第6話 タルトタタンもどきにアイスと謎を添えて・下
「クリームとアイスどっちにする?」
いそいそと店に戻ってきたカミラを出迎えたのは、店主のそんな一言だった。ただでさえケーキを待ちわび足取り軽くやってきたカミラは、それですっかり待ち時間の苦痛を忘れ去り、きらきらと目を輝かせた。
「い、いいのか!? そんな素敵なものを……!」
「まあレシピにはないが、アップルパイにはつきものだろ。で、どっちだ」
バルトは軽く言ってくれるが、甘い物好きかつ年若いカミラにとって、このような選択はあまりにも重大だった。ぐうっと眉を顰めて苦しげな顔で首を右へ左へと捻り、うぐぐとうなり声を漏らしながら斜め上をぎゅうっと見上げる。
「……あ、アイスで!」
「よしきた」
決め手になったのは、ぽかぽかと暖まった店内の室温だった。クレームシャンティイも美味しいが、冬の晴れ間に暖かな室内の窓辺で、穏やかな日差しを浴びながら食べるアイス添えのリンゴのケーキは、きっとさぞかし美味しいことだろう。
未知の味と既知の味にそれぞれ思いをはせてうっとりとするカミラの前に、バルトはすっかり熱のひいたフライパンと皿を持ってきた。
「お前型から出すとこ見たそうだから、とっといてやったぞ」
「うわあい!」
案の定元気に喜んでくれるわかりやすいカミラにしたり顔で頷き、バルトは皿をかぶせたフライパンをくるりとひっくり返す。レシピには丁寧に、型から出す前に型の周囲を少し暖めると失敗しにくい、なんて訳注までついていた。どうやらこの本がある異世界というやつは、随分親切な場所らしいとバルトは思っている。
ゆっくりとフライパンを持ち上げると、皿の上にはツヤツヤとしたカラメル色のタルトタタンが登場した。ぎっちりと固められたリンゴ達はフライパンの形に沿って丸く整然とドームを形作り、皿の上で輝いている。
「うおお……」
カミラの歓声はその外見を裏切り、おっさんくさい低音だった。体感であまりにも長すぎる時間を待った結果、シンプルな高テンションでいられる時期を過ぎてしまったせいだ。おかげで珍しいコレクションを見た好事家じみたリアクションになっている。
仏頂面の店主は、普段からやや変人と言って良い常連のそんな反応に、いちいち一喜一憂はしない。まあその目の輝きからして大喜びしていることは間違いないので、それさえわかれば問題なかった。
というか問題はむしろこれからだ。型から出してもいなかったのだから、当然バルトだって味見はしていない。切り分けたケーキを盛り、アイスを横に添えて、二人分の皿と紅茶がそれぞれカウンターの中と向こうに置かれた。
リンゴを崩し、汁気を吸って少しずつ柔らかくなりつつある生地にフォークを差し入れて、最初の一切れが口へと運ばれる。
ぱくりと食べた途端、リンゴが纏っていたキャラメルが口の中でほどけた。焦がされた砂糖の独特の風味に続いて広がるのは、リンゴから溢れる果汁の甘さと爽やかさだ。パイ生地をざくざくと噛めば心地良い食感と共に小麦とバターの風味がし、甘みの中に奥行きを出してくれる。
あまりにもシンプルに美味すぎた。なので二人はしばし黙った。
数時間ほぼ香りだけで我慢させられた甘いものというのは、シンプルに破壊力があるのだ。
「うっっま……」
カミラが絞り出すように感想を口にしたのは、三口目を食べ終えた後だった。
「うわ美味しい……。言ってみればキャラメル味の煮リンゴで作った生地少なめアップルパイって感じだもんな……。美味しいに決まってるんだよそんなの……。レシピ見つけたときから知ってたんだ……」
「まあ失敗しなけりゃどうあがいても美味くなるレシピだな。万人受けしそうだ」
「ほんとも~……。えっこのうえさらにアイスと一緒に食べていいのか……?」
「好きに食えよ」
「うわあぁ~……」
タルトタタンに少し溶けたアイスを乗せてほおばったカミラは、そのまま黙ってしまった。うまさというものを噛みしめているその至福の表情に、バルトは内心鼻高々だ。いや、これはこのレシピを作った人間の功績ではあるが、うまいこと再現した自分にも、ちょっとくらいは自慢に思う権利があるはずだ。とはいえこの口下手な店主は、そんな得意げな気持ちと遠慮をわざわざ口に出すことはないのだが。
「そのままも良いが、バニラアイスのまろやかさが足されるとまた違った良さがあるな。がっつり甘いもんが食いたいときはこっちだ。クリームも良いだろうな……」
「マジでほんと良すぎだよこれ。次はクリームにしてみよう~」
やっと噛みしめタイムから帰還したカミラの幸せそうな声に、バルトは口の端を少しだけ緩めて笑う。
あっという間に食べ終えてしまったひと切れ目を名残惜しんでいたカミラは、追加のもう一切れを食べるころ、ようやくティータイムの雑談ができる程度に甘味の暴力への耐性を獲得した。
「あ、そうそう。さっき学園戻ったら教授に会ったんで、ケーキの中に金庫の鍵隠されてるかもって言ってみたんだよ」
「おお。結局どうだったんだ」
「それが爆速で家まで帰って確認しててねえ、一時間かからず戻ってきたんだけれど、あったぞー! って鍵振り上げながら報告しに来てくれたよお」
「大喜びでなによりだ。まあ言わなくてもすぐ見つかっただろうけれどな」
「いやあ、それがね。練習用のケーキの中には陶器のフェーブじゃなくて、アーモンドの粒を入れてたんだって。だからうっかりそのつもりで噛んでたら歯が欠けてたかもって、だいぶ感謝してたよお」
「たしかにそりゃあ、無事でなによりだ……」
実際にはフォークで一口分を切り分ける過程で気付く確率のほうが高いだろうが、確かに万一鍵を無防備にガリッとやってしまった日には、まあ結構な痛みを負うはめにはなったことだろう。
見知らぬ他人を助けたらしいことには特に感慨も無く、バルトはレシピの載った紙を摘まみ上げた。
「それよりだ。これも店で出したいんだが良いか?」
「良いにも程があるからぜひぜひやってほしいよ」
「いやそんな頻繁には焼かねえぞ……。大変だから……」
「ちぇ~」
あまりにも乗り気なカミラに少々引きつつも、こんなに喜ぶなら、多少は多めに焼いてやってもいい、と考えるのがバルトの良いところだ。なお思いはしても、やっぱり口に出しはしないのだが。
ともかくきっとこれもまた、肉じゃがに引き続き好評を博すことだろう。そのときは添えるのはアイスにするかクリームにするか。そこがまったく悩みどころの、たいへん重大な問題なのである。
なにせバルトもこれを決めかね、すっかり悩み疲れて困り果てたところで、やってきたカミラに命運を託して尋ねたのだから。
実は周囲から思われているよりずっと甘党であるこの店主は、新しく知った斬新なケーキのレシピに、これで案外大層喜んでいるのだ。
ひとまず次にタルトタタンを焼いた日にはまた、こうして常連にアイスかクリームかを決めさせよう。きっとどちらになってもたいそう美味いに決まっている。
自分もしれっと二切れ目を食べ始めたバルトは、心の中でそう決めたのだった。
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