堕落
@nazuna_0427
第1話
いつもと同じように電車を降り、改札を抜け、文句を言うほどではない人込みに紛れて、何かを調べるつもりもなく適当に携帯をいじりながら信号を待つ。
やっていることは何ら変化のない一日の終わりを迎える儀式だった。
ただ違う点といえば、今日が退職日だったということ。
決めたときはある種開き直りのような形でいたからか、すべてから解放された気分になっていたが、実際に今日まで過ごしてみればなんてことはない。ただの一日だった。
「大したことは何もなかったな。」
ふと出た言葉に辞めた瞬間に自分の中で、何かが変わるんじゃないかとかそんな気持ちが垣間見え、己の浅はかさにため息がでる。
今日俺は、社会から逸脱したのだ。
思えば大したことはない、どこかで聞いたことのあるような辞め方だった。
4年前大学卒業後、苦労してIT系の会社に入社し、社会の一部として生きていくことになった。何かを成し遂げようとか、理想の将来像など引っ提げていたものもなかった。
体裁を気にしないでただ生きていくために、過ごしていた。
しかし、少しして気づいたのだ、自分は皆が普通にできていることが想像以上にできていない。
そう思い始めてからは、毎日が漠然と苦しかった。そしてついに限界がきて、辞めることにした。複雑なことなど何もなく、会社で何か致命的な問題が生じたわけでもない。己との折り合いがつかなくなっただけだった。申し訳程度に備わったプライドを守ったのだ。まったくもってくだらない。
家に着くなり、疲労感が唐突に押し寄せた。祈りをささげる相手が目の前にいるかのようにひざを折り、流れるように床に倒れた。冷たい床が頬にあたり、夏なら気持ちがよかっただろうな、なんてことを考えながら起き上がれない身体を受け入れた。
思っていた以上に限界だったんだな、でももういいんだ、と誰かのつぶやきのような独り言を言いながら目を閉じた。
そのまま眠れるわけもなく、このまま一日を終えられないことをふと思い出し、無理やり身体を、生まれたての小鹿のごとく震えながら立ち上がった。
こういった状態の時に自分の踏ん張りが恨めしくなる。いっそここのまま立ち上がれなければいいのに、まだ大丈夫だと錯覚させてしまう。
倒れたい気持ちをこらえながら廊下を抜け電気をつけると7畳ほどの部屋に、先日の夜食べたコンビニ弁当の容器といつ洗ったかも覚えていない洗濯物が目に入る。片づける気などさらさらわかず湿った空気の部屋に足を踏み入れ、ソファにまた倒れこむ。
疲れた。
今思っていることをこれ以上の言葉で表現することはできない。
30分くらいはそのままでいたのであろうか。
着替えなければ、整髪料も落とさないと、何となく腹も減ったかもなとやらなければならないことを思い出し、また体を持ち上げる。
今度は少しの気力だけで起き上がることができたので、ため息をつきながらシャワーを浴び、寝間着に着替え、転がっていたカップ麺を食べるためにお湯を沸かした。お湯が沸くまでの間に最後に行ったのはいつだかわからない髪を乾かし、ご飯を食べた後に歯を磨けば寝られる状態を作り上げた。そうしているうちにお湯が沸いたので、カップ麺に注ぎ、なんとなく3分経った気がしたので、食べ始めた。おなかが減ったかもなという感覚がなくなればそれだけでよかったので、味もよくわからなかった。汁まで飲み干すとまたどっとした重さが体にのしかかる。そこで実感が何となく湧いた。もう頑張らなくてもいいのかと。ついに緊張の糸が切れ、涙が出た。社会に出てまともに働く自分との関わりを今は意識しなくていいことに安堵した。やっぱりつらかったんだな、よく頑張ったな。とまた誰かがつぶやいたかのような独り言が口から漏れ出た。そうだ、俺は俺なりに頑張ったんだ、ここが今の俺にとっては限界だったんだ。そう自分を慰め、己を泣きながら称え続けた。そうしているうちに、だんだんと冷静になっていき、歯を磨くことにした。やることを終え、ついにベットに寝そべることができた。明日がまるで休日であるかのように時計を見ないで床にはいれることのありがたみを噛みしめながら目を閉じた。
堕落 @nazuna_0427
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