第2話 盤上の道

 「やっと終わったー。」

 水曜日の夜11時、悠は自室で伸びをした。この二日間、悠の自由時間は武田先生からの無茶な百局対局課題と、柊成学園名物鬼教師、高橋先生からの地獄のレポートに溶けた。今やっと記念すべき百局目が終わったところである。

「五十二勝三十七敗十一分。初めてだしこんなもんか。」

 二日間暇があればチェスをし、勝っては負け、勝っては負けを繰り返してきた。自分の実力がわかりやすく上がっているのを感じる。

「にしても疲れたー。」

 チェスの試合は早ければ数分、長いと数十分かかる。試合後に自分の手を見直す局後検討の時間も含めると膨大な時間を費やしたのだとわかる。10代前半にしては凝りすぎた自分の首筋を揉みながら考える。

「あれはなんだったんだろう、、、。」

 昨日の夜、確か四十八局目。レポートが終わった後に40回以上試合をして極限状態に合った悠はクイーンを取られ負けるのは避けられないと思われた。キングもルークも危ういなか、盤上に一筋の光の道が見えた。白ビショップからf5にすっと通った光を数十秒見つめ、わけもわからずその道のままに一手を指した。Bf5。その一手で劣勢だった悠は大逆転を果たしたのだ。勝った後も放心状態となった悠は、「自分は天才なのではないか。」と考えた。自分は天才で、これからもその素晴らしい力で勝ち続けられるのでは、と。しかし、四十九手目であっさり負けた。それ以降何度も試してもあの光の道が再び盤上に現れることはなかった。

「何かの見間違いかな。適当に指したらたまたま絶妙手になっちゃっただけだろ。それにしてもAIってすごいなあ、とにかく正解に指してきて隙が全くないんだから。」

 百局中二十局はAIとの対戦だった。あまりにも好きのない動きに悠は全く歯が立たず一回も勝てなかった。たまにAIはよくわからないところでキングを動かしていた。きっとAIはキングが攻められると思ったのだろうが、悠にはキングを攻められる手なんて思いつきもしなかった。それだけAIは先を読みチェスをしているのだろう。

「みんなすごいなあ。丈ちゃん、サボらずやってるかなあ。」

 疲労困憊の彼の意識はゆっくりと夜の闇に落ちていった。


 「おはよ。悠。」

「あっ丈ちゃん。おはよ。課題大変だったよな。」

「あーあれな。俺裏技見つけたんだよ。」

「うらわざー?」

「そう嫌な顔すんなって。五回くらいしか使ってないからさ。」

「ズルしちゃダメだよ。」

「お前は頭が硬いなあ。人間真面目にやるより賢くやる人間が生き残るんだよ。」

「で、どんな裏技?」

「ボット対戦をして、一手も指さずに投了するのさ。そうすればカウント上は一大戦になる。まあデメリットもあって、必ず負けになるってことかな。だからそんなに使ってない。」

「た、丈ちゃん、後ろ。」

「えっ?」

 後ろには顔を引き攣らせながら笑う武田先生がいた。1限目が武田先生の現代文なのを忘れていた。

「吉野君、、、。」

「ヒィ、、、!ごめんなさいー!!!!!」

「今日の部活、覚悟しておいてね。」

 真面目でも、賢くもなかったな。生き残れなかった相棒にそっと手を合わせる。

「御愁傷様。」

「お助けーーーーー。」

 相棒の悲痛な叫びがチャイムと同時に校舎中に響き渡った。

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盤上遊戯の流儀ーチェスの世界へようこそー @aseroraapple

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