われるべきことか。こんな風にしかヒノトは生きられず、それはすべてヒオウに責任があるのに。
ざわりと影が蠢いた、気がした。目をすがめて周囲を見ても、それ以上は異常がない。あの蝙蝠のように空を飛んだ首のせいで、心がささくれ立っている。
座れとばかりに、ヒノトが自分の傍らを叩く。肌も病院着も白い彼の隣に黒に埋もれた自分が腰かけることに抵抗はあったが、それでもヒオウはヒノトに逆らわない。
「俺のことはそんなに気にしなくても良いのに」
「それは無理」
「自由になって良いって言ってるのにさ」
「自由なんていらない。俺はヒノトのために生きるって決めたんだから。俺が奪ったもの全部、お前に返すつもりで生きるって」
全部全部、奪い取った。
健康な体も、自由も、何もかも――家族さえも。
三年前の豪雨が何のせいであったのかなど知らない。異質な存在たちによるものか、真実自然災害であるのか。当時まだ大学生だったヒオウは少しだけヒノトのことを忘れていた。新しい大学での生活というものに浸りかかって、忘れてはいけないものを忘れかけた。
だから、あんなことになったのだ。
遅くまで大学での友人と遊んで、雨がひどいから泊まっていけと言われて、ヒオウはそれに頷いてしまった。その晩に降り続けた豪雨は土砂崩れを起こし、ヒオウの家は巻き込まれて土に埋まった。
声がして、掘り起こそうとして。爪の間に土が入り、爪が剥がれ、それでも土を掘った。そうして届いた手の先には母がいて、けれどその命はもう尽きかけていた。
母が言ったのだ。ヒノトを、どうか、と。そうして母は力尽き、数日後に土の中から発見された父も、祖父も、祖母も皆、もう二度と帰らぬ人となった。
ずしりと圧し掛かってきた絶望は、声もない。絶叫でもしてしまえれば、もっと何か違っただろうか。けれどヒオウはそれすらできずに自分と自分の運命だけを呪ったのだ。
そして、声を聞いた。ヒオウのことを、すべてを奪ってしまったヒオウを、【言祝ぎ】する声が。奪ったのならば奪い続けるが良いと、そう【祝う】声が。
お前のその絶望を侵略者に向けよ。お前はすべて奪うが良い。
手の中に、すべてを奪った理由が転がり込んだ。だからヒノトは、病室にいる。だから家族は、みんな帰らぬ人となった。何もかもすべてヒオウが奪ったから、実ヒオウという存在がそもそも奪うことしかできないから。
「ヒオウのせいじゃないよ」
「俺のせいなんだよ、全部。神様だってそう言った」
奪うことがヒオウの【祝い】だった。神に与えられた【言祝ぎ】だった。
そうして奪って、奪って――その先に。この奪ったものを返す瞬間があればいい。この命が終わる瞬間でも構わないから。そうしてヒノトにすべてを返せるのなら、きっとヒオウは後悔なく笑って死ねる。
きっと、家族のところには行けない。あまりにも奪いすぎたから。天国だ地獄だそういうものを信じているわけではないが、きっと家族は良いところに行った。ヒオウだけが罪を償う場所にいく。
そろそろ帰ると告げれば、ヒノトが笑う。どこか悲しそうな顔をして笑うヒノトの言いたいことが分かっていて、それでもヒオウは分からないふりをした。
自由になんてならなくていい。なりたくないし、なれなくて構わない。
ざわりと、また影が蠢いたような気がした。ここには何もいないはずなのに。ヒオウがきちんとすべて片付けたはずなのに――だからきっと、気のせいだ。
誰かの、「寂しい」という声なんて。
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