魔法食堂異世界料理再現部

石蕗石

異世界料理再現部・始動

肉じゃが

第1話 初めて食べる肉じゃが風・上

偉い王様と尊い大僧正様が御座します王都から東へ四日ばかり歩いたところに、魔術都市トルト・マーニはある。

魔法食堂マリエットは、中央魔術学園からちょっと行った路地にある、小さな食堂だ。

メニューは卵料理や肉や野菜の煮込みにフライ、サラダやデザートだって何種類かある。それなりに充実し、それなりに量が多くてまあまあ安い。客足もそれなりだが、常連は多かった。ちなみに名前は前店主が飼っていたメアリーという猫が魔法のように可愛かったから、という由来で、別に魔法は関係が無い。

近所の魔術学園内にだってもちろん大食堂はある。しかしこの魔術都市で一番大きな中央魔術学校には、生徒に教員に職員に研究者、地方から視察に来た魔術師、お役人、物見高い見物客まで、とにかくそれはそれは大勢の人がいるものだから、必然この大食堂も連日大盛況だ。

魔術師になるような人間というのはまあ偏屈者が多いわけで、こういった人混みでは食事をしたくないという者も多い。そうでなくたって、混雑に交じって隣の人間と肘をぶつけ合いながらじゃメシが食いづらい、という人間は居るだろう。

そういうわけで学園周辺には食い物屋が需要のぶんだけ建ち並び、マリエットもまたそうした場所の一つというわけである。


本日のランチの日替わりスープはミネストローネ。うっかり仕入れすぎたトマトとマッシュルームがたっぷり入ったスープは具沢山で食べ応えがある。

肉料理のメインは豚肉をほろほろに煮込んでスパイスで味付けしたカルニタス。付け合わせの野菜のグリルともよく合う。

ベーコンの良いのも仕入れたから、シンプルにベーコンエッグも美味いし、ブロッコリーと一緒に炒めてペペロンチーノの具にするのも良い。パスタにはミートソースもひと鍋作ってあるから、これが余ったなら明日ラザニアを作るのも良いだろう。

サラダはグリーンサラダとにんじんのラペ、ひよこ豆とツナのサラダ。

デザートは市販のアイスクリームだが、添えているクッキーは自家製だ。

同じくアイスに添えるみかんのソースを煮込んでいると、クローズの表示をかけてある店の扉が勢いよく開いた。


「おはよう!!」

「うるせえな昼だよ」


大音声の挨拶に、店主のバルトは低い声で挨拶だけを返す。

開店前の店にやってきたのは、友人のカミラ・カレリンだった。ふわふわの長い赤毛とぱっちりした緑の目、毛足の長い猫の耳を持つ彼女は、猫妖精ケット・シーを遠縁に持つという猫獣人だ。

近所の魔術学園で働く若き魔術師である彼女はこの店の常連で、魔術師という職業のイメージには合わない、明るく元気な女性だ。

部屋の中にぱんと高く響く声にバルトが眉を顰めるのを気にもとめず、カミラはカウンターに素早く駆け寄る。


「まあまあ、私にとってはいまから朝ご飯だからねえ」

「開店前ですお客さん」

「注文は後にするよお。今日はちょっと相談があるんだ!」


図々しく居座るカミラを睨み付けるために、バルトはみかんソースの入った鍋からやっと目を離した。

実のところこの食堂は、ちょっとくらい開店時間より早く客が来ようが、普段はたいして気にしない。店主の口が悪いのと、常連の態度がふてぶてしいのはいつものことで、こうして言い合うのもちょっとしたじゃれ合いのようなものだ。

完成したソースをポットに移してから、バルトはカウンターに向かって頬杖をついた。


「んでなんの用だ」

「これこれ、この料理が食べてみたくてさあ」


カミラが差し出したのは一枚の紙だ。随分鮮やかで細かな絵がいくつも描かれ、添えるように文章が書かれたそれは、どうやらレシピであるらしい。

バルトは紙を受け取り、しげしげと眺めた。材料はきっちり分量が記載され、調理手順も順番通りに図付きで解説されている。ずいぶん親切なレシピだった。


「本物みたいな絵だな」

「写真っていうんだってさ。これはねえ、本の魔女様が異世界から召喚した本に載ってたレシピなんだよお」


本の魔女様。それはこの魔術都市で最も敬われている魔術師だ。

魔法を体系的に整理した技術である魔術と、神に祈り奇跡の御業を使う神術の両方を体得した優秀で珍しい術者である彼女は、ある日「本の召喚以外の魔術を一切使わない」という誓いを立てた。

その結果彼女はこの世だけでなく、様々な異世界からも、本という形状であればあらゆるものを召喚する魔法を使えるようになったのである。

召喚された本に書かれた知識は、魔術都市に様々な技術革新をもたらした。おかげでこの都市は他の町より数段優れたインフラが整備され、様々な農法や漁の技術、保存技術のおかげであらゆる食材が揃っている。アイスクリームがそのへんの食料品店で買える町は、この大国にもそうそう無い。

その大層な恩恵をもたらした本の魔女様は、中央魔術学園奥の奥の本の塔に御座して、今日もせっせと本の召喚をしていらっしゃる。カミラが持ってきたのはその中の一冊、とある料理本の複製翻訳版のいちページだった。

文字こそ見慣れたものに訳されているものの、見知らぬ料理もとい和食に、バルトは首を傾げる。


「牛肉とジャガイモの煮物でいいのか、こりゃ」

「にくじゃがって言うんだって! どう、美味しそうでしょう。これを作ってほしいんだあ」


なるほど、確かに見慣れぬ料理だが、うまそうではあった。バルトは素直に頷き、しかしレシピをずいとカミラへ押し返す。


「無理だ。試行錯誤に手間がかかりすぎる」

「ええー? こんなに丁寧に書いてあるじゃないか!」


にべもないバルトに、カミラは不満いっぱいに表情を顰める。とはいえ元の顔立ちがだいぶん可愛らしい彼女がそうしても、迫力はまったくない。バルトはふんと鼻を鳴らし、カウンターに置かれたレシピを指差してやる。


「材料の欄を見てみろ。まずここだ」

「酒……?」

「そう。この世に一体どれだけの数の酒があると思ってる?」

「ええっとお」


律儀に指を折って数え始めたカミラの額に軽いデコピンを食らわせてから、バルトはため息をついた。


「図に描かれている調味料の色からある程度絞り込めるだろうが、これだけでも大変な作業だ。それに単位の問題がある」

「っていうと……?」

「このレシピには調味料が匙なん杯やカップなん杯という単位で書かれてるだろう。大さじってのは結局こっちで言うところの、どれだけの量だ? このレシピが書かれた国ではそこが統一されてたんだろうが、こっちは図を当てにした目分量になる」

「なるほどお」

「あとはこれだ。この材料がまったくわからない」

「まだあるの……」


カミラはげんなりしているが、文句を言う側としては全てやっておかなければスッキリしない。バルトは仏頂面で相手を睨んだ。いや、目つきが鋭いせいで睨んでいるように見えるだけなのだが、それを知りつつ柔和な表情をする気が本人にはないのだから、結局睨んでいるのかもしれない。


「これだ。糸こんにゃくってのはなんだ? まず糸というのは形状だろう。見た感じやや透明感があり、煮込む前と後で形が全く変わらないことと、調味料の色がしみていることから考えて、ある程度固さがありつつも煮物にすれば味が染みる食材だ。それはわかる。でもこんにゃくってのはなんだ? 見当も付かねえ。

調味料は砂糖以外さっぱりわからん。この醤油とみりんのどっちか、あるいは両方はおそらく塩気のある調味料だ。そうじゃなけりゃこの砂糖の量でまともな料理にならない。それ以外情報が無い。

これが一体どんな料理なのか考えて作るのは、非常に手間がかかる。俺は店が忙しい」


バルトとて料理屋をやるくらいなので、料理自体に愛はある。知らないレシピへの興味もある。ただしバルトは実のところ作るより食うのが好きな男であり、料理人としての腕前も超一流なんてことは全くなかった。

見知らぬ美味そうな料理に興味はそそられるものの、日々の仕事の合間を縫って、正解の味すらわからない料理を作るというのはどうにも割に合わないと感じたのだ。

ついでに、いまの時間帯も悪かった。あともう少しで近所の中央魔術学園が昼時間に入る。これから一人で繁忙時間を乗り切る店主にとって、カウンターで粘る面倒くさい客未満をさっさとあしらうことは急務だった。

そんなわけでカミラはしっしと雑に追い払われ、肩を落として去っていった。学生街の食堂の昼というのは、営業と言うよりもはや戦いだ。まさしく忙殺されたバルトは、このやりとりをすっかり忘れてしまった。

しかし、バルトはカミラという年若い育ち盛りの友人が食に駆ける執念について、過小評価していたと言わざるを得ない。

カミラの来襲はほとんど間を置かず繰り返されたのだった。

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